第16話 任務体験③
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「ちょっと手、貸して」
イリーナは訳もわからずさらわれた右手と、その手を取ったレオの顔を見上げた。
「なにすんのよ!!」
手を引くが、思いの外レオの力は強かった。一見軟弱そうな外見なのに、だ。
「いいか、イリーナ。魔術はさ、芸術なんだ。風刃は鋭い風の刃。どんなに硬いものも一刀両断できる。そんな刃を作り出すのに、お前詠唱噛み過ぎだって」
ハハッと笑う笑顔に、心臓が高鳴る。
「ほら、一緒に言ってみ?〈真空、一閃の刃、顕現せよ:風刃〉」
レオの詠唱が魔力の流れを作り、それがイメージとしてイリーナの中で形を作る。
そうか、本物の風刃はこんな感じなんだと、イリーナは理解した。
「な?わかっただろ?」
レオの手がいつの間にか離れていて、かわりに右手には、少しの揺るぎもない風の刃があった。
「で、出来た…」
「当然だろ。俺が手伝ったんだから」
今までに見たどんな魔術よりも綺麗だった。
いや、レオの雷刃はもっと綺麗だったが。
「んじゃあ後は任せた」
「え」
レオは「あー疲れた」と言って、木陰に座り込んでしまった。
魔獣猫は相変わらず、こちらの様子を伺っている。唸り声や血走った眼は、もはやイリーナが知っている猫ではなかった。
元々普通の猫だったのに、なんの因果かこうなってしまった。イリーナは少しだけ唇を噛んで、覚悟を決めた。
「うああああっ」
イリーナは雄叫びをあげながら魔獣猫へと走る。魔獣猫も身の危険を感じてイリーナに向かって飛びかかる。
交差する瞬間、イリーナの風刃が先に魔獣猫を捕らえた。ぎゃああと断末魔が響き、魔獣猫の身体が真っ二つになって転がる。
「やった!!」
思わずレオの方を見る。イリーナとしては、ここで喜びを分かち合う事で、今までのレオに抱いていた負の感情も少しは和らぐかもと考えていた。
のだが、そのレオといえば木陰に座り込み、木を背にしてウトウトと船を漕いでいたのだ。
「〜〜〜〜っ!!もう!!なんなのよ!!」
心底腹が立った。
レオが手を握ってイメージを手伝ってくれた事とか、そのおかげで今までで一番いい魔術ができたとか、そんな事が一気に吹き飛んでしまった。
誰にも分かち合えない喜びと腹立たしさと、そして、怒りに任せて走って来たために、帰る方向もわからない不安でイリーナはどうにかなりそうな気分を必死に抑える。
「バカっ!アホっ!クズっ!」
石でも投げてやろうかと思ったその時、背後で足音がした。
「シエル兄様。タマちゃんが死んでいます」
咄嗟に振り返ると、そこには自分より遥かに小さい女の子がいた。
可愛らしいフリルが沢山あしらわれた、黒いドレスを身につけている。肌の色は陶器のように白く、まるで人形の様な整った容姿をしていた。
少女は先ほどイリーナが斬り伏せた魔獣猫を、感情の希薄な瞳でみおろしている。
「ヨエル。だからペットは外に出してはダメだと言ったのに」
女の子の後ろ、木漏れ日の下にもう一人。女の子とそっくりの男がいた。その男は、イリーナと同じくらいの年齢だろうか。
「ヨエルは外に出していません。タマちゃんが勝手に出て行ったのです」
「それを責任転嫁というんだよ」
やれやれと首を振る男と、イリーナの目があった。
「ああ、突然失礼します。僕はシエルと言います。この小さいのは妹のヨエルです。その制服、学院の方とお見受けしますが……もしかして、妹のタマちゃんを殺したのはあなたですか?」
その瞬間、あたりの気温が一気に下がったかの様な寒気を感じ、イリーナは数歩後ずさった。
男は指一本動かしてはいないのに、イリーナはとてつもない恐怖を感じて、干からびたような喉からは声も出ない。
