第15話 任務体験②
任務地へは一級魔術の転移を使った。協会本部の敷地内、人目につかない場所でだ。
「〈天の理、地の理、我らを阻むものなし:転移〉」
レリシアが詠唱すると、淡く光る円環が足元に広がって俺たちを囲む。すると協会の敷地がボヤけ、すぐに青々とした木々の森の中にいた。
「なんでわたしがクズまで運ばなきゃならないのよ」
着いた途端にこれだ。
「今の俺が転移なんて使えるかよ!それも五人も!」
転移は特殊魔術と言っても簡単な方で、便利なのでよく使用されているが、移動距離も重量も魔力量で差が出る。
今の俺が転移したら、5メートルも移動できない自信がある。
前は山をひとつ移動したりできたけど、そういやあの山もとに戻してないや。
「特級魔術師ってやっぱすげえなぁ」
「わたし、転移はじめて体験しました」
「あたしも!」
純粋に楽しんでいる三人だが、俺たちは別に遊びに来た訳じゃないんだがな。
「転移くらいすぐにできるようになるわよ。そこのクズに教えてもらったら?」
レリシアは俺とイリーナの確執を知らない。だからそうやって気軽に、悪気もなく言ったのだが、それがイリーナのご機嫌を悪くしてしまう。
「イヤです。あたしは、あんな奴に教わるなんて絶対いや」
プイっとそっぽを向く。その態度に、レリシアが不審げに俺を見る。
視線がこう言ってる。
『あんた、手だしたでしょ?』
俺はブンブンと首を振って否定した。もっとも俺の否定は、信用されることはない。クズだから。
「と、ところで!!」
たまらず大声をあげちゃう。
みんなが俺に注目した。
「任務内容ってなに?」
「私も知りたいです!」
リアが可愛らしいく片手を上げた。
「そうね。任務について話しておかなきゃね」
「おいおいレリシアの仕事だろ。しっかりしてくれよ」
「クズに言われる筋合いないわ。それ以上喋ったら殺すけど」
「すみません」
俺は謝罪だけして黙った。もう今日一日口を閉じていた方がいいだろう。
「今回は魔力を浴びて凶暴化した猫を退治するの」
「猫?」
「猫よ」
三人ともふに落ちない様子だが、猫と言っても魔力を浴びて凶暴化しているのだ。ナメてかかると死ぬ。
「生物の魔獣化は知ってるわよね?」
レリシアが確認するように言うと、三人とも頷いた。
「魔族の放つ魔力を浴びると生物は凶暴化して、人間を襲うようになるんですよね」
イリーナが言った通りで、魔族にはそういう能力がある。大抵は生物にとって不幸な出来事だが、中にはわざと魔獣化させて人間を襲わせるなんてことをする、低俗な魔族も存在する。
魔術師協会の五級、四級任務は大抵この魔獣討伐がメインとなる。
「人間を襲うと言っても、もともとの生物の強化版みたいなものだから、熊や狼なんかと違って、猫程度ならあなたたち学生でも討伐可能よ」
「それでも一応魔獣なんですよね……」
ユイトが珍しく不安そうな声を出した。昨日まであんなに普通だったのに、いざ本番となると不安らしい。
わからなくはない。俺も初めて魔獣を倒した時はびびり倒した。
その時はさすがにしょんべんちびりそうになった。まあ、6歳だったし仕方ない。
「いざとなれば、わたしもそこのクズもいるから、あなたたちは学生らしく気楽に楽しめばいいのよ」
ビビっている学生に、気楽に楽しめなどというのはちょっと酷な気もするが、レリシアの言う通り、いざとなれば特級と元特級魔術師がいる。元とか言っちゃってなんか悲しい。
「わ…わかりました。そうですよね、猫ですもんね」
イリーナは変なスイッチでも入ったのか、いつもの元気を取り戻した。それに釣られる形で、リアとユイトが小さな声で「おー!」と言った。
「魔力の感知…は、まだムリよね」
レリシアはどうしたものかと、小さな細い顎を撫で(そんな仕草も一々官能的だ)、今初めて気付いたみたいに俺を見る。
「レオでもそれくらいできるわよね」
「えぇ……」
「文句言わないで。早く終わらせて、早く帰りましょ」
「わかったよ」
この女に逆らったら酷い目に遭うのは経験済みなので、俺は仕方なく魔力感知に全神経を集中させる。
他の三人が、期待に胸を膨らませて俺を見ているけど、感知は全く持って地味な魔術だ。
「〈第七の瞳、全能なる瞳、余すことなく映し出せ:遠視〉」
目を閉じて唱えると、大体半径1キロ以内の視覚的情報が脳内に映し出される。
