第18話 陰謀の影①


「ピニョは言いましたです。まだ動ける状態じゃないのですと。それなのに、です!!レオ様はいったい、ここで何をしているのです!?」


 ピニョの喧しい声にうんざりしながら、俺は適当に言い訳を考える。


「だって退屈してたんだよね、医務室って真っ白で薬品臭くて気分が落ち込むじゃん?そんで、気分が落ち込んだ時は、酒でも飲みながらお姉さんにチヤホヤされたいと思うのは男の本能だと俺は思う」


 そう言うと、左右に座っていた女性二人が俺の腕を取ってベタベタしてくる。


 三人目の女性が、でかいおっぱいを強調しながら、グラスに新しい酒を注ぐ。


「そんなこと考えるのはレオ様だけですううううう!!しかも!!こんな高そうなお店でっ!!」

「だろ?高いだけあって酒はうまいしねーちゃんは綺麗なんだぜ」

「いやああああ、レオ様…ピニョは悲しいです…」


 悲しいのは邪魔されてる俺なんだが。


「はっ!!そんなことよりですね、お金はどうしたんです?」

「ハッハッハ、驚くな、ピニョ!俺は今結構羽振りがいいんだぜ」

「なっ、何したんです!?」


 ニヤリと笑ってピニョを見やると、ピニョはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「医務室の横って保管庫じゃん」

「そうですね」

「ちょっと覗いてみたんだよね」

「普通は覗いちゃダメなんですけどね」

「そしたらシエルの魔剣があるじゃん?」

「保管庫ですから、当然ですね」

「質屋に持って行ったら結構良い値がついてさぁ。じゃあちょっと高いお店に入ろうかなってなるだろ?あれ?ピニョ!おーい、聞いてる?お前もなんか頼む?フルーツ盛り合わせとかどう?」


 固まってしまった。まあいいや。


「んー、チェンジで」

「何がチェンジだこのクズが!!」


 怒鳴り声とともり振り下ろされるカカト落とし。


「プギュアッ!?」


 脳天から脳味噌が吹き出しそうになった。


「このクズ!怪我人がなにのこのこ元気にキャバクラなんか来てんだよ!?しかも魔剣を売っただと!?」

「バ、バリス…俺の天才脳吹き出てね?漏れてんじゃないかと心配なんだが」


 バリスのバカみたいに容赦のないカカト落としのせいで、頭がぐわんぐわんしている。


 バカになったらどうしてくれるんだ!!一生寄生してやるからな!!


「しょうもねぇこと言ってんじゃねぇ!つかお前、よくあの怪我で動けたな」


 とか言いながら、ちゃっかり同じテーブルにつく。


 お姉さんがバリスの前に、酒の入ったグラスを置いた。


「ピニョの固有魔術のおかげだ。こいつ便利なんだぜ」


 ドラゴンにはそれぞれ固有のスキルがあって、ピニョは回復魔術を持っている。あの時売らなくて良かった。


 そんなピニョは、いまだ魂の抜けた顔で硬直中だ。


「っても、完全回復とはいかないけどな。普通の怪我なら治るが、封魔だけはどうしようもない」

「なら尚更、まだ動かない方がいいだろ」

「筋肉痛と一緒で、動いていた方が治るんだよ」


 バリスがアホを見る目を俺に向けてくる。


「バリスは何しに来たんだよ?まさかおねーちゃんと遊びに来たのか?お前が?マジか?」

「違うっての!すぐそこの質屋から協会に連絡があったんだ!とんでもない魔剣を質に入れた奴がいるってな」


 あの質屋コロス。


「それはそれは、すごい世の中だなあ」

「スットボケンナ!!」

「痛あああっ」


 今度はチョップと来た!!やり返すぞそのうち!!


「はああああ、お前なぁ…せっかく学院に入って、生活態度もそれなりにしっかりやってるらしいし、良い成績も取ったのに、一回で全部ブチ壊すとか天才だな……」

「俺は天才じゃなくて、努力するクズなんだ」

「威張るな」


 クッソぉぉお!褒められたと思ったのに!


「ともかくだ、レオ。オレとレリシアにくらい、本当のことを話せ」

「んだよ?本当の事しか言ってないぞ?俺はウソはつきたい時にしかつきません」


 とか言って誤魔化せる相手でもなかった。バリスの直感というか、野生の本能とでもいうなんだか超常現象みたいなやつで見破られてる。なんてったって俺の雷双破を寸前で回避するような人間だ。


「真面目な話をしている」


 バリスはそう言って、目の前の酒を飲み干した。


 はて、真面目な話とやらはどうした?


