第19話 陰謀の影②


 バリスは協会の本部の、自身の仕事部屋にいた。


 大きな机と、来客セットのみが置かれた部屋で、特級魔術師に上がってからなにも手を加えていない。


 そもそも、軍部のトップであるバリスは、協会本部より軍本部にいるか、学院にいることが多い。


 バリスは、その厳つい外見のせいでなかなか信じてはもらえないが、子どもの面倒を見るのが好きだし、後輩を育てるのも性に合っていた。


 だから軍部の仕事も、学院の運営も彼にとっては天職だった。


 協会は様々な業種で活躍する魔術師を一手に統括する組織だが、構造が複雑すぎて正直バリスには把握し切れていない。


 特級魔術師として古参のアヌスジジイなら全てを把握しているのかもしれないが、三十前のバリスなどそんなものだ。


 『俺は嘘なんかつかない』


 さっきからずっと、レオの言葉が引っかかる。


 任務体験があったのは一週間前だ。


 その間に魔術師協会から今回の件に対する現地調査があったが、報告書はただの紙切れだった。


 元特級魔術師であるレオは、封魔によって本来の力を出せないとしてもまだいい。バルスは認めたくはないが、レオという魔術師の技術は圧倒的だ。


 レオの繰り出す五級魔術は、バリスの一級魔術を上回る。それは詠唱や円環構築に一切の綻びがなく、魔力コントールに0.1秒も遅延がないという事だ。


 ある意味ではレオがいたから、同行していたイリーナは無傷で済んだといえる。


 そんな危機的な状況であったのにもかかわらず、報告書に書かれていたのは、『学院生2名が魔族と遭遇。うち1名重症。魔族の姿見当たらず。詳細不明』これだけだった。


 納得がいかない。


 誰かがわざと、重要事項を隠しているような、そんな違和感が拭えない。


 あれから4日意識のなかったレオの面会は愚か、応酬した魔剣の確認も、目を覚ましたレオとの接触も禁止されていた。


 その事も納得がいかない。


 特級魔術師ですら近付けなかった。


 今日、偶然にも質屋から魔剣が換金されたと報告がなかったら、レオと話をするのも、もっと後になったかも知れない。


 レオに言った自分の言葉を思い返す。


 目の届くところにいろ。それは、何かがレオを狙っているからじゃないか?


 バリスは感がいい。そう言った自分の言葉には、何か理由があるはずだ。


 嘘はつかない。


 この腹の底を見せない魔術師たちが集う協会で、嘘をつかない奴なんていないだろう。


 だが、嘘を見破るのは難しい。


 レオは何を伝えようとしている?


 バリスは暫く、思考に没頭したまま動かなかった。









 一週間の休養を終え、学院に戻ると教室は微妙な空気で俺を迎えた。


「おはよう!レオくん、とっても酷い怪我をしたんだって?先生やクラスのみんなも心配したんだけど割と元気そうでよかったよ!!ほら、大変だったねぇ。魔族と遭遇してしまったんだよね?よかったね、君のグループはレリシアさんがついていて!!」


 相変わらず話の長い先生だ……病み上がりに吐き気がする。


「はいはいレリシアね、レリシア。あのババアなんも助けてくれなかったけどね」


 やれやれと、窓際の後ろ寄りの自分の席に向かう。しかしそういやグループごとに席替えしたの忘れていたなあとか思っていると、ガダガタガタッと机や椅子を蹴る音がした。


 そしてもたらされる、熱い抱擁。


「は?」


 俺の前方には、リア、イリーナ、ユイトがヒシっと抱きついているではありませんか。


「いやいやいやいや、お前はいらねぇ」


 ユイトの頭にチョップを入れる。


「なんで!?こんなに心配したのに!!」

「おまっ、俺の女か?違うよな?俺は胸があってタマがない方がいいの!!」

「あっ、それは改造済みならオッケーって事だよな?レオってそっちも有りなんだ」

「おいうるさいマジでヤメロ」


 優等生ユイトはどこですか?


「レオ…良かった、元気そうで」

「お、おう…心配してくれてありがと、リア。良かったら俺の退院祝いに俺の部屋で酒でも飲まねぇ?もちろんふたりっきりでっギャアアア」


 イリーナに腹パンされたっ!!そこは今急所なのにっ!!


