第133話 反政府組織4
☆
翌日放課後は慌ただしかった。
夕方までキッチリ詰まった授業を終え、クラスメイト達が疲れた顔で教室を出るのと同じくして、俺はその場で〈転移〉を発動させ、アンドレイとの待ち合わせ場所まで向かった。
教室から消える前、イリーナとリアが何か言いたそうだったが、気付かないフリをした。ユイトには仕事だと言ってある。それだけで、良く弁えた弟子は何も言わない。
待ち合わせの場所は学院正門前。
金の粒子を散らすような魔力の残滓を纏って現れた俺に、アンドレイは驚きとある種の羨望の眼差しで迎えてくれた。
「さすがは『金獅子の魔術師』だ」
良い天気ですね、と言うくらい軽い口調のアンドレイは、今日も今日とて高級店で仕立てたであろうダークグレイのスーツを着こなしている。
「このくらいは誰でもできる」
「私はできないからなぁ」
「そりゃご愁傷様で」
などと軽くあしらっても、アンドレイの相好はニコニコのままだ。俺も見習わないといけない。
「では早速、件の現場へ向かおう」
「ああ」
並んで歩き出す。今日もクソほど寒い。こんな日は、早く帰宅して寝たい。何もしたくない。
そう思ってはいるのだが、それが本心なのか習慣なのか判断がつかない。
「事件の現場はこの先のアパートメントが密集している地域だ」
「官僚もアパート住まいなのか」
「もちろん。皆が思っているより、我々は薄給だよ」
あっそう、と頷きつつ足を進めていると、その感覚は突然やってきた。
ゾワリと背筋を這い上がる悪寒。それはこの寒空のせいなんかでは絶対に無い感覚だ。
「魔力の残滓がある」
「本当か?」
歩みを遅くして、おっかなびっくりといったアンドレイを抜かし、より魔力の気配が残る場所へと移動する。
イヤな感覚だ。まるでどんどん深くなる沼地を歩いているような気分。魔術はそれを使う者のイメージを反映する。きっとこの魔術を発動させたヤツは、沼地に人を引き摺り込むことを考えていたんだろう。
しばらく歩くと、細い路地を見つけた。気配はその先から漂ってくる。
「目撃証言では、一昨日の深夜、二人の魔術師がこの先で男性の悲鳴を聞いたらしい。駆けつけてみると濃い闇が広がっていて、そこに男が飲み込まれていった、とのことだ」
手のひらサイズのメモ帳を取り出して読み上げるアンドレイ。一々説明しなくとも、一度聞いた話は憶えているのに。
「まるで探偵ごっこだ」
挙句にそんなことをつぶやいている。
「遊んでんじゃねぇよ」
「子どもの頃、君もやらなかったかい?」
「生憎だが、ガキの頃いた施設ではそんな遊びは流行らなかったんでな」
話しつつ周囲の魔力残滓を脳内で解析している俺に、アンドレイはふぅ、とひとつ小さくため息を吐いた。
「すまない。君の事情は知っているはずなのに、つい楽しくて余計な事を言ってしまった。私の悪い癖だ」
「悪い癖は口だけじゃないだろ。なんで態々ついてくるんだ?」
アンドレイに手を貸すと明言したわけではない。ただ、ザルサスが良かれと思っていることは理解している。それはそのまま協会の総意であることも。
しかし、だ。
お偉いさんであっても、一般人であることに変わりないアンドレイが、魔術師絡みの事件に同行してくるとは思わなかった。
「ダメだった?」
「ダメとは言ってない。ただ、もし急襲された場合、自分だけを守るのとアンタも一緒に守るのでは魔術の効果範囲が広がる。よって魔力の使用量も増える。結果的に俺が疲れる」
一般人でもわかりやすく、順序立てて説明してやった。
「しかし何事も経験してみたいだろう?」
「は?」
「歴代最強の魔術師の仕事ぶりを、この目で、この距離で体感できるなんてワクワクしないかい?」
「しねぇよ」
まるでシエルみたいな事を言う。アイツもお上品にしおらしくしているくせに、実際は好奇心の塊のようなヤツだ。じゃなきゃ俺と契約しようだなんて言わない。
「ワクワクするのは人生の糧だよ。君はまだ子どもだから、毎日がワクワクなのだろうけど、私くらいの歳になるとそうもいかない」
残念だよ、とアンドレイは呟いた。
俺も残念だよ、と思う。そのワクワクを、俺はもう感じることは無いんだから。
「あんたの言ってることはわかる。でも、魔術師にとって感情は枷だ。邪魔にしかならない」
「どうしてだい?」
「あんただってあるだろ、しなきゃなんないことがあるのに、今日の晩飯は何かな?とか考えること。俺たち魔術師は、頭ん中で莫大な情報を処理してる。そこに今日の飯なんて考えてる余裕は無いんだ」