「じゃあ、質問形式にしよう」

「それなら答えるか?」

「うい!」


 大雑把すぎて一体何を聞きたいのかがわからないのであった。


「場所を変えないか?」

「いいよ、バリスの奢りなら」


 バリスは盛大に舌打ちをこぼし、協会のライセンスを取り出す。


 タイミングを図ったかのように、店のボーイがやってきて、お会計を済ませた。


 で、固まったピニョを引きずって、俺たちが向かったのは協会本部の談話室だ。


 この談話室は完全個室で、内部に魔術的な盗聴対策が施されている。だから誰かに盗み聞きされたくない時はここを使う。例えば、横流しした魔術品の換金とかにはもってこいだ。


 向かい合って座ると、バリスはまた机に両足を乗せて組んだ。


 そういえば、死んだと思ってから一週間経ったが、イリーナ達は元気かなぁ。


「お前と同行した学院生に聞いた。魔族と親しげに話していたそうだが、知り合いか?」

「イツメンだ☆」


 ピース&ウィンクしてやった。


「ふざけてねぇでちゃんと答えろ!!」


 ふざけてるわけではないんだがなぁ。


「俺くらい強くなるとな、魔族とゆっくりお話しする時間が作れるんだぜ」

「……冗談に聞こえねぇところが恐ろしいな」


 バリスが、ハハハ、と空笑いを溢した。多分怒ってるな。


「シエルとヨエルはたまに見かける。今まで任務の討伐対象になった事はないから殺してないし、殺伐とした僻地で一人で任務やってると、たまに話し相手が欲しくなるんだよ」


 バリスが何を考えているのかわからないが、眉間に深くて濃いシワがよってる。最近、よりゴリラに近付いてきたのかもしれない。


「お前は軽く言うが…魔族と親しくしているのを協会に知られたら潰されるぞ」


 それで俺はピンと来たね。


「だからクビになったんかも知れんな。知らんけど」

「まままままっ!?レ、レオ様!またあのシエルと闘ったんですか!?」


 固まっていたピニョが息を吹き返し、慌てた声で叫んだ。


「おう!あいつ相変わらず強いぜ」

「うううう、せめてピニョがお近くでお守りできたら、こんな大怪我しなくて済んだのにですうぅ」


 本気で悔しそうに地団駄を踏む。ほっぺたぷっくりさせても可愛くない。俺はロリは対象外なので。


「それはほら、ピニョのせいじゃないだろ?魔術師協会の偉い人たちが、俺の魔力を制御してクビにしたのが悪いんだ、な?そうだろ?」

「おいおい勘違いしんじゃねぇぞ。クビになったのはお前の素行不良の所為だろ。封魔は必要な措置だ」

「あれ?そうだったっけ?」


 むむ?と首を傾げて見せると、バリスが怒って舌打ちした。


「任務ログだが」


 咳払いで切り替えると、バリスはレリシアと同じような質問を始めた。


「レオの履歴は明らかにおかしい。任務内容が何もない。どういうことだ?」


 そんなこと聞かれても、俺にもよくわからない。結局レリシアにしたのと似たような回答しかできない。


「俺はそれに関してなにも知らない。レリシアにも言ったが、気にしたこともなかった」

「信じていいんだな?」

「どうぞ。俺が嘘なんかつくかよ」


 俺は嘘は言わない。ただ、口から出る言葉が全てだとは思わない方がいい。


 なんて事は、魔術師全員が知っている。


 ここは、魔族なんかより余程恐ろしい魔術師の巣窟だからだ。


「わかった。お前も動けるならちゃんと学院に来いよ。オレの眼の届く所にいろ。今は学院の学生なんだからな」

「へいへい」


 バリスはまたも盛大に舌打ちして、談話室を後にした。


 さて。


「なあピニョ。バリスは案外、頭がいいんだな」

「ですね。ピニョも驚きです」


 これで何か変わるとは思わない。


 何かに期待する事なんてとうの昔に辞めた。


 それでも生まれた小さな波紋は、わりとしつこく水面に残る。


「シエルのやつ、よくも俺の腹に穴開けてくれたな」


 怪我をした腹を撫でる。


 シャツの下の腕には、未だに黒いアザが薄っすら残る。


 禍々しいアザを持つ俺の方が、余程魔族みたいだ。

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