第131話 反政府組織2
☆
「選挙ぉ?」
学院の食堂に、間抜けな俺の声が響いた。
「そ。今、ナターリアは国家元首不在でしょ。だからもうすぐ選挙があるの、って、新聞とかニュースでもやってるでしょ」
と、偉そうにもこの俺に言ったのは、向かいの席に座って、上品にシチューをスプーンで掬って口に運ぶイリーナだ。
ハフハフ言いながら、具が溶けて消えてしまったシチューを食べている。猫舌らしい。
「そういや、まだ決まってないのか」
「そういやって、アンタ一応この国主要人物でしょ?」
「んな大層なもんじゃねぇよ。大体、魔術師協会と国政は直接関与しない、ハズだ」
ナターリアでは王政の頃、魔術師は国政のための道具であった時代がある。
金と権力と武力の、武力の部分に魔術師が組み込まれていて、権力争いに利用されてきたという闇の歴史があるのだが、王政崩壊とともに見直され、現在魔術師はその権利を認められている。
君主制民主主義体制が整うと同時に、魔術師は国政から切り離され、政治に関与しない別組織として認められ、国政に関わるものは、全員が一般人であることが決まったのだ。
長く迫害の対象であった魔力持ちが、貴族の庇護と引き換えに道具として扱われていた時代が廃れて久しい。
よって、魔術師協会に所属するライセンスを発行された魔術師たちに、選挙権はない。誰がどうこの国を治めようと、俺たち魔術師には関係ないし、例えば選挙方法に魔力的に介入するなんて不正も起きてしまうから、選挙に参加できないのも納得している。
しかし今回、俺の出自をめぐる問題が明るみに出たことで、それも見直すべきじゃないかという意見が出ている。
国は魔術師に関与しないとしているにもかかわらず、国主導で魔術師の研究をしていたことや、そもそも協会の運営に、国家元首が口出しできる状態であることが問題視されはじめたからだ。
まあでも、実際協会が国の補助金を受けているのも確かで、その予算を決めるのも最終的には国家元首で。
軍部では一般人と魔術師が混在しているしで。
結局は国家と協会を切り離すのは難しい。
「今回の立候補者は二人。ひとりはガッツリ政治家家系のおじさんで、もうひとりは若い男の人なんだけどね」
イリーナがまたスプーンをフーフーしながら言う。
「その若い方の人、魔術師の権利を見直すぞ!って感じで、ちょっと暑苦しいの」
「あはは、確かに。おれも昨日、協会前で演説してるの見た。魔術師に選挙権を!とかって、大声で叫んでた」
ユイトが食べ終えた皿にスプーンを投げ入れながら言った。
「アンドレイ・デイリー議員ね」
リアも知っているようで、可愛らしく頬を緩ませている。
「魔術師の権利ってもなぁ……」
もし、魔術師が国の運営に口を出せたなら。
簡単に独裁的な国家が誕生するだろう。
例えば今の俺なら、今すぐ国を乗っ取ることも可能だ。それだけの力が一個人である俺が持っているわけで。
魔力の有る無しに関わらず、俺より弱い奴らは全員俺に従うしかなくなる。
だから魔術師は政治に口を出してはいけないのだ。権利を認めたクセに、国の運営に関われないとは何事だ?と思う魔術師がいることも確かだけど。
その、何事だ?と思っている魔術師たちが、反政府組織として悪巧みしているとかなんとかって話も聞く。
協会はそういったヤツらの取り締まりも受け持っているから、選挙のたびに下級魔術師は忙しくなる。自分たちが参加しない選挙の為に、街の警備なんかの仕事が増えるわけだ。
「今回は問題なく終わるといいけどな」
ユイトが呆れたような、冷めたような口調で言った。
「どういうこと?」
それにイリーナとリアが首を傾げて問い返す。
「六年前の選挙は、国会前広場で爆発事件があった」
「へぇ…全然知らなかった」
