第17話 任務体験④


「ゲホッ」


 心臓からほかの臓器まで焼けるような痛みが襲う。シエルの攻撃を防ぐ事は出来たが、さすが魔族。冗談じゃないほどの威力を防ぐには、ある程度魔力を練る必要があった。


「レオ!?」


 イリーナは戸惑った様子で、とりあえず俺の名を呼んだ。それで、血を吐く俺を見て余計に混乱したようだった。


「よく防げたね、レオ。ただ前の君なら、防ぐと同時に倍にして返されたのに。可哀想」


 シエルとヨエルが、空中にまるで床でもあるかのように優雅に浮いている。どうしてそんな事が出来るのかはわからないが、魔族は空を飛ぶ事ができる。羨ましい。


「やかましい!!」

「あれ、元気じゃん」


 口元の血をぬぐって立ち上がる。イリーナは混乱極まったように、俺とシエルを交互に見た。


「イリーナ、大丈夫。いざとなったら俺は逃げる。お前は自分でなんとかしろ」

「……は?」

「いやだから、いざとなったら俺は逃げられるから心配すっオホウッ!!」


 イリーナの腹パンが決まった。


「あんたはこんな時でもクズなのね!?」

「シエルよりイリーナの方が恐ろしい」


 という冗談はさて置き、だ。


「イリーナはその辺に隠れてろ。そのうちレリシアが来る」


 キンキンに冷えた氷みたいな魔力が近付いてくるのに気付いた。


「俺はあいつをちょっと遊んでやるよ」


 シエルを見ると、嬉しそうに笑った。


「レオ、遊んでやってるのは僕の方だ」


 こうなれば、もはや封魔の効果など気にしている余裕はない。


 たとえ俺の身体が持たなくとも、シエルくらいならば相打ちにできる。


 ヨエルひとりならレリシアでも対応可能なはずだ。


「〈神速、剛魔の鎧、降りしこの身に、疾く変われ:強化〉〈雷光、一閃の刃、顕現せよ:雷刃〉」


 身体強化と、雷刃を手に地を蹴る。空中のシエルに一瞬で追いすがり、雷刃を振りかぶる。シエルは空中から黒く禍々しい刃の長剣を抜いた。


 バチチと剣と雷がぶつかる。


「切れ味悪くなったんじゃない?」

「余計なお世話だ!〈紫電の雷、黒雷の咆哮、天より下されん:雷双破〉」


 三つめの魔術を同時展開するが、その瞬間またあの痛みが襲って来た。


「うぐぁ!?」


 黒く強烈な光を放つ雷がシエル目掛けて飛ぶが、シエルは空中で回転して避ける。


 残念ながら俺の滞空時間が終了。急速落下。


「レオ!!」


 下にいたイリーナが意味もなく叫ぶと同時に着地。駆け寄ってくるイリーナが、俺を見て悲痛な声を上げた。


「あ、痣、が……」

「気にするな」


 格好をつけたつもりはない。いちいち反応するのが面倒だっただけだ。


「それ、封魔…だよね」

「知ってるのか」

「これでも勉強熱心なんだからね!!」


 ああそう。まあどうでもいいけど。


「そういうわけだから長くは保たない。お前はマジで逃げろ」


 が、そこに痺れを切らせたシエルが突っ込んできた。


 咄嗟にイリーナを突き飛ばし、雷刃で黒い剣を受ける。


「それ、オシャレな入れ墨でも入れたの?」

「オシャレならいいんだがな!」


 鍔迫り合いの中、お互いにニヤリと笑い、シエルが空いた左手で爆風を生み出す。


「〈炎撃〉!!」


 対抗するために放った炎の塊が爆風と直撃して消えた。


 衝撃で後ろに吹っ飛んでしまい、木の幹に背中を打ち付けて止まる。


「ガハッ、うぐ、」

「つまらないな。君はもっと強いのに」

「ハァ、ハッ…俺も自分の非力さにビックリしてるところだよ」


 再び走り出す俺を、シエルが冷めた顔で迎え撃つ。いくつか火球を放つも、全てシエルに届きもしない。


「弱いレオは面白くない。死ねばいい」