他にも水や風の魔術で索敵する奴もいるが、俺はこの方法が一番わかりやすくて気に入っている。
「いた。こっから南に500メートル位の場所だ」
「案外近いのね」
「だな」
しかしこの距離の遠視で冷や汗が出るとは思わなかった。
また痛みが襲ってこないかビクビクしながら魔術を使うのって、コップの縁ギリギリに水を入れるのと似ている。溢れたら大変だ。
ゾロゾロ並んで森を進む。たいして鬱蒼ともしていない、普通の森だが、魔獣がいるとなると歩調もゆっくりとなるようだった。
「レオ、ちょっといい?」
学生の自主性を尊重して、最後尾を歩くレリシアがその前を歩く俺に話しかけてきた。
「なんでしょう?」
若干改まった返事を返したのは、レリシアがやけに険しい顔をしていたからだ。
「あんたの任務の事なんだけど」
任務?なんの?
「ライセンスカードの履歴解析したのよ。バリスとね。そしたら、あんたの任務履歴がちょっと変で」
「ふーん?そうなんだ。知らなかった」
「そんな軽い話じゃないのよ。というより、今まで気にしなかったの?」
そう言われても、至って普通に言われた通りに任務をこなして、報酬を貰っていたから、特に気にしたこともなかった。
「考えた事もなかったな」
「一体どんな任務に行ってたのよ?」
「魔族退治だ。レリシアやバリスだって同じだろ?」
「同じじゃないわ。わたしたちは、あんたほど頻繁に魔族とやりあったりしていない」
そんな事言われてもなぁ。それは多分、
「俺が最強だからじゃね?」
という回答以外に考えられない。
正直に言ったのに、レリシアはものすごく不満があるようだった。
「それ、やめてくれない?なんだか物凄く不快なのよね。たとえ事実だとしても」
「なんでだよ!?」
「だって、あんたみたいな顔しか取り柄のないクズが『金獅子の魔術師』とか言われてチヤホヤされてるのって気に入らないのよ」
グハッ!!傷付いたわ!!
「『金獅子の魔術師』がどうしたんですか?」
少し前を歩いていたリアが振り返る。
リアは初めて会った時に、金獅子に憧れていると言っていたから、その単語が気になったようだ。
小声で話していたとはいえ気を付けなければならない。
「いいえ、なんでもないわよ?ちょっと悪口を言っていただけ」
「悪口ですか……その、『金獅子の魔術師』って、どんな方なんですか?」
歩調を落としてレリシアと並ぶリア。入れ替わるように俺は前を行く。
自分の話をされるのってなんか照れ臭いからだ。
「どんな、て言われると困るわね。一応機密になってるから」
「そうなんですか」
しょんぼりするリアがかわいそう。今すぐ「俺です」と名乗ってやりたいが、失望されても困る。
「18歳以下って噂、本当なんですか?」
「うえ!?」
思わず木の根に躓いた。イリーナの鋭い発言にビビったからだ。
「どうして、そう思うのよ?」
レリシアは何でもないことのように聞き返す。
「レリシアさんやほかの特級魔術師は顔が出てなくても名前はわかっています。でも、『金獅子の魔術師』だけは名前も何も情報がない。それって18歳以下だからなんじゃないかって言われてるんです」
何故かとても悔しそうなイリーナに、レリシアは困ったわねと俺を見る。俺も困ったとレリシアを見ると、速攻で目を逸らされた。
「そんな噂、信じていても良いことはないわよ。本人がどんな人物であれ、あなたの手が届く場所じゃない。比べるのなら、同じ学院の学生や、身近な誰かにした方が身のためよ」
その言葉が、イリーナの感情を揺さぶった。
明らかにお怒りスイッチを押したのがわかった。
「レリシアさんもそんなことをいうんですね」
レリシアが俺の目を見て語りかける。「あんたやっぱりなんか言ったでしょ?」と。俺と話すのも嫌なのか、めちゃくちゃ目で訴えてくるが、それがなんとなく何を言っているのかわかってしまう俺も俺だ。
「もういいです」
そう呟いて、イリーナは森の中をかけていった。魔獣がいる、森の中をひとりで。
「イリーナ!!」
リアが呼び止めるも、イリーナは全く振り返らなかった。
「あーあ、俺しーらね」
「お、おい、そんな事言ってる場合かよ?一応任務中だぜ?」
「ユイトだってイリーナの心配じゃなくて任務の心配してんじゃねえか」
「だっておれ関係ないよな?」
ここにもクズがいまーす!!
