第47話 イリーナの覚悟⑤

 町自体はどこにでもある人口3000人にも満たないような小さなところだ。農業が盛んなようで、町の外側に向かうほど田畑が多い。


 そんな町の中を少し歩くと、ある事に気付いた。


「イリーナちゃん!ひさしぶりね!」

「イリーナ!勉強はどうだ?頑張ってるか?」


 など、イリーナは町の人と会うたびに声をかけられている。


 それらに律儀に返事をするイリーナだから、町の探索は遅々として進まない。


「前にも言ったけどね、イリはこの町の期待なの」

「予想以上でビビった。あいつも大変だな」

「この町には、魔力を持って生まれる人が少ないから余計なのよ」


 確かに、すれ違う人に目立った魔力持ちはいない。魔術師が集まるフェリルにいると、なかなか味わえない新鮮な感覚だ。


「口には出さないけど、あれでイリも大変なんだよ」


 そういうリアも、時たま同じように声をかけられているのだから、二人ともけっこう面倒な生活をしていたんだなと思った。


 しばらく歩くと、小さな市場にたどり着いた。


「明日のピクニックの買い出ししようと思ったんだけど、退屈なら男子はどっか見て来てもいいよ」


 気を使ったのか、イリーナが言った。


「んじゃ俺はあっちの方へ行ってみる」

「レオ…そこは荷物持ちでもするって言うところだと思う」

「は?なんで?ユイトとピニョだけで十分じゃね?」

「裏切り者!!」

「レ、レオ様!?」


 というわけで、俺はさっさとその場を後にする。だって女子の買い物ほど面倒な事はないから。


「このクズ野郎!」

「レオ様ああああっ!!」


 後ろでユイトとピニョが叫んでいるが、荷物持ちは一人で十分だろ。ピニョはおまけだが、連れて歩くと常にお喋りをするので面倒なのだ。


「ねぇねぇ」

「なんだ?」


 ものすごく自然な感じでカミルが俺の後をちょこちょことついて来る。なんでいるんだ?とか考えるのもアホらしいくらい自然に、だ。


「どこいくの?」

「別に。特に目的は無いけど」

「なら僕が案内してあげる!ついてきて!」


 何言ってんのこのガキ?と、思う俺の手を引いて、カミルが走り出した。


 こいつはこいつで面倒だ、と思ったが、もう遅い。


 俺の手を引いて走るカミルが立ち止まったのは、この町の唯一の学校の前だった。


 木造の平屋で、狭そうな教室がズラっと並んでいる。校庭は狭く、遊具も何も無い。


「ここが僕の学校!人数が少ないから、初等部と中等部が一緒に使ってるんだ。魔術クラスもひとつしかなくて、僕のねーちゃんとリアねーちゃんが卒業したから、今は三人だけしかいないんだよ」