 シエルがさらにスピードを上げた。俺はそれを雷刃で迎え撃つ。もう魔術を乱発するのは無理だ。


 鋭い突きを雷刃で弾く……と見せかけて、俺は雷刃を消した。


「なっ、レオ!?」


 シエルがビビったような声を上げた。敵のクセに、本気で驚いているようで、俺はちょっと嬉しかった。


「バァカめ!ビビってんじゃねぇよ!」


 シエルの長剣を、あえて腹で受けた。出来るだけ端になるように避けはしたが、腹部を貫く痛みは相当だった。


 そのまま右手を掲げる。驚くシエルの顔に、掌を突きつける。


「〈業火でもって、焼き払え:炎撃〉!!!!」


 至近距離で今出せる最大の炎撃。魔力自体が無くなった訳じゃない。封魔の痛みにさえ耐えれば、わりと威力のある魔術が使える。俺の放った炎撃は、シエルとその後ろの木々を黒焦げにした。


 最後、一瞬目があったシエルは、ものすごく不敵な笑顔だったことが気に食わない。


「レオっ!!」


「うるさいなぁもう。なんだよ?」

「なんだよじゃない!!その、怪我が…」


 ふと、バランスを崩して尻餅をつくと、なんとまああのアホな魔族が、ありえない忘れ物をしていることに気付いた。


「ダメダメダメ!!抜いちゃダメだと思う!!」


 イリーナが慌てて俺の手を止める。というのも、シエルの長剣が腹に刺さったままだったのだ。


「……わかった」


 あまりにイリーナの圧が凄いので手を離す。その時、封魔の痣が指先まで来ていることに気付いた。


 俺終わった。痛みを感じないのは、多分感覚器が麻痺したせいだ。


「あたし、レリシアさん探してくる」


 パッと駆け出そうとするイリーナだが、俺はなんとなくその手を引いて止めた。


 怪訝な顔で動きを止めるイリーナ。


「まあ座れよ。レリシアはもうすぐ来る。魔力が近いから」

「でも、」

「悪かったな。結果的に騙しているみたいで」


 俺は基本的に人に謝らない。俺は悪くないからだ。


 だが、このまま俺が死んだら、イリーナに申し訳ない気がして、今言っておかなければと思った。


「俺は協会をクビになって、この通り封魔で縛られて、それまでの自分を隠して学院へ入った。お前が壁にぶち当たってるのもわかってたが、元特級魔術師として黙っていられなかった。多少お節介が過ぎたようだが、お前は才能がないわけでもなく、努力してないわけでもないんだから、『金獅子の魔術師』なんかと比べるのはやめろ」


 俺みたいなクズと比べるのは、イリーナの為にならない。


「…ほんとはわかってたよ。レオが言ってることも、頭ではわかってた。でも感情が追いつかなくて、それまで出来ていたことも出来なくなって。八つ当たりしてた」


 イリーナがニコリと笑った。学院に入って知り合ってから、初めて笑顔を見た。


「強くなりたいって思いは変わらないけど、人と比べるんじゃなくて、あたしはあたしの強さを見つけるわ」

「その方がいい。それに、お前はまだ気付いてないみたいだが…」


 と言いかけて、レリシアがやってくるのが見えた。


「ちょっとレオ!!何があったのよ!?」


 叫ぶような声を上げて駆け寄ってくると、長剣が刺さったままの腹部と、指先まで広がった封魔の痣を見て絶句した。


 その後ろでは、リアとユイトも同じような顔をしている。


 そんなみんなの顔を見て、俺は多分めちゃくちゃ笑った。


「ハハッ、ロクな死に方しないと思っていたが……」


 と、そこで急に意識が曖昧になった。出血し過ぎたんだろう。


 ただまあ、死ぬとしても、最期に誰かがそばにいてくれて良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る