第14話 任務体験①


 「皆さん、テストお疲れ様でした。難しかったと思うけど、今年は優秀な子が多くて驚いたよ。自分の順位は見てくれたかな?これからクラス毎の順位で上から四人ずつ、グループを作ってもらうよ。と言うのも、明日はみんなの初めての任務体験だから、そのグループで行動してもらうことになっているんだ」


 と、また一息で担任が説明する。


「はい!先生!」


 いつも通り優等生くんが手を挙げた。


「なんですか?」

「グループ分け、どうして成績順なんですか?」


 それは俺も気になった。普通は上位と下位で組んでバランスを取るもんじゃないのか?


「それ毎年聞かれるんだけど、学院は実力が全てなんだよ。悲しい事にね。上位はさらに上を目指して、下位はひたすら這い上がるという、蟻地獄みたいな決まりがあるんだ」


 蟻地獄ときたか。まあ、わからないこともない。協会も似たようなもので、強い奴は強い奴と組みたがるし、弱い奴は相手にしない。


「じゃあ名前を呼ぶから、グループ毎に席をかえてね。レオくん、イリーナさん、ユイトくん、リアさんがこのクラスの第一グループ。それから…」


 担任が名前を呼んで行き、俺たちはワラワラと動く。


「レオ、よろしくね!」


 リアが俺の後ろの席にやって来た。その隣に、ものすごく不機嫌な顔のイリーナが座る。


「おれのことも忘れんなよ!」


 そう言って俺の隣に座ったのは、優等生くんだった。


「お前ユイトって言うんだな。今知ったわ」

「酷いなぁ。結構目立ってたと思うけど」

「俺の中ではお前は優等生くんと呼んでた」

「あはは、よく言われる」


 ユイトはクラスの中ではリアの次に普通に話しかけてくる。そういうわけで、なかなかいい組み合わせだ。


 陰気な顔のイリーナさえいなければ。


「明日の任務、緊張するなぁ」


 リアは不安そうだ。


「大丈夫だ。俺が守ってやるから」

「おれも守って」

「男は勝手に死ね」

「アハハ!!」


 などと話していると他のグループも着席し、担任が満足そうに頷いた。


「さて、じゃあ明日の説明をしておくね。君たちにとって初の任務だから、協会から監督役の魔術師が来てくれる。1グループにつきひとりきっちりついてくれるし、五級任務だからそんなに緊張しなくても大丈夫。せいぜい魔力を浴びて凶暴化した動物の退治だし」


 そんなイベントがあったなんて、協会に入って四年間知らなかった。


 五級任務だし、対応は三級以下の魔術師がやっているんだろう。


「この任務体験は、君たちの今後の課題を見つけ、学院生活を充実させるためにも重要だからね。成績によっては、今後も協会のお手伝いに呼ばれるかもしれないし、コネを作ると言う意味でも、頑張った方が君たちのためだよ」