今にも腰を抜かしてしまいそうな得体の知れない恐怖。そんな感情を抱かせる生き物といえば、それは魔族に他ならない。
「あ、あなた…魔族…」
辛うじて絞り出した掠れた声で呟く。
すると男は笑った。まるで作り笑いのような、完璧な微笑だった。
「ええ、僕たちは魔族です」
逃げなければと心のどこかでは考えているが、身体は全く反応しない。イリーナは身動きも取れないまま、どう反応すれば殺されないで済むのかと思った。
魔族は人を食うという。それも、生きたまま。
「あんまり怖がらせてやるなよ、シエル」
イリーナはその声を聞いた途端、長く辛い呪縛から放たれたような安心感を抱いた。良かった、自分はひとりではない、と思わずにいられなかった。
それと同時に感じた、小さな違和感。
今声を発したレオは、親しげに魔族に話しかけなかったか?と。
「あれ、その声はレオじゃないか!?……どうしたのかな、その貧相な魔力は?お陰で君だと気付かなかったよ」
「シエル兄様。ヨエルもわからなかったです」
イリーナの後ろで立ち上がったレオが、うんざりしたように溜息を吐く。
「俺にも事情があるんだよ…」
「魔術師協会クビになった…とかなら、本当に笑えないよ」
「ヨエルは笑っていいと思います、兄様」
アハハと笑えないよと言いつつも笑うシエルと、ジト目で見つめるヨエル。
「そうだよクビになったんだよ!!ったく、笑いたきゃ笑えよ?ほら、俺はなんとも思わないから!!」
「……お疲れ様、レオ」
「おい!今までの反応で一番悲しいやつだよそれ!!」
くっそぉ!!と叫ぶレオだが、イリーナにはイマイチ状況が飲み込めない。
「レオ…魔族、だよね?」
確認の為に口に出す。そうしないと、目の前の二人が本当に人間だと錯覚してしまいそうだったからだ。
「ああ、こいつらは正真正銘の魔族。倒すべき相手だ」
「じゃあ……」
知り合いなの?と目で問うイリーナに答えたのは、魔族のシエルの方だった。
「僕たちは長い付き合いなんだ。そうだね、四年前レオが協会に入ってから、『金獅子の魔術師』なんて呼ばれている間は特に、ね。クビになったみたいだけど」
イリーナは頭が真っ白になった。
『金獅子の魔術師』が、レオだった?
疑いたいが、学院で見た様々な事がスンとすんなり収まってしまうような気がした。
一年生で一級魔術をいくつも扱えたり、魔術についての知識に優れていたり。
それにレオの魔術は、イリーナが今までみたどんな魔術よりも美しい。
あの噂は…『金獅子の魔術師』が同年代というのは、本当だったんだと。
「はー、シエルのお節介め。それは知られちゃ不味かったんだよ」
「どうして?」
「人間って色々めんどうなんだよ?なんでも機密にしたがるからな。この俺様のスターオーラを隠しておけるわけないのに!!」
「君、魔力封じられて余計に頭が悪くなったんじゃない」
んだとゴラァ!と、息巻くレオと、嘲笑うシエル。
イリーナは勘違いしかけていた。
どれだけ軽口を叩こうと向こうは魔族で、レオは常に攻撃に備えていた事に気付かなかった。
「〈空絶〉!!」
何が起こったのか、イリーナにはわからなかった。咄嗟に腕で顔を覆う。ただ眩しかった。
レオが魔術で防壁を築いたのはわかった。詠唱無しの魔術名だけの、それでも鮮やかで完璧な空絶だった。
「レオっ!?」
と名前を呼んで振り向けば、
周辺の木々が消えていた。
「っ!!」
もともと何も無かったかのように、イリーナとレオの背後の木々が消滅し、軽く土の地面まで抉れている。
残ったのは、レオの空絶が盾となった二人の周囲のみだった。
そしてイリーナの半歩程後ろでは、魔族による絶大な破壊を防いだレオが、地に膝をついて血を吐き出していた。
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