第105話 パーシーの森6


 俺たちは場所を移動し、かつて仲間たちと一日の大半を過ごした大きな部屋で、そのへんに転がったままの椅子に座った。


「まず、ダミアンの話を聞いてもいいか?」


 ジェレシスは黙って頷いた。


「僕は学院を卒業した後すぐに、この研究所勤務になりました。もともと研究していた内容が、魔力持ちの魔力順応へのプロセスと潜在的抵抗の軽減だったんです」


 要は、魔力持ちがどうやってその力を発現するかと、人間には元々魔力に対する抵抗があり、その抵抗力を無くせば、本来持っている魔力をそのまま使用できるんじゃないかって事だ。


 人間が魔術を、詠唱に魔力を流す事でしか使用できないのは、その抵抗が原因であるという説があるため、この課題は長く研究の対象とされている。


「それで、この研究所の方に声をかけていただいたのが始まりでした。ここではもともと魔力に抵抗の無い子どもが沢山いましたから」


 それで、俺はまた思い出した。ダミアンはあの実験室にいた。ずっと誰も話しかけてこないものだと思っていたのに、ダミアンはあの部屋で俺に話をした。


「僕は自分の研究の為に、まだあどけない子どもに酷いことを沢山した。直接ではなくとも、僕の研究は君たちに辛い思いをさせていた。レオンハルトさんに渡していたあの薬は、その頃の研究で得たものです。〈封魔〉は魔力に抵抗する力ですから、抑える事も出来ると考えた結果できたのが、あの薬です」

「レオがヴィレムスで使用した時に、俺は誰かがあの頃の研究を続けてるんだと思った」


 ジェレシスが胡散臭い目をダミアンに向ける。ダミアンはひとつため息を吐き出し、また話を続ける。


「ある時僕は、この研究所の真の目的を知りました。もともと魔力抵抗のない魔族の子どもと、魔力持ちの人間の子どもが共同生活を送っているのは、環境を変えることで魔力発現に変化が現れるか見る為だと聞いていたんですが、実際は違った」


