第12話 努力と才能③



 魔術師協会は常に人が多い。しかし、全員が全員魔術師というわけではない。


 中には事務作業員や売店、清掃、設備点検などの仕事をするものもいる。


 そのため、協会はいつでも誰かしら人がいる。


 バリスはそんな協会の窓口で、受付の女性がアポを取ってくれるのを待っていた。


 業務時間外だが、バリスも結構忙しい身である。こんな時間にやって来たバリスを、しかし残業を片付けていた女性事務員は快く対応してくれた。


 その女性事務員は、少なからずバリスに好意を抱いていたからだという事を、バリス自身は知らないが、ともかく、事務員はせっせと言われた事を言われた通り実行する。


 待っている間、ロビーに別の女性がやって来た。


「バリスじゃない、どうしたの、こんな時間に?」


 その女性は、スタイルの良さを全面的に押し出すようなタイトなスカートに、品のいいブラウスを着ていた。飾り立てない大人しい格好だが、それが逆に女性の魅力を掻き立てている。


「レリシアか。ちょっと用があってな。お前こそどうしたんだ?」


 バリスは珍しいなと思った。レリシアは同じ特級魔術師だが、残業をこの上なく嫌っていて、普段ならこんな時間に協会にいない。


「んー、ちょっとねぇ」

「なんだ?やけに悩んでいるようだが…」


 その時、受付の女性がバリスを呼んだ。


「バリス様、お待たせしました。解析室から返答がありまして、ライセンスカードの解析がもう少しで終わるそうです」

「すまんな、こんな時間に余計な仕事をさせて」

「いえ大丈夫です。もう終わりますので」


 ニコリと笑えば、バリスも返してくれる事が嬉しく、事務員は満足して残業に戻る。


「ライセンスカード?」


 その会話を聞いていたレリシアが、不審な顔で問う。


 バリスは内心、しまったと思ったが、レリシアなら問題ないかと判断する。


 特級魔術師の中で、二つほど歳上のレリシアをバリスはそれなりに信用しているのだ。


「金髪クズ野郎のライセンスカードを、解析してもらっていたんだ」


 その途端、レリシアがうんざりしたような顔をした。レオの話題になるといつもそうするから、バリスは特に気に留めず続ける。


「あいつのライセンスカード見たことあるか?」

「いいえ。興味ないもの」


 ピシャリと言い切るレリシアに、バリスは苦笑いを浮かべる。


「まあ、そんなはっきり言ってやるなよ。一応仲間だろうよ」

「元ね、元。あいつがいなくなって清々したわ」 

「ハハッ、間違いねぇ」

「バリスはちょっと寂しそうだけど」

「寂しくねぇよ!つか、結局オレの近くにいるんだ、あんまりかわらねぇ」

「それもそうね。それで、あのクズのライセンスがどうしたの?」


 そこで少し、辺りの様子を伺う。が、業務時間外のロビーには誰もいない。いや、受付の女性くらいか。


「ちょっと付き合えよ。どうせ暇なんだろ?」

「いいわよ。どうせ暇だから」


 レリシアは肩を竦め、歩き出したバリスの後ろをついて行く。


 灯が落とされた暗い通路を歩く。カツンカツンと靴音が響き、少し耳障りになった頃にバリスが口をひらいた。


「ここからは内密にして欲しいんだが、レオのライセンスカードには、階級が印字されていないんだ」

「階級が印字されてないって、どういう事?」


 レリシアは不審げに眉根を寄せる。バリスは一層声を抑えて言う。


「あいつが学院に来た日に、ライセンスカードが停止されてるから要らないと言われたんだ。で、借りてきたんだが、協会と名前しか印字されてなかった。あいつはアホだから、気にもしていなかったみたいだが、普通そんなミスは考えられない」