任務地へ〈転移〉するときにペットの事が心配すぎて、家に〈転移〉してしまった魔術師、なんてのもいるくらいだ。人間の脳みそはどうしたって融通が効かない。
だったら感情なんて無くてもいいはずだ。
死ぬ事を恐れた魔術師の俺は、そう判断した。
「しばらく付き纏われるのはわかっているから先に言っておく」
ロイネの固有魔術は、実にいい仕事をした。その命が尽きる前にしては強力なエンチャント効果を持ってして、俺の死を回避してくれた。
代償となったものの大きさを考えれば、賛否両論なのかもしれない。実際ピニョは、あれから俺を避けている。
でも俺に選択の余地はなかった。それでいいとも思ったし、今でも後悔はない。
「俺はあんたのいうワクワクを感じないんだ。だからこの仕事も何も楽しめることは無いよ」
“本来の寿命まで生きること”に対する対価が、“感情”だなんてバカげている。
以前の俺ならそう言って笑っただろう。
だけど今の俺は、以前の自分の行動や言動をトレースする事しかできない。
まるで魔術を発動させる時のように、頭で考えて身体を動かす。そうやって、毎日周りを騙している。シエルに言わせれば不自然らしいけど、これで精一杯だ。
「最強の魔術師は、そうやって色々なものを捨てた先にあるんだね」
悲しさの混じる笑みを浮かべたアンドレイが、いやに静かな声で呟いた。
「故に歴代最強……なんだとしたら、この国にこの先俺以上の魔術師は生まれない。というか、俺みたいなのを生み出してはいけない。魔術師にとっても、あんたら普通の人にとってもな。俺が素直にあんたに協力しないのは、そう言う理由からだ」
アンドレイの目指すナターリア国は、魔力持ちにとって理想的なのかもしれない。
でもいつだって利用されてきたのは魔力持ちの方だ。
その魔力持ちは、こうして時たま理解不能に思える選択をする。その結果、国が滅びる可能性もあるわけだ。
王政が崩壊した時もそうだった。あるひとりの魔術師が、政権を握る王族を殺し、魔力持ちを国政から引き剥がしたことがキッカケだった。
パーシーの森やクラハトの街を作った魔術師のことを考えると、魔術師という存在がいかに恐ろしく規格外で、国家に縛り付けておくには危険かわかるはずだ。
だからこそ、魔術師は国の運営に関わってはいけない。あくまで個であるべきだと、俺はそう思っている。
「いいや、私の考えは違う。もし仮に、全ての事柄を国全体で考える事ができたなら、君のような不幸な存在は生まれないと、私は信じている。だから君に協力して欲しいのだよ。この事件は、いわば不幸中の幸いだ……君に近付くことができたのだから」
以前の俺なら、アンドレイの冷徹な物言いに、逆に声を上げて笑っただろう。この俺が不幸だと?笑わせるな、と。
だが今の俺はただ、言葉の意味を理解して、判断を下すのみだ。
やっぱりコイツに利用されるわけにはいかない。
「俺のやることはひとつだ。魔術師としてこの『動く闇』の事件を解決する。それ以外にあんたと組む気はない。協会がどうしようが俺には関係ない」
実際には関係ないこともないのだが、ヤバければ抜ければいい。協会も学院も、この国からも。選択がこんなに楽なことはない。今の俺は、なんの迷いもなく全てを捨てることができる。
今まで様々なことに迷っていた自分が信じられない。
俺のやることなんて、最初からただひとつ。
ジェレシスを止めることなのだから。
「意見交換はここまでにしよう。君はなかなかに頑固そうだ」
ニヤリと笑うアンドレイはなかなかにしつこそうだ。
「魔術師は古来より頑固ジジイだと相場が決まってんの。ほら、ザルサスなんかその典型例だよ」
ニッと不敵な笑みを浮かべてやった。
いつもの『俺』をなぞるように、過去の記憶を思い返す。
『金獅子の魔術師』はクズで最低なクソ野郎だ。
俺はそういう人間で、そのためにどうすれば良いか、よく理解している。
「んじゃあちゃっちゃと終わらせて、酒でも飲みに行こうぜ!もちろんあんたのおごりな!!」
もともとの自分はこうだったのだと、自分に言い聞かせるように。
低俗で下劣な笑みを作る。言葉を選ぶ。
そんな俺を、アンドレイは冷めた目で見ていた。
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