 それこそ、ジェレシスが言っていた、魔族と魔術師を戦わせるためだと偶然知ったダミアンは、それを阻止しようと考えた。


 そんな都合で命を産み出してもいい訳がないし、さらにはその命を弄ぶこの研究所が許せなくなったそうだ。


「阻止って、んなの無理だろ。その頃はまだ下っ端だったんだろ?」

「はい。僕もすぐに無理だと思いました。だから、やり方を変えた」


 『レオンハルトくんは、外の世界を見たいと思わない?』


 ダミアンが俺に言った言葉は、確かそんな感じだったか。


「僕は君たちに語りかけることにしました。特に、どの子どもよりも大きな力を持っていた、レオンハルトさんと、ジェレシスさんに」


 後は俺がまんまと唆され、実行に移した。同じように話をした他の子どもたちも、ダミアンの言葉を信じてここを出たいと思うようになっていたようだ。


 その話を聞いても、俺はやっぱり、悪いのは自分だと思った。


 俺の取った行動のひとつひとつが、どれも罪深いものだった。


「決まりだな」

「え?」


 このニセモノの力で、俺がしなければならないことは決まってる。


「ジェレシスの言う通りにするよ」

「まっ、待ってください!君の仲間が死んだのは君の所為じゃない!僕があんなこと言わなければ、そもそも外に出るなんてことにならなかったはずです!!」


 ダミアンは必死だった。それはよくわかるんだが。


「ダミアンの所為じゃない。俺が選んだ。あの時も、今もな」


 自分でした選択の責任は自分で取らなければならない。


 なんてカッコよく言えばいいのだが、実際には、もうどうにでもなれよという気分の方が強かった。


 ジェレシスは俺に逃げるなと言った。


 なら、俺は言われた通り逃げない。もう、誰も見捨てたりはしない。


 俺の決意は固く、ダミアンはしばらく黙っていた。


「そういうわけだからさ、あんたにも協力してもらいたいんだ。この悲劇を産んだ人間のひとりとして」


 ジェレシスだけは、この結果に満足しているようで、いつもの自信に溢れた傲慢な態度で言った。


「……わかりました。僕にも責任はありますから」


 んなことに責任を感じなくてもいいのに。


「俺たちに手を貸したら、お前もフェリルには戻れねぇぜ?」

「ええ、そうでしょうね。それでも、僕は残ります。君は僕の持っている薬と、情報が欲しいんですよね?」


 そう言うと、ダミアンは着ていた白衣のポケットから、いつもの小瓶を三本取り出した。徐に立ち上がると、それを手渡してくる。


 覚悟を決めたダミアンは、俺なんかより余程潔かった。というか、前々から準備でもしていたような気さえする。


「今の手持ちはそれだけです。あとは、僕が用意した隠れ家でいくらでも製造が可能です。それと、僕の持っている情報は大したことありませんよ」

「それでもいい。俺が知っていることの裏が取れるなら」


 そうして、ジェレシスとダミアンが話すのを、俺は上の空で聞いていた。


 国と魔族間の賭けは、研究所の閉鎖と共に一時凍結となったが、俺が強くなりすぎたことで、両者は協力して俺を排除しようとしていること。


 しかし、研究所の関係者だった魔術師の一部が、未だに、“魔族と魔術師どちらが強いか問題”に関心を持っていて、ジェレシスを治したのはその組織だということ。


 その組織は、ジェレシスと俺を戦わせたいと画策していること。


 ダミアンはその組織の存在を知っていて、俺が負けないように手を貸していたつもりであるということを話していた。


 その話を聞きながら、俺は自分の心が、精神が、深く暗い水底へ沈んでいくような気分を味わっていた。


 研究、実験、組織、国、人間、魔族。


 それらの言葉が鼓膜を刺激するたびに、俺は作り物なんだなぁ、と思った。


 まるで、出来損ないのパペット人形のようだ。


 空っぽの俺の身体に、誰かが無理矢理手をねじ込んで、好き勝手に動かそうとする。でも俺は中身が無いから、されるがままになるしかない。


 手を入れる穴は小さくて、歪な形をしているから、上手く手を入れることができない人形は、不良品だと言って捨てられる。


 それを拾ってくれるのなら。捨てないでいてくれるのなら。


 俺は人形らしく、手を入れた奴の言うことを聞く。


 今回はその手が、ジェレシスのものだったというだけの話だ。


「レオ」


 静かな声音で名を呼ばれ、それで、すぐ目の前にシエルが立っていることに気付いた。


「僕は君を作り物だなんて思わない。六年前のあの日、君に声をかけたのは偶然だったけど、その時に聞いた詠唱は忘れられない」


 ああ、そんな事もあったな。


 死んだ街の住人へ、俺はいつもの葬式で詠うやつを口ずさんだ。


「あんな事ができるのだから、君は作り物ではないと僕は思う」


 シエルの灰色の目は優しい。でも、この優しさに気付いたのも、俺が作られた人間で、魔族の因子を持っていたからなのかもしれない。


 でないと、そもそも人間が魔族と対話し、個人的に手を組もうなんて思うだろうか?


「いや、シエル。慰めはいらない。もう、いいんだ」


 ふと思い出して、俺はそれをシエルに渡す。


「なあ、俺はこれから、人間も魔族も沢山殺さなきゃなんねぇんだ。だからさ、いつもみたいに治してよ。まあ、無いなら無いで不便はないけど。どうせ作り物なんだから、見た目くらいは良くてもいいだろ」


 液体に浮かぶ蒼い瞳に、自分自身が映り込んで、それはとても居心地が悪かった。


「レオ……」


 シエルは何か言いたげだったけど、その何かを口にする前に、いつもの魔族らしい冷徹な表情を浮かべた。


「わかった。それが君の望みなら、僕は最後まで君の怪我を治す」

「ん」


 俺の寿命が尽きる前に、責任を果たすことはできるだろうか?

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