「レオ、真面目な話、あの子に何したの?」
呆れたとレリシアが歩を止めて腕を組んだ。
「おれ知ってまーす!イリーナを煽って決闘して、負けたイリーナに土下座させようとしてましたー!!」
「あっ!!おまっ、言うなよ!!!!」
「あとあと、テストで一位とってました!!」
「それは別にいいだろ」
フンと怒りの鼻息を吐き出すユイトだ。こいつは確か学年四位だったから、イリーナほどでは無いにしろ勝手にムカついているのだろう。
「あんたが悪いのはわかったわ。それにあの子、余程今まで自信があったようね」
「そうみたいだ。あれはどう見ても、自分の壁と闘ってる」
俺たちはいくつもの壁を乗り越えてきた。それが特級魔術師だ。透かした態度のレリシアでさえ、いくつもの死地を乗り越えてきた筈だし、最初から何でもできる奴なんていない。
「イリーナは私たちの産まれた街の期待なんです」
リアが悲しい声で言った。
「小さい頃から才能があって、みんながイリーナに期待していたんです。特にお父さんとお母さんが。それに答えようと必死で頑張ってきたんですけど、ある時その『金獅子の魔術師』の噂を聞いちゃって」
「なるほどな」
関係のないところで俺が元凶になってしまったようでなんかごめん。
「私ははなから、別世界の人間だと思って勝手に憧れてるんですけど、イリーナは違ったんです。それからミスをする事も増えちゃって」
それで学院に入って、俺が邪魔だったってことか。
呆れたとレリシアが首を振る。
「バカね」
と言って、それから俺を睨む。
「さっさと探して連れ戻して。これでもわたし忙しいのよ」
「わかってるよ!」
つか忙しいならこんな仕事受けなきゃいいのに。
「んだよどいつもこいつも、俺関係ないじゃんか!」
と、独り言でも言っていないとやってられない。
「俺はなんも悪いことしてないし、寧ろ心配してやってんのによ」
ただまあ、正論をブチかまし過ぎたのかもしれないとは思う。
いやそれでもやっぱり俺は悪くない。だってそもそも最初に俺にスープぶっかけたのはイリーナだし、決闘だってノリノリだった。なんでもするって言ったのは向こうだ。
だから俺は何も悪くない。
「あー、つまんね」
と歩いていると、薄らと魔力の気配。
人のじゃなくて魔獣のものだ。魔族の歪んだ魔力と生物の生命力が混ざり合ったような、気持ちの悪い感じだ。
あともうひとつ、その近くにイリーナの魔力もある。イリーナの魔力は、色に例えると眩しいオレンジ色。リアは淡い白に少し紫の差し色がある。
イリーナはすぐ近くの木の上にいた。どうやって登ったのか、俺には見当もつかないところにいた。
「イリーナ、戻ってきてくれ。任務体験中だろ」
「うるさい!なんであんたがいるのよ」
「レリシアに命令されたからだ」
見上げるとイリーナのスカートの中が丸見えだが、俺はあえて何も言わない。見たって色気もクソもなかったからだ。ピニョのスカートの中の方が可愛らしい。
「ほっといてよ」
「そんなことできるかよ」
「え?」
イリーナがひょこっと木の間から顔を出した。困惑の表情だ。
「なぁ頼むよー、降りてきて戻ろうよ?じゃないと俺がレリシアに殺されるんだって。なあ聞いてる?」
すると頭上から木の枝が降ってきた。
「イテッ、何すんだよ!!」
