第46話 イリーナの覚悟④


 そんなやりとりがあって、気まずいまま迎えた連休の初日。


 俺たちは、予定通りリアとイリーナの故郷へ向かった。


 移動には魔導式四輪駆動という、運転手の魔術師が魔力供給することで動く乗り物に乗った。


 乗り合いで料金の安いものだから、お世辞にも乗り心地が良いものとは言えなかったが、転移で全員を運ぶのは無理だから仕方ない。


 昼過ぎにはその、バーレという町へたどり着いた。フェリルとは違い、穏やかな街並みの広がるそこは、たしかに休暇にはもってこいだった。


「イリーナの親って、ここの町長だったんだな」


 ユイトが感心したように見上げるのは、町で一番大きなお屋敷た。


「そうなの!イリのパパとママはとても良い人で、いつもこの町の為にって働いてるのよ」

「リア!そんな大したものじゃないから!」


 やめてよ、とイリーナが赤い顔で言うと、リアがクスクスと笑う。


「小さい頃は、『あたしも町長になるっ!』て言ってたのに」

「きゃああああっリアのバカっ!!」

「イリーナにも可愛い頃があったんだ」

「どう言う意味よ!?」


 などとやりとりしている三人の後ろで、俺はちょっと退屈していた。


「レオ様?まだ、体調がすぐれませんか?」


 当然の如く付いてきたピニョが、そんな事を言った。多分、俺がずっと黙ったままだったのが気になったのだろう。それに俺が答える前に普通の人より耳の良いイリーナが反応した。


「っ、はやく荷物おいちゃお!!立ってんのも疲れるし!!」


 と言って、その大きめのお屋敷の玄関を開けた。


「ママ!ただいまー!!」


 お屋敷といっても、部屋数の多い普通の家だ。町長として、客を泊める事が多く、そのために客室がいくつかあるらしかった。


 今回はその客室を使ってもいいと、イリーナの父親が許可したために、俺とユイトは宿代が浮いた。


「おかえり、イリーナ」


 出迎えてくれたのはイリーナの母親で、髪の色や目の色がそっくりだった。おっちょこちょいでうるさいイリーナより、落ち着いて優しい笑顔が印象的だった。


「遠かったでしょ?ゆっくりしてね」


 ニコリと笑って俺たちを招き入れ、母のベティーナですと名乗った。


「おれはユイトです。すみません、部屋を用意していただいて」

「いいのよ!人数が多いと楽しいじゃない?」


 ユイトが優等生らしくペコペコと挨拶し、次にベティーナは俺に視線を向けた。


「綺麗な金色の髪ね!」

「はぁ」

「お名前は?」

「レオ。このちびのおさげがピニョだ」

「可愛らしいお客さんね」


 ピニョを見るベティーナは、とても優しく微笑んだ。それに対し、ピニョは照れているのか俺の後ろに隠れて服の裾を握りしめている。


「じゃあまず、お部屋に荷物を置いてきて。イリーナ、案内してあげてね」

「わかった!」


 イリーナの案内で二階にあがる。いくつか並んだ部屋の扉を指して、


「どこでも使っていいよ。室内はあんまし変わらないし」


 ならどこでもいいや。と思って、一番手前の部屋のドアを開けた。


 ベッドとテーブルなど、本当に普通の部屋だ。


「ピニョちゃんはどうする?」

「ふぇ?」


 イリーナが首を傾げながらピニョを見る。ピニョはどう言う意味ですか?みたいな顔をしている。


「ま、まさかあんたたち同じ部屋に泊まるの?っていうか、そういえばピニョちゃんは宿舎でも同じ部屋にいるのよね……」


 なんだか顔が赤いイリーナだ。一体なにを想像しているのか?