 三人とは、思っていたより少ない。


 魔力を持つ人間は、遺伝ではなく自然発生的に産まれる。フェリルの場合は、8〜10人のうちひとりくらいの割合だ。それを考えると、この町の魔力持ちが少ない事がわかる。


「僕も魔力があったら、ねーちゃんみたいに学院にいけるのに」


 カミルは残念そうに呟いた。


「学院の魔術師が一番ってわけでもないぜ」


 少年は気付いていないだけで、魔力が無いわけではない。でも、学院へ入って協会魔術師になるには、かなり心許無い。


「でも、協会の強い魔術師ってみんな学院の卒業生なんでしょ?」

「それは違う」


 首を傾げて俺を見上げるカミルに、ニヤッと笑いかけてやる。


「ザルサスは自身に魔力があることに気付いたのは、20歳を超えてからだった。当然学院に入る年齢を超えていたから、自力で師匠を探して魔術を学んだ」


 これは有名な話で、協会では伝説と言われている。遅咲きだったザルサスは、今では協会のトップだ。


「そうなんだ。他にもそういう魔術師がいるの?」


 カミルは俺の話に興味津々だ。少し気恥ずかしいが、もうひとり野良で特級になった魔術師の話をしてやる。


「お前の好きな『金獅子の魔術師』も、学院を出た魔術師じゃない」

「え!?最強って言われてるのに?」

「そうだ。最高の師匠がいたのと、死ぬほどの努力で協会魔術師になったんだぜ」

「そうなんだ、知らなかった」


 でも、と、カミルが俯いた。


「僕には魔力は無いよ。ねーちゃんみたいにはなれない」


 そんな事ないぞ、と言ってやってもいいんだが。


 魔力には自身で気付く方がいい。そして、気付かないなら気付かないままの方が、或いはその人のためだ。


 カミルのように、強い魔術師に憧れているなら余計に。


 でも本来は魔力の大小で強いとか弱いとか、考えるものじゃないんだが、これも協会の悪い影響だ。


「はぁ。お前面倒な奴だな」


 どうしたものか。


 悩んでいると、こちらへ向かってかけてくる少年が数人見えた。


「あ!カミルじゃん。ねーちゃん帰って来たんだって?」

「お前のねーちゃんマジですげぇよな!」


 少年たちは、俺の事が見えてない感じでカミルへと話しかける。だが、カミルは浮かない顔で少年たちに愛想笑いをしている。


「お前のねーちゃんすごいのにさ、カミルは残念だよなぁ」

「魔力無いんだろ?お前の分も、ねーちゃんがとっちゃったんじゃね?」


 そう言ってケラケラと笑う。悪気が無さそうなところが、子どもの恐ろしいところだ。


「ねーちゃんはそんな事しないよ」


 ポツリとカミルの溢した声も、少年たちには聞こえていない。


「あっ、はやくしないとまた怒られる!」

「魔術の先生怖いんだよな……」

「せっかくの休みなのに」


 そう言って、少年たちは来た時と同じようにかけて行った。


 なるほど。あいつらが魔力持ちの三人ってわけか。


 揶揄うつもりも、嘲笑うつもりも無い事が余計にカミルを傷付けていることに、まだ気付いてないガキだ。


 変に姉が目立っているから、カミルはその影でしんどい思いをしている。まったく、面倒くさい姉弟だ。


「あーぁ、せっかく楽しい気分だったのに。レオにーちゃん、なんかごめんな」

「いや、お前も大変だな」


 ニシシと笑ってはいるが、無理矢理笑顔を作ろうとしているのがまるわかりだ。


 こういう時になんて言ってやればいいか、なんて俺はクズだからよくわからない。


「まっ、そんなお前の姉より、俺の方が100万倍凄いけどな」

「え?」

「お前のねーちゃんなんか、猫の魔獣見て泣いてたんだぜ」

「ホントに?あのねーちゃんが……」

「そ。世界には、スゲェ魔術師なんていくらでもいるし、そんなやつらでも敵わねぇ敵もいる。お前も外に出ればわかる」


 学院をトップで卒業し、期待されて死んだ魔術師も沢山いる。野良に誇りをもって、単独で魔族とやりあってる奴もいる。


「レオにーちゃんも敵わない敵がいるの?」

「俺にそんな奴はいない」


 今のところな。


「もし、敵わない敵がいたらどうするの?」

「んー、とりあえず逃げることを考える」

「……にーちゃんってもしかしてちょっと性格がアレなの?」

「お前が俺と同じ歳なら、今この場に埋めていたところだ」


 ふう、ガキのくせに控えめなんだからもう。


「にーちゃん、どうしても逃げられない時は、どうするの?」


 それはもちろん、死ぬまで戦うしか無い。


「〈天の神、地の神、命の神、英知の神、我に勇気と力を与えよ〉っていやいいんだ。大抵これでなんとかなるさ」

「……本当に?」

「多分な」


 俺の言葉に、カミルはクスクスと笑った。バカにしているのがまるわかりだ。


 だけど俺は、幼い頃本当にこれを唱えていた。


 逃げたい時に、勇気が出るおまじないだと、教えてくれた人がいたからだ。


 今のカミルには、もってこいの詠唱だと思った。









 久しぶりの我が家の自室で、イリーナはため息をついた。


 そのままベッドにダイブする。端に座っていたリアが、きゃあっと悲鳴を上げて床に落ちた。


「ご、ごめん!ついやっちゃって」

「フフッ、イリーナってちょっと子どもっぽいところが可愛いよね」

「子どもっぽいって…まあ、リアほど大人びてはないけどさ」


 よいしょと座り直したリアと向かい合う。


 昔からよくこうしてお互いの家に泊まった。魔術の話や、恋話なんかで盛り上がって、いつも母親が叱りに来ていた。


 学院では消灯時間が決まっているし、今のところ規則通りに生活している。イリーナもリアも、そのくらいは真面目だ。


「明日、楽しみだね」

「そうね。たくさん材料買っちゃったから、いっぱいサンドイッチ作らなきゃね」


 市場で散々悩んで食材を買ったが、思ったより沢山だったと気付いたのは、帰ってベティーナが驚いてからだった。


 文句も言わずに荷物持ちをしてくれたユイトには、ちょっと悪いことしたなあと思わないでもない。


「にしても、レオのやつなんなのよ。あんなあっさり別行動なんて」

「そう思うなら、あんなこと言わなきゃよかったのに」


 そう、別行動してもいいよと言ったのはイリーナ自身だ。


 弟までもすっかりレオに懐いてしまったようで、ついさっきまでレオと一緒に寝ると言って聞かなかった程だ。


 そんな弟は、明日絶対魔術見せろよと強請り、レオが面倒そうに了承したのを見届けて自室へ引き上げていった。


「あんなに懐くなんて…まあ、あの雪の魔術はとっても綺麗だったけれど……」


 あんなの見せられたら、誰だってこの人凄いと思う。


 その人が、弟の憧れの『金獅子の魔術師』だと伝えられたら、どれくらい喜んでくれることか。


「カミルくん、魔力ないのまだ気にしてるの?」


 リアが遠慮がちに聞いた。


「うん…明るくはしてるけどね。本当は辛いんだと思うよ」


 イリーナは自身が周りから評価される反面、カミルが比較されていることも知っている。それは姉としても、とても悲しいことだった。だが、カミルはそれでも、ねーちゃんが僕の分まで頑張ってくれる、と言うのだ。


 本当は自分が一番、姉に腹が立っているはずなのに。


 そう、イリーナは思わずにはいられない。


「イリ……」


 思わず暗い雰囲気となってしまった。


「だからね、あたしが学院トップになって、協会に入って、カミルの分も頑張るの!」


 比較してカミルをイジメる奴らが、そんな事できないくらいに自分が強く有名になる。


 イリーナの強くなりたいと言う根本は、つまりはそういうところだった。


「じゃあ、レオにも勝てるようにならないとね!」

「リア…現実を突きつけないで……」


 それが目下一番の課題であり、どう考えても無理難題である。


 暗くなった雰囲気を払うように、女子二人の秘密の話は、すっかり夜が深まるまで続く。


 あはは、と笑いあう、姦しい連休初日の夜だった。


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