「うるさい!!クズ!!」
バラバラとどんだけだよと言うくらいの木の枝や葉っぱが落ちてくる。
「わんぱくか!?」
「ほっといてって言ってるでしょ!!きゃっ!?」
イリーナが降ってきた。
俺はちょっと後ろに下がって避ける。そこにイリーナがシュタッと着地した。
「お前すごいな……」
「あんた今避けたでしょ!?信じらんない!普通受け止めるとかするでしょ!?」
「俺が?なんで?」
「もおおおお!そういうところがほんとクズね!!」
わけわからん。しかし、そんな下らないことを言っている場合でもない。
「なんでもいいが、いたぞ」
「っ!魔獣!!」
イリーナがいた木の上に、猫がいた。が、それは猫というより、猫の大きさをした猛獣だ。犬歯は顔よりも長く発達し、引っ込まなくなった爪が木の幹に突き立っている。
全身の毛を逆立てて、フーフー唸りながら俺たちを見下ろす姿はまさに魔獣だ。
「ど、どうしようっ?」
「どうしよう?お前が倒すんじゃないのか?」
これは任務体験であり、任務内容は魔獣の討伐で、その魔獣が目の前にいるのなら討伐するのが当たり前だろ?
「ああああ、あたし?」
「俺が倒したら申し訳ないだろ。元々協会魔術師だったんだぜ?任務体験の目的はお前ら学生の為のものだろ」
「そう、だけど……」
何を悩む必要があるのか。
「ほら、お前の噛み噛みの水波とか、魔力足りなすぎて消耗の激しい風刃とかやれよ」
つまりはその程度で倒せる相手という事だ。
ただ、動きが速くて捉えるのが難しいだけで。
「〈し、真空、一閃の刃、けけけ顕現せよ:風刃〉!!」
あちゃあ。噛みやがった。
案の定風刃は、円環構築に不備があったとみなされて、イリーナの手の中で消えてしまう。
「どどどどど、どうしようっ?」
「俺は知らねぇ」
そう言って右手をあげる。
爪がちょっと伸びたなあ。帰ったらピニョに手入れさせよう。
「うう、うっ、ふぇっ」
えー……泣きやがった……
ペタンとその場に座り込み、両手で顔を覆ってグズグス言っている。
もー。こういう面倒くさい女ほんと嫌い。泣けばいいと思ってる?
女が泣くとこっちはキレたくてもキレられないだろ。つか泣いて許されるのはリアみたいな美少女だけだ。
魔獣猫が木の上からぴょんと跳ね、俺とイリーナに向かって来た。
「〈凪の風、嵐の防壁、打ち払え:空絶〉」
俺とイリーナの前に見えない壁が出来る。縦横1メートルくらいのものだが、魔獣猫は見事にそこにぶつかって跳ね返った。
フンギャと哀れな声をあげて木にぶつかる。
「ふう。こんな小さい空絶で冷や汗が出るなんてなあ」
今の俺は、完全詠唱で補助を受けないとまともに魔術が使えない。なんて不便なのだろう。
「おい、今がチャンスだ」
イリーナに声をかけるが、泣きっぱなしで聞いちゃいない。
「フグっ、うう、どうせあたしには、才能なんてないの……」
「才能が無いってか」
魔力は一種の才能だ。俺を育てたザルサスは常日頃からそう言っている。
という余談はさて置き。
「ちょっと手、貸して」
俺があげられるのは、ほんのひとかけらのヒントだけだ。
俺はクズだから、一から十まで全て教えてやることなんて絶対にしないんだ。
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