 特級魔術師のライセンスに不備など、本来はあり得ないはずなのだ。


 それに、二十歳以下のレオにとってそれだけが身分を証明するものだ。バリスやレリシアは顔を出して活動しているから、多少の顔パスもまかり通るが、レオは違う。


「わたしもそんなの聞いたことない。あいつ、本当にバカね」

「まあ、あのバカのバカさ加減は置いといて、オレはその違和感がどうしても気になってな」

「解析室にまわしたってことね」


 レリシアはどこか、謎解きゲームでもしているかの様にワクワクしている。魔術師は総じて探究心や好奇心が強い人種だが、特級ともなればもはや病気の域だ。


「今日その解析が終わるって聞いたんでな、今から確認しようってことだ。どうだ、ついてくるか?」

「当たり前でしょ!そんな面白いこと、独り占めなんて許さないから」


 だよな、とバリスは笑った。


 そうしているうちに解析室へと辿り着いた。協会本部の地下だ。中へ入る。魔術的に隔離された空間には、様々な円環が浮かび上がり、その中にはバリスにはわからないような物体が浮いている。


「バリスさーん、待ってましたよ!」


 部屋の奥、いくつものモニターに囲まれた一角から、男が呼んでいる。


 彼は解析班のリーダーで、名前はエイシという、二十代前半の男だ。年中この部屋にこもっているから、その肌は病的に白い。


 エイシはニコニコと笑いながら、バリスを手招きしている。


「レリシアさんもご一緒ですか!!解析はできましたよ!」

「ああ、早かったな」

「そりゃこんなお宝解析できるんだから、寝る間も惜しんでやっちゃいますよ」


 確かに、特級…それも『金獅子の魔術師』のライセンスカードだ。お宝に他ならない。


「ま、見ててくださいね、面白いですから!」


 エイシが円環の中央に置かれたライセンスカードに手をかざす。


 すると、モニターにその情報が映し出される。


「ちょっと!!なにこの履歴!!全部賭博関係じゃない!?」


 レリシアが嫌悪感も露わに叫ぶ。


「クズだな、こりゃ」

「いやぁ、ボクも最初はビビったっすよ。あの噂本当だったんだって」

「間違いなく本当だな」


 それからまたエイシが手を動かすと、今度はアルコール類の購入履歴が出てきたが、それには誰も何も言わなかった。


「こっからが任務の履歴です。レオンハルトさんが特級に上がったのが二年前。なんですが、それよりも前から、どうやら特級の任務行ってたっぽいです」


 エイシの言葉に、バリスとレリシアが息を飲む。


「待て、自分の階級より上の任務に行くなど、本来は認められていないはずだ」

「そうなんですが…レオンハルトさんの履歴では、一級の時からずっと特級任務に行ってます。というか、特級の依頼って本来こんなにないはずなんすけどね」


 おかしいですよ、とエイシが首を傾げる。


「わたしたちも、そんなに特級の任務はないわね。いつも二級か一級でとてもつまらないもの」

「確かにな」


 モニターに映し出される履歴は、確かに特級任務ばかりが並んでいる。


 もうひとつ、バリスが気になったのは、


「魔族討伐数なんだが、これは間違いじゃないのか?」


 レリシアも同じ所を見ていたようで、顔をしかめてバリスを見やる。


「間違いじゃないっすよ。いじられた形跡もないっすから」

「じゃあこの数字が、あのクズの実績ってことよね?」

「そういう事になるな」


 魔族と人間は、太古の昔より争い続けている。何故なら、魔族は人間を食糧にするからだ。


 魔族はとてつもなく強い。魔術は詠唱なく使用でき、しかもどの魔族も莫大な魔力を持っている。人間など到底敵わないから、魔術師が生まれたなんていう人間もいる。


 魔力だけではなく、身体能力も人間を遥かに上回る。バリスでも、ここ一年に五体倒せた事が奇跡だと思うくらいだった。


「200近いな」

「ですね。歴代トップだとおもいますよ」


 レオの魔族討伐数とバリスとのそれでは、桁が違った。


「戦闘履歴も見られるのか?」


 ライセンスには、発動した魔術を感知する機能もある。それをもとに、階級の更新が行われている。


「はい、これがレオンハルトさんのむちゃくちゃな魔術使用履歴です。こんなログ、ボクも初めて見ましたよ」


 映し出されたのは、まるで統一感のない属性魔術の履歴だった。普通は得意な属性を極めたり、得意な属性を補助する属性を強化する。賢い魔術師なら、自身が一番勝率のある魔術を極めるものだ。