「そりゃ、おれはずっとフェリルに住んでるからな。ここら辺ではものすごいニュースになってたんだけど」
「私たち、地方出身だとそんなに記憶にないね。新しい国家元首って女の人なんだ、くらいにしか覚えてないよ」
三人の会話を聞きながら、俺はあの日のルイーゼの最期を思い出していた。
割れて飛び散った窓ガラス。太陽光を遮って降り立ったジェレシスの、不敵で残虐な笑み。光を失う直前の瞳で、俺を睨みつけていたルイーゼ。
失望したと、言いたげなザルサスの声。
それらの出来事は公には伏せられているから、俺がルイーゼを見捨てたことはザルサスしか知らない。
ジェレシスが殺したこと自体も、あの場にいた人間しか知らない。
「レオはどっちが国家元首になると思う?」
イリーナの問いに、思考が現実へとシフトする。態とらしく考える素振りを見せて答える。
「歴代の候補者で、魔術師の権利がうんぬんと言っていたヤツが国家元首になったことはない。もう一人の候補者で決まりじゃないか?知らんけど」
結局のところ、俺たち魔術師が国の運営に関わってもろくな事がないのだ。
南方の小国の元首は魔術師だというが、閉鎖的で独裁的な国家らしいし、北方の列国は長く魔術師と一般人の対立が続いている。
ナターリアの魔術師は魔術師として、協会に従属し、ザルサスの意向に従う。ただそれだけだ。
☆
ザルサスに呼び出しをくらったのは、この年一番の冷え込みがフェリルを襲った日だった。
その日は休日で、俺は学院地下でユイトの魔術の練習に付き合っていた。
ユイトは最近とんでもなく真面目で、もともと才能もあるので、魔術師として確実に腕を上げている。
暴走中の俺を止める為に二級魔術を習得したことが、大きな自信になったようだ。
「完全詠唱でその威力なら十分だろ」
ユイトの二級魔術〈風炎双破〉を魔力で相殺し、はあはあ肩で息をつくのを見やった。
全力で三発打ち込み、大幅に魔力を削られた反動で顔色が悪くなっている。
「クソッ!この程度で息切れなんて……」
「“この程度”と言うが、お前の“この程度”ができない協会魔術師はいっぱいいるぞ」
俺の知る魔術師の中で、二級魔術を連発する魔術師なんてそういない。片手で数えられる程度だ。
協会で一級魔術師を目指すのなら、四元素複数魔術を極めるか、特殊魔術をだれよりも多く習得するか、にかかっている。
ユイトは確実に一級魔術師程度のスキルを持っている。足りないのは経験だ。あと、単純に戦闘スキルが足りない。
そこは追々身につくとして。
「ユイトはよくやってると思うぜ。俺が生きているうちに、最短で一級にしてやるよ」
「生きてるうちって……」
そこは喜ぶところだろう、と俺は思ったが、ユイトは複雑な顔をした。
「なあ、やっぱり、レオの身体は…」
と、ユイトが不安な顔で言いかけたところに、バリスがやってきた。ユイトは続きを言う前に口を閉じる。
「ここにいたか」
「なんだ?デートの誘いなら全力でことわブフゥッ!!!!」
俺の頭にゲンコツを落とし、バリスが嫌な顔をした。
「くだらねぇこと言ってないで、ちょっと来い。ザルサス様が呼んでる」
有無を言わさない感じだった。ついでに言えばものすごくイヤな予感がした。
ザルサスがわざわざバリスを寄越す時は、大抵ロクな事がない。
「仕事の依頼は協会窓口で。通常任務なら金貨一枚、お急ぎ便は金貨五枚、ゴフッ!?」
鳩尾に衝撃を感じた。見下ろすとバリスの拳が腹にめり込んでいるでは無いか!!
「黙れ!そして二度と口を開くな!」
「……」
痛みに口をパクパクさせる俺を担いで、バリスは瞬く間に〈転移〉を発動。
残されたユイトが、口をポカンとあけてアホヅラをしていたのが見えた。
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