 などなど長い説明が終わり、本日は解散となった。明日の準備のためだ。


 他のグループは早速、お互いの実力を確かめに広場へ向かう。気がついたらクラスに残ったのは、俺らだけになっていた。


「おれたちはどうする?」


 ユイトは特に緊張もしていないようで、逆にリアの上がり具合が目立つ。


「ど、どうしよう?みんな行っちゃった」

「特にやる事もないな。俺たちの実力なら、魔獣くらい簡単に倒せる」


 リアの空絶があれば誰も怪我しないだろうし、イリーナは少し慌てるかもしれないが、クラスの中では魔力量が一番多い。ユイトは知らん。


「監督役って、どんな魔術師が来るんだろ?」

「気になるね」


 ユイトとリアがそう言うと、イリーナも口を開いた。


「きっと強いんだろうなぁ」


 心なしか目が輝いている。どんだけ魔術師に憧れてるんだよ。


「イリーナはなんで魔術師になりたいんだ?」


 ユイトの質問に、イリーナが目を伏せた。答える声は小さい。


「強くなりたいからよ」

「ふーん。なんで?」

「だって、せっかく魔力があるのに、もっと強くなりたいって思うじゃん。努力して来たことを、しっかり評価されたいし」


 評価、か。確かに協会魔術師になればライセンスを発行されて、目に見える評価がつけられる。


 学院卒であること、協会の魔術師であること、任務の成績、扱える魔術のレベル。


 全部含めて、階級として評価される。


 個人の努力によってその評価は確実に上がるし、次の目標も見つけられる。


 だけと、それだけじゃない。


「協会魔術師の評価は確かにわかりやすいが、そこがこの世界の全てじゃない。協会に属さない強い魔術師は沢山いるし、階級を気にしすぎて挫折する奴もいる」

「挫折?」


 リアが首を傾げた。


「そう。お前らだって先生の話聞いてたろ?三級で満足したって。協会の評価は6段階しかないから、個々に秀でたものがあっても、任務で役に立たなければ階級は上がらない。その秀でたものが、固有魔術なら話は変わるが、そんな天才はそうそういない」


 俺やバリスみたいに、固有魔術を持ってる奴は大抵産まれた時から備わっている。


 途中で見つけた奴なんて、俺は会ったことがない。


「確かに全員同じように評価されるなら、協会はいい場所だと思うが、強いというのは評価だけが判断材料じゃない」


 階級が低くても、野良でも、本当に強い奴はいる。


「そんなこと言われなくてもわかってる。才能の差なんでしょ、どうせ」


 イリーナの手がワナワナと震えている。俺を見る目は、怒りや憤りでいっぱいだ。


「そう言うことじゃない。確かに才能の差はあるが、階級を上げる奴がみんな才能に恵まれているわけじゃない。相応の努力をした奴が上にいけるんだ」

「じゃああんたのその無茶苦茶な力も、努力だって言うの?そんなの不公平よ!!才能のある人の努力と、ない人の努力は違うじゃない!!」


 ダメだこりゃ。何を言っても伝わる気がしない。


 まあ、俺の言葉にも矛盾はある。一級と特級の間には、たしかに才能という壁がある。


 イリーナが強いと思う魔術師が、特級のことを言っているとしたら、多分速攻で挫折する。


 せっかくクラスメイトになれたんだ。


 そんな事で挫折して欲しくないし、イリーナには才能があると俺は思う。焦って上手くいかないだけだ。


「俺はイリーナは強いと思う。決闘の時の魔術は、学生が簡単に扱えるものじゃなかった」

「あんたに言われたって嬉しくない!!バカにしてるの?テストだって、勉強してないあんたに負けたあたしの気持ちがわかる!?」


 そう叫んで、イリーナは教室を飛び出していった。


「クソ、また逃げやがった」

「まあまあ…レオの言いたい事、おれもわかるけどさ。レオに言われたらそりゃキレるわ」

「なんでだよ?」

「だって全然努力してなさそうだから」


 はぁ?俺ほど血反吐吐きながら努力した奴なんていないぞ?


 リアを見ると、困ったように笑った。ユイトと同意見らしい。


「お前ら、俺のちびっ子の頃の話を聞いたら悲鳴を上げるぞ!?魔術師なんなにはならないって思う絶対!!」

「んじゃあ聞いてやるから話せよ」

「個人情報保護の観点から話さないけどな」


 ユイトが軽く舌打ちし、リアが残念そうな顔になる。


 俺の過去編はどうでもいいが。


 とりあえずあのめんどくさいイリーナを、なんとか元に戻してやらないと。









 翌日。


 魔術師協会本部ロビー。


「よお、レオじゃん!!」

「最近見かけねぇと思ってたら、なんだその格好?」


 俺は今頭のおかしい魔術師に絡まれている。


「全く似合わねえなぁ」

「いやー懐かしい。つか、レオってマジでクビになったんだな」


 任務体験だから本部ロビー集合と言われ、80人の一年生がゾロゾロ集まり、俺もその中のひとりとして何食わぬ顔をして待機していたのに。


 暇なのかなんなのか、見知った顔が二人声をかけて来た。宿舎で部屋が隣同士だったジャスとリリルだ。ジャスはヤンチャでバカな男で、リリルは男なのにわりと整った顔をしている。


