第132話 反政府組織3
☆
バリスの荒々しい〈転移〉の先は、ザルサスの魔術師協会本部執務室……ではなかった。
真っ赤な毛羽だった(趣味の悪い)絨毯。上品で頑丈な(座り心地だけは良い)ソファがいくつか。中央にはガラスを嵌め込んだ一枚板のローテーブル。壁際には沢山の装飾品が(無秩序に)並んでいる。
言うまでもなく、ザルサスの屋敷の客間だ。
その客間の入り口にストンと降ろされた(バリスに担がれたままだった)俺は、そこに集まった人間の視線を受けて顔を顰めた。
「初めまして、レオンハルト君。お会い出来て光栄だよ」
正面のソファに浅く腰をかけていた男が、満面の笑みを浮かべて言った。
俺のより燻んだ短い金髪を、後頭部へと流して固め、焦げ茶色の知的な目を爛々と輝かせる、お高いスーツを着込んだオッサン。
はじめまして、なのだからこっちは知らないがあっちは俺を知っている。まあ、俺、有名人だから無理もないけど。
「誰だ?」
「バカもの!!」
「イテッ!?」
ザルサスが怒鳴りつけるのと、背後のバリスの拳が頭頂部に振り下ろされたのは同時だった。
コイツら神経系でも接続しているのだろうか?
「とんだ無礼をお許しください。コヤツ、見てくれも中身もまだまだガキなもんで」
と、ザルサスがヘコヘコと謝る。それに、オッサンは爽やかな笑顔で応えた。
「いや、構いません。私こそ先に名乗るべきでした」
なんだコレ、とますますオッサンの正体が気になる。
「改めまして、私はこの度の選挙に立候補しています、アンドレイ・デイリーと申します」
ソファから立ち上がって、丁寧にお辞儀をし、片手まで差し出してきた。俺はその手を一瞥し、一体何事かと思考を巡らせる。
ナターリアにおいて、政治と魔術は関係を持つべからずとされている。
にも関わらず、この選挙期間の忙しい時期に、わざわざこの俺を呼び出したのはなぜだ、と。まさか俺に、選挙で勝つための後ろ盾になれとでも言うのだろうか?
ならとんでもない効果を得られるだろうな、とも思う。
今の俺は、同業者や政治家からは疎まれているが、国民からの人気は絶大だ。
歴代最強の魔術師という肩書きに、さらに、悲劇のヒーローが加わっているのだから。
差し出したはいいが、握られることのない手を下ろし、アンドレイは勝手に話を続ける。
「この度、貴殿にお会いしたかったのには理由があります。決して選挙利用、などではないのです」
爽やかな笑みに、自分の頭の中が見透かされているようでドキリとした。だから政治家は嫌いなのだ。
「ならなんのようだ?俺はこれでも忙しい」
最近忙しいのは本当で、今日は久しぶりにオフだから、夜はもちろんキレイなオネェちゃんを漁りに行こうと思っていたのだが。
ロイネの件の報酬が思いの外良かった。見栄っ張りの魔術師がこぞって邸宅を構える北区に新居を構えられるくらいの額だった。さすが特級任務。
「あれ、お前今日任務無いんじゃなかったか?」
と、余計なことを言い出したのはバリスだ。なぜ俺の予定を把握しているのか、甚だ疑問だ。キモい。ストーカーか?
「それはよかった!ぜひ、私の話を聞いてはくれないだろうか?」
「ちょ、待てよ!!俺は今日は、」
言いかけた言葉は、ザルサスの咳払いによって遮られる。
「ゴホン!!アンドレイ議員、コヤツの事情を聞いていたのでは埒が空きませんゆえ…話されよ」
「では……」
愁傷な面持ちでアンドレイは語り出す。
俺の都合など、誰も気にも止めない。
ここに俺の人権はないらしい。悲しいぜ。
「最近、中央で奇妙な事件が相次いでいるのはご存知だろうか?」
奇想天外なことなら、俺の周りでは何も珍しいことじゃない。例えばこの大魔術師の邸宅では、魔術師と魔族とドラゴンが一つ屋根の下で寝泊まりしている。
フェリルの住人が知ったらびっくり仰天すること間違いない。
「その事件って?」
内心の無関心さを押し隠しつつ、律儀に聞いてあげる俺優しいなおい。
「国政を担う重要な議員が何人か行方不明になっている」
「へぇ。不倫がバレてトんだか?」
後ろのバリスが舌打ちをこぼした。無視しよう。
「いや、消えた皆はいずれも優秀な議員だった。やましい噂も聞いたことがない者ばかりだ。しかし…」
爽やかな笑みが翳る。本気で心痛でも患ったみたいな顔だ。政治家は演技も上手いらしい。
「その消えた議員たちは、私と対立するニコラス氏の部下なのだ」
一瞬誰だ?と思ったが、昼間イリーナ達が話していた内容を思い出した。国家元首を狙う立候補者は二名。目の前のオッサンと、ニコラス・テイラーだ。
「なるほど。敵対している議員にヤバい方法で勝とうとしているのがバレそうだから、俺に揉み消せと言っているのか」
爽やかな顔でエゲツないヤツだな。
まあ、俺にかかれば、関係者全員の息の根を止める、もしくは記憶を消す、もしくは人格を消す、なんてのはお手のものだ。
「お前はアホか」
背後のバリスが、ゴリラ並みの肺活量を駆使してため息を吐き出した。
「ハハハ、君と言う魔術師は、実に魔術師らしい考えの持ち主だね」
アンドレイは若々しい笑みを浮かべていた。俺の嫌味に、特に気分を害した様子もない。なかなかに食えないヤツだ。
「褒めてるんだよな?」
「もちろん」
「……んで、俺に何をさせたいんだよ?」
確かアンドレイは、魔術師の政治参加を訴える議員だった。今の世論的に言えば、この国での魔術師の立場は悪くない。悪くないからこそ、なぜ国政に参加できないのか、させないのかと国民は思っている。