 だが、レオのログは一貫性のない、まるで毎回別人が入れ替わっているんじゃないかと思うほどだった。


「なんだか気持ち悪いわね」

「同感だ」


 かりにレリシアのログをみたならば、そこには氷結系統の魔術ばかりが並ぶ筈だ。


「気持ち悪いのはこっからですよ」


 エイシがそう言って、ログを直近のものへと変える。


「このあたりから、任務の内容が無いんです」

「……空欄だな」


 任務ランク、内容、報酬、魔族討伐数、魔術使用履歴の順に映し出されるはずが、報酬と魔術使用履歴以外が空欄となっていた。


 魔術使用履歴と報酬を照らし合わせると、その任務の難易度が自ずとわかってくる。


 どれも超高額報酬であり、魔術のランクも凄まじい。


「あのクズ、一体何と戦っていたのかしら」

「これだけではわからんな。ただ、オレやレリシアでは敵わないような奴とドンパチやってるってのはわかるが」


 こんな事が可能なのは、魔術師協会のトップか、この協会を運営する政府か。


「ザルサス様に聞いた方がいいかもしれないわね」


 レリシアが小さく呟く。視線はモニターを見つめたままだった。


「だが、レオに封魔をかけたのはザルサス様自身だ。上からの圧力があったにせよ、弟子をクビにしたんだぜ?味方なのか敵なのかわからん」

「あら?そもそも、わたしはレオの味方でもないんだから、ザルサス様の敵でも味方でもないわ」


 そう言われてしまえば、バリスとてレオの味方でも敵でもない。ただの好奇心だ。


「当の本人はどうなのよ?」

「あー……」


 バリスはレオがクビになってからの数日を思い返し、なんとも言えない気分になった。


「レオはまあ、普通だ」

「プッ、あいつが普通なわけないでしょ?なにかやらかしたんじゃないの?」

「ボクも聞きたいっす!!」


 何にでも興味を持つ魔術師のことだ、気が済むまで聞かれるに決まっている。


「初日に上級生と揉めて土下座したらしい」

「なにそれ!!めっちゃ面白いじゃん!!」

「んで、入学式の後にクラスの女子と揉めて決闘。あっさり勝ってその女子に土下座を要求していた」

「プフッ、あはははは!!」

「クズっ、クズ過ぎっすよ!!」

「そんなクズに、オレは今日背負い投げされたんだぜ?ありえねぇよ……」

「アッハッハッ!!」

「バリスさんでも投げられるんですね!!」


 力が封じられているからと言って、ただ弱くなってしまったわけではなかった。むしろ魔術の練度が良い分、技術力でカバーするレオは結構強敵だとバリスは思った。


「まあそういうわけだから、あいつは至って普通だ」

「た、確かに。そういやあのクズ、そういう奴だっわ、ふふふっ」


 ひとしきり笑うと、レリシアが涙目のままある提案を持ちかけてきた。


「そういえばもうすぐよね?」

「……ああ、そうだ」

「あんた、軍部トップなんだから、多少の融通は聞くわよね?」

「まあ、な」

「ならわたしをそこに入れなさい。こうなったら直接問い詰めてやるわ」


 そうくると思った。バリスは、半ば諦めたように答える。


「わかった。明日の朝すぐに手配する」


 バリスは盛大にため息を吐く。


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