「ま、まあまあほら、授業始めるからね。座ってね」


 見かねた先生が言った。それで、俺たちは自分の席に座る。


 授業は退屈な詠唱の基礎で、まずボキャブラリーを増やすことから教えるらしい。


 漬物でもつけるんかーい!と言いたくなるような、分厚い本をみんな一冊持っていて、それは詠唱の為の辞書みたいなものだ。


 それを、俺は枕にして寝ようとしていると、後ろから紙屑が飛んできた。


 広げて見れば、中に一言。


『退院おめでと。あと、あの時は助けてくれてありがと』


 などと書かれている。こっそり振り向くと、斜め後ろのイリーナが、少し照れ臭そうにそっぽを向いた。


 んで、俺も紙に字を書いて、今度はユイトに回す。


『イリーナはどうした?ツンデレのデレスイッチを押したのか?』


 それを見たユイトが、また何事か書き込んで回して来た。


『おれはツンデレはツン9割デレ1割が至高』


 ゲッ、と思ってユイトを見れば、めちゃくちゃ良い笑顔で親指を立てている。


『ユイトはドM』


 と書いて、今度はイリーナに返す。


 イリーナは内容を把握すると、プルプル震え出した。


『授業中に笑わさないで!!』


 返ってきた紙には、そんな事が書いてある。本人だけじゃなくて字体まで震えてる。


「ゴホン。君たち遊んでないで授業に集中してくれるかな?」


 先生が黒板に書き終えた円環の前で苦笑いをして言った。


「レオくんは休んだ分みんなより遅れているんだから、ちゃんと聞いておかないと次は一番になれないよ?」

「心配ない。俺は永遠に一番だ」

「じゃあ、この円環の詠唱はわかる?」


 先生が黒板の円環を指差す。


「簡単だ。五級魔術、火炎の円環だ」


 火の魔術の初歩だ。火をつけるだけで威力はない五級魔術。


「すごいね、君。詠唱から魔術を予測する魔術師は多いけど、円環解読できる魔術師は少ないんだけど」


 先生が言っているのは、詠唱と円環の構築は殆ど同時であり、殆どの魔術師は相手の詠唱を聞いて対応する。


 ただ、戦場で必ずしも相手の詠唱が聞こえるわけではないから、円環だけでも確認できれば、相手の出そうとしてる魔術系統が予測できる。


 赤い円環なら火が来る。じゃあ水系の防御魔術で対応しよう。というふうに。


 でもそれだと、火炎で火がつくだけなのか、炎弾みたいに攻撃力の高いものが来るのかわからない。


 全て水壁で防ぐのなら問題はないが、相手の魔力量次第ではそれも無理だ。


 そのために生み出された技術が円環解読だ。


 聴覚情報だけではなく、視覚的にとらえて解読し、より効率的な対応魔術を構築しようというわけだ。


 まあ、これには欠点がある。戦闘中に遠距離の敵の円環なんか見えねぇ。だから、殆ど無駄な技術なのだ。それに、魔術のレベルが上がると円環も複雑化する。より見えねぇというわけだ。


「基礎だが使えない技術だ」

「あはは、確かにそう言われているね」


 先生はまたも苦笑いした。


「でも、魔術をより深く理解するには、こういう視点も必要なんだよっていう授業なんだ。だから、君たちもちゃんと聞いていてね」


 確かに、視点を増やすのは大切だ。俺はちょっとだけ納得して、静かに授業を聞くことにした。


 午前の授業が終わり、昼食休憩が始まると、イリーナ、リア、ユイトの三人が俺を非常階段まで連行した。


 なんだなんだと思っていると、ユイトが真面目な顔で切り出す。


「ぶっちゃけた話、あの時何があったんだ?」


 あの時というのは、任務体験の事だと理解した。


「お前らどこまで聞いた?」

「それが、協会の人に聞いても何も答えてくれなかったんだ。おれたちはその魔族の姿もみていないしで完全に蚊帳の外だった。イリーナは少し事情を聞かれたみたいだったけど、その後レオのお見舞いにも行けなかったから、なんかただ事じゃない事が起こったんだって漠然としかわからなくて」


 俺が元特級魔術師ということを秘匿しておきたい協会側が何も話さないのはわかる。


 そういえば、


「ユイトとリアはレリシアといたんだよな」

「うん。私たちは、すごい音が聞こえたから急いで向かったんだけど」

「けど?」

「途中で魔獣に遭遇して、討伐してから向かったの」

「どんな魔獣だ?」

「えっと、狼みたいなヤツ…三頭でうまく連携してきたから、レリシアさんでもなかなか倒せなくて」


 なるほど。


 これは、面白くなってきたぜ。


「レリシアはバリバリの中遠距離魔術師だからな。超近接攻撃には弱いんだ」

「そうなんだ。だからあの時、あんなに焦ってたのね」


 レリシアが焦っているところなど想像もつかないが、そのお陰で俺はシエルと話す時間ができたわけか。


「わかった。だいぶ謎が解けてきたぜ。ところで、イリーナは俺の事、どこまで話したんだ?」


 ニヤニヤしながら問いかけると、イリーナは顔を赤くした。


「い、言ってないわよ、誰にも、何も」

「さすが将来有能な協会の犬だな」

「どういうことよ?」


 俺はここで、ひとつ保険をかけておくことにした。


 巻き込んでしまう事になるが、俺はクズだからな。


「口が固いのは良いことだって褒めてんだよ。でも、守秘義務ってのは、協会の都合で変わるんだぜ。例えば、俺が元特級魔術師で『金獅子の魔術師』だってことも、クビになった俺には誰に話そうが関係のない事だ」


 絶句。唖然。お口アングリ状態。


 表現する言葉は沢山あるが、まさにそんな感じだ。


「ま…マジ?」


 ユイトは信じらんねぇと顔で訴えているし、リアはなんか、感極まったみたいな顔だ。


「大真面目だ。お前らおかしいとは思わなかったのか?入学数日で一級魔術バンバン使えるとか、特級魔術師のバリスがやたら親しげにするとか」

「た、確かに…」


 それから俺は、制服の袖をめくって肌を晒す。未だ残る痣が、不気味な模様を描いている。


「この痣は、封魔っていう封印術だ。協会をクビになった時にかけられたんだが、これのせいで本来の力は出せない。もし無理に魔力を練ると死ぬ。そういうわけで、これは俺たちの秘密な?」


 イリーナが不服そうな顔をするが、今は無視だ。


「さて、俺はやる事がある。先生には吐血して死にそうだから宿舎に戻ったって言っといて」


 歩き出す俺に、イリーナが言った。


「か…帰ってきたら、この間言いかけたこと、教えてよね」


 ああ、すっかり忘れていた。


「おう!聞いたらお前、ビックリするぜ!」


 ニヤっと笑えば、イリーナも笑顔を見せてくれる。普通に笑ってると、こいつも案外可愛いかもしれない。


 リアには劣るけどな。


 さて、まずはシエルが置いていった魔剣の回収からだな。

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