『金獅子の魔術師』の絶大な人気が原因だ。
アンドレイの考えていることは、なんとなく予想できた。
「私と手を組んでくれないか?」
アンドレイは、今度は手を差し出しはしなかった。ただ、最初の印象とは比べ物にならない程、その瞳には鋭く力強い光があった。
「共にこの事件の犯人を捕まえよう。そして、魔術師の権利をより確固たるものにしようではないか」
この場にはバリスやザルサスもいる。
なるほど、ナターリアは、また新しく生まれ変わろうとしているようだ。
☆
「それで君は、その話にのるの?」
夕食時をとうに過ぎた安酒場の隅っこで、顔を突き合わせた俺とシエルは、これまた安いワインをひたすら煽っていた。
酒の肴にしては辛気臭い話だけれど、先ほどまでザルサスの屋敷の客間でした会話の内容を、シエルに洗いざらい話さずにはいられなかった。
「のるのらないの話じゃない。俺に拒否権はない」
「わざわざザルサスが君を呼び出したってことは、協会もアンドレイの政策に同意するってことだよね」
「そうなる」
正直、これは良くない傾向だと思っている。シエルも同じだ。顔を見ていればわかる。
「人間は歴史を繰り返す生き物だね」
「全くだ」
ナターリア国の成り立ちを考えれば、こんなことにはならないはずだが、人間は身をもって経験していないことを軽視しがちだ。
王政成立の頃、時の権力者たちは、こぞって優秀な魔力持ちを買った。魔力持ちは僅かな金と引き換えに家族から切り離され、死ぬまでその力を使わされた。
そんな時代があった事実なんて、今や学院一年生の教科書二、三ページに収められてしまっている。
魔術師は国政に参加しない。その力は、真に困っている人のために使う。そう決めてできたのが協会であるはずなのに。
「もし君がアンドレイの後ろ盾として名を出せば、国民のほとんどが彼を選ぶよね」
「まあ、そうだな」
「実質ナターリアは君の言いなりだ」
「……俺が政策を考えるなら、まずこの街に大規模な色街を造る」
「くだらない」
ですよね。
と、まあ、冗談はさておいて。
「ただその、消えた議員たちの話は簡単に流すわけにはいかない」
「『動く闇』、ねぇ」
アンドレイと協会の得た情報によると、議員が消えている地区は官庁街である中央区。協会や軍部、学院がある地区だ。
目撃情報には、路地の暗がりに蠢く闇があって、それが人を吸い込んだやら飲み込んだやら。あと、魔術までも吸収されてしまうらしい。
そうしてツルンと飲み込んで消えてしまうのだとか。
「選挙だなんだとか関係なく、コレは間違いなく魔術師が対応する案件だ」
「純粋に興味津々なんだろう?」
「その通り!!」
グイッとグラス半分のホットワインを飲み込み、高いアルコールに喉がヒリヒリした。窓から見える外は、ヒラヒラと白い雪がチラついていて、暖かい店内にいても背筋が寒くなるような気がした。
「ところで、レオ」
ホットワインのおかわりを、片手を上げて頼んでいると、神妙な面持ちでシエルは言った。
「体調に変わりはない?」
「お前は俺のお母さんかよ」
給仕の女に愛想良くチップを渡し、並々注がれたワインと、添えられた小さなメモを見やった。女が置いていったメモには、多分住んでる家の住所が書かれてある。
金獅子が顔を明かしてから、こういったあからさまなお誘いが増えた。俺の顔が良いのは元からだが、そこに肩書きが追加されたことが原因だ。
俺はそのメモに、パチリと指を鳴らして火をつけた。メラメラと小さな炎が広がって、やがて跡形もなく消えてしまう。
「見ての通り元気いっぱいだ。ロイネの固有魔術は優秀だな」
「代償は大き過ぎだけどね」
「そうでもない。このくらいなら、上手く誤魔化せる」
シエルの顔に一瞬影がさした。それも、瞬きの間に消えて、いつも通りのニコニコしたイケすかない表情に戻る。
「君が決めたことだから、僕は何も言わない。ただ、ピニョはとても落ち込んでいる。もう、以前の君には会えないのだと」
「なんだそりゃ?俺は俺のままだが」
「そう思っているのは君だけだ。いずれ周りは気付くよ。現に今、君は以前とは違う事をした」
シエルの視線が、テーブルの上に残った燃えカスを見ている。
なるほど確かに。前の自分なら、メモを貰った瞬間喜んでポケットに突っ込んでいただろう。そういえば、このメモを渡してくれた給仕の女の顔や容姿も覚えていない。ちゃんと見てもいなかった。
「ほら、思い出して。以前の君なら四六時中視界に入った女性のスリーサイズを暗記していただろう?」
「確かに、っておい!?俺はそこまで見境なくない!!」
「どうだか」
フン、と嫌味な笑みを浮かべるシエルに、俺も不自然にならないように笑みを浮かべて見せた。
「自分では上手くやっているつもりだろうけど、かなりムリがあるように見える。気を付けなよ」
「わかってるよ」
そう応えて、この話は終わりだとばかりに視線を逸らす。
こういった動きは、どうやら身に染み付いているらしい。この調子で、いつまで隠していられるのかはわからない。
今の俺のことが知れたら、リアやイリーナたちはどう思うだろうか。
それを推し量ることも、今はとても難しい。
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