「アホか。ピニョはドラゴンだぜ。間違っても間違いは無い」

「グハッ!!ピニョは今ものすごく傷付きましたです!!」

「まあ、もっと大きくなって出るところが出たら考えないこともないが」

「何言ってんのよ変態!!クズ!!」

「痛っ、おいまたお前スネ狙いやがって!!」


 いつもの理不尽なスネ蹴りをやり過ごしていると、突然ハッとしたようにイリーナの動きが止まり、気不味そうに視線を逸らした。


「ごめん……って、もっと早く言うべきだったよね」


 それは多分、この間の授業で俺がけっこうガチな感じでキレてしまったことに対する謝罪のようだった。


「いや、もう気にしてない。ただ、俺の邪魔はするな。お前がなんでそんな止めるのか知らんけど、俺は魔術師だ。それを否定するような事ばかりするなよな」


 コクリと小さく頷くイリーナ。


 ……の後ろから、突然大声が聞こえた。


「ねーちゃん!!おかえり!!」

「うぇ!?」


 ドーンと効果音が聞こえそうなほど、勢いよくイリーナの背に飛びついたのは、これまたイリーナにそっくりな少年だった。









 荷物を置いてリビングに揃った俺たちは、イリーナそっくりの少年に質問攻めにあっていた。


「ねぇ、魔術師って本当にローブを着ているの?」

「いや、あんなクソダサイの真面目に着ているやつはいない」

「へぇ!特級魔術師って強いの?」

「強い。そして偏屈な奴が多い」

「ザルサス様ってどんな人?」

「タヌキジジイだ」


 目をキラキラさせて質問を繰り返す少年は、イリーナの6歳下の弟で、名前はカミルという。どうやら姉とは違って魔術の才能に恵まれなかったらしい。


 本人は全く魔術が使えないと言っているが、ほんの少し、蝋燭の火くらいの魔力は感じとる事ができる。


「じゃあ、『金獅子の魔術師』ってどんな人?」


 このくらいの歳の子は、魔力の有無に関わらず大抵魔術師に憧れていて、中でもやっぱり俺に関する噂話が好きなようだった。


「天才です!!」


 答えに困っていると、ピニョが何故か誇らしそうに答えた。


「天才?じゃあなんでもできるの?」

「なんでもできます!山をひとつ転移させたり、荒野に川を作ったりです!」


 うわぁっ!と歓声を上げるカミル。その側で、イリーナとユイトが眉を潜めて俺を見た。


「なんだよ?」

「いや別に」


 別にという顔じゃないぞ!!


「ねぇねぇ誰か魔術見せてよ!この中で誰が一番強いの?」

「カミル!いい加減にしなさい!」

「えーいいじゃん。僕はできないんだもん、見せてくれるくらいいいでしょ?」


 イリーナは弟を嗜めつつも、それでもやっぱり可愛がっていることが良くわかる。いつもより口調が優しい。


「仕方ないわね…お姉ちゃんが見せてあげるから、みんなに迷惑かけないでよ?」

「えー!?ねーちゃんいつも失敗するから嫌だ!」


 カミルが爆弾を投下した。そういえば学院に来た頃、イリーナは絶不調だった。今はそうでもないが、確かに不安定な時もある。


 イリーナの魔力量は普通よりかなり多い。その莫大な魔力を、うまくコントロールできていないことによるものだ。


「レオにーちゃんは強い?」


 カミルが無邪気な顔で俺を見つめてくる。これが女の子なら嬉しいのに。


「レオは学年一位なんだよ。私たちの中だったら、一番魔術も上手いの」


 リアが答えると、カミルの目がさらに輝いた。


「見たい!ねぇ見せてよ、レオにーちゃん!!」

「まあ、別にいいが」


 と、イリーナを見る。また文句でも言われたら本当に泣かせてやろうと思ったからだ。


 だが、イリーナはフイとそっぽを向いて口を閉じている。


「〈零下の大気、輝きの華、氷雪に舞え:雪華〉」


 掌に淡い青の円環が構築され、ヒヤリと冷たい冷気が漏れる。その中に、キラキラと光を受けて輝く雪の結晶が舞う。


 一級魔術の〈雪華〉は、雪を降らせる事ができる。ただ、俺の今の魔力を考えると、直径20センチの範囲にしか発動できない。


「うわぁ!!雪だ!!」

「まあ、雪なんて久しぶりに見たわ。この辺りには雪は降らないから」


 ちょうどベティーナがリビングにやって来て、俺の掌の上を舞う雪を見てうっとりした表情を浮かべる。


「触ってもいい?」


 カミルは手を伸ばして恐る恐る聞く。


「いいぜ」


 手がヒラヒラと舞う雪の結晶を捕える。


「冷たい」

「当然だ。雪だからな」


 魔力供給を止めると、円環と同時に雪も消える。カミルは残念そうに手を引っ込めた。


「やっぱりレオの魔術って綺麗ね」


 リアは顔の前で両手を合わせ、ほうっと色っぽい吐息を吐く。


「これで性格が良かったらいいのに」

「だな。クズなのに魔術だけは綺麗だ」

「お前らは素直に褒められないのかよ」


 イリーナもユイトもリアを見習え!


「さぁ、夕飯まで町でも見て来たら?何もないけどね」


 ベティーナが言う。何をしようと悩んでいた俺たちだから、ベティーナの提案に乗った。


 カミルも行くと言い張ったこともあり、俺たちは6人でゾロゾロと町の中を回ることにした。

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