 二人とも気さくでいい奴らだが、俺に負けないくらいのクズだ。


「やめろよクビとか言うなよ……あってるけども」

「クビになって学院に入れられたって事か?」

「そうだよ!つかお前らヒマか?仕事しろよ」

「今から仕事なんだわ、俺ら」


 そう言ってジャスがニンマリする。


「もしかして俺らのグループ、お前らのどっちかがつくのか?」

「残念だが違うグループだ。階級不明の野良の実力見てやりたかったんだげどなぁ」

「ほんとレオって謎だったよな」


 じゃあな、ニヤニヤしながら去ってく。途中で思い出したようにリリルが振り返った。


「あ、そういやレオの部屋にあったイカサマ用のカード、俺がもらってやったからな」

「えぇ……別にいいけど」


 そんなに嬉しそうな顔で言われたら、怒るに怒れないじゃないですか。


「レオって、協会にいたんだ?」


 今までのやりとりを黙って聞いていたユイトが聞いてくる。リアも興味津々だが、イリーナはそっぽを向いたままだ。


「そうだ」

「なんかレオのめちゃくちゃさに納得した」

「めちゃくちゃ?」


 心外なんだが。


「学院卒じゃないってことは、あんた野良だったんだ」


 イリーナの言葉はトゲトゲしていた。見下すようなその言い方に、だけど俺は慣れているからなんとも思わない。


「お前も正規とか野良とか言うのかよ。今更言われ慣れてるから気にしないけど、そういう事考えてると強くはなれないぞ」

「っ、うるさい!なんで一々そんな言い方するのよ!?」

「だって普通に考えてみろよ。俺は12で協会に入れたんだぜ?正規だなんだと言っている奴より、俺の方が実力があるってことだろ」


 ギリっと歯を食いしばるイリーナに、俺は容赦しない。だって事実だから。


「もうやめようよ、ね?イリーナも、レオも」


 天使リアが困っているので、俺は口を閉じた。


「見苦しいケンカをしているそこのクズ。恥ずかしくないの?」


 後ろから急に話しかけられて、驚いて振り向く俺たち。


「レリシア!!」

「やめて。クズがわたしの名前を気安く呼ばないで」


 えっ?と、三人が目を見開く。今までの怒りも何処へやらイリーナは羨望の眼差しでレリシアを見ていた。


「レリシア…さんって、本物ですか?」

「本物って本人に聞くか普通」


 と言った俺の声は完全にスルーされた。イリーナはもはやレリシアしか眼中にないようだ。


「はじめまして。わたしはレリシア・フロストよ。今日はよろしくね」


 レリシアがニコリと笑うと、男は誰でも落ちる。その証拠に、ユイトの鼻の下が通常の倍くらいになっている。


「きょ、今日はよろしくってことは、まさかレリシアさんが!?」

「そうよ。そこのクズがやらかさないようにちゃんと見張っておくから、あなた達は心置きなく頑張ってね」


 ユイトが思いっきりガッツポーズした。


「ユイト、先に言っておくがこの女はヤバい。ドSだ。死にたくなければ近付かない方がいい」


 親切心でユイトに耳打ちしておいてやる。ユイトは眉を顰めて食いついて来た。


「ドS?大歓迎!」

「歓迎できるほどの生易しい奴じゃないぞ!」

「実はおれ、そっちの方が燃えるんだ。心配するな」


 俺はちょっと引いた。いや大分引いた。優等生みたいな顔して、こいつそっち系かと。


「聞こえてるんだけど」


 レリシアが得意の睨みつけるを発動した。その瞬間、俺とユイトの周りの空気だけが凍り付く。一瞬で氷点下だ。歯の根が合わなくてガチガチする。


「さっむ!」

「あわわわ」


 慌てる俺たちを他所に、リアとイリーナが歓声を上げた。


「これが噂の氷結魔術!!」

「レリシアさんかっこいい!!」


 レリシアの特殊魔術の効果が消えると、盛大な舌打ちを溢して言った。


「さて行きましょ。下らない男どもなんて放っておいて」


 マジで綺麗な流し目だった。うんざりする俺を他所に、ユイトはなんだか嬉しそうで、飼い主についていく犬みたいにレリシアの後を追いかけ始めた。

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