第130話 反政府組織1


 今年最大の寒気に見舞われたある日。


 ナターリア中央の、政府関係者が多く住んでいる、所謂官庁街にて。


「いやぁまいった」

「寒すぎる」

「今年もあとわずかだが、年明けの祭事までに国家元首は決まるのか?」

「さてな…毎度何かと事件が…いや事故が起きては選挙が遅れているだろう。それに、今回はほら、ルイーゼの件もあるし……」


 二人の魔術師がブルリと肩を震わせながら、深夜の暗い路地を歩いている。その二人の話題は、もっぱら次の国家元首についてであり、選挙にあわせて起こり得る様々ないざこざについて、だ。


「ルイーゼは殺されたらしいじゃないか」

「ああ、噂ではな。だが、その場にいたザルサス様も金獅子も何も言わない。あまつさえ、ルイーゼ本人の自殺だと言う事で処理したらしい」

「おれの知り合いに、ルイーゼの死体検分した奴がいるんだが……恐ろしい魔獣のように変形した死体だったらしいんだ……」

「うわ……それって、金獅子がいた施設で作られたっていう、あの変な薬を飲んだって事だよな?」

「多分な」


 レオをめぐる、魔術師とナターリア国家の闇が明るみに出て久しく、その内容を知らない魔術師はいない。


 さらに、レオと一部特級魔術師が起こしたクーデターに便乗する形でジェレシスがルイーゼを殺したことは伏せられているはずだが、人の口に戸は立てられない。


 よって今現在ナターリアでは、こうした“噂話”が横行し、魔術師連中の興味は尽きない状態である。


「しかしなぁ…今回の選挙は荒れるだろうなぁ」


 ううむ、とひとりが顎を撫でる。


「どうしてそう思う?」


 すかさずもうひとりが訊ねる。


「魔術師と国政の関係性を見直す時期にきていると、おれは思うんだよ」

「ほう」


 いやに自信の滲む声で語り出した同僚に、訊ねた方は少しの面倒臭さを滲ませながら頷く。なぜならこの同僚は、どこかの酒場で聞き齧った話を、まるで自身の意見であるかのように語る癖があり、それがたまらなくウザいからだ。


「そもそも協会は国家に関与しない組織であるはずだろう。しかし今の協会は実質国家元首の私兵のように扱われている節がある。それから、」


 「〜以下略」と、付け足したくなるようなご高説を唱える同僚に、適当に相槌を打ちつつ歩いていると、今しがた通り過ぎた路地に違和感を覚えた。


「っても、おれたち魔術師には、そもそも選挙権が」

「ちょっと待て。今なんか居たような気が……」

「?」


 立ち止まって路地を覗くと、同僚も話をやめて同じように足を止めた。


 覗き込んだ先、冬の寒さを凝縮したかのような路地の闇には、これといって変わったところはない。


「気のせいか」

「あれだ、東洋の諺にある、枯れ尾花だ」

「お前って無駄な知識に溢れてるよな。学院生時代は、〈強化〉の詠唱が覚えられなくて泣いてたクセに」

「おいおい、いつの話してんだよ…」


 ははは、と悴んで感覚の無い表情筋を歪めて笑い合い、視線を前方に戻す。


「それで、」


 と、またありがたくも無い思想を語り出す同僚と並んで歩き出した時、今度はハッキリと物音がした。


 いや、物音ではない。


 人間の、叫び声だ。


「ヒギィヤアアアアッ」


 咄嗟に駆け出した二人の魔術師は、魔術師故に判断を間違うことはない。同時に展開した〈強化〉によって身体能力を高め、4、5階分の建物を飛び越えて叫び声がした路地へと駆け込んだ。


 先程足を止めた路地のさらに奥まったところに、闇が広がっている。その闇は、ただ深夜だからと言うにはあまりにも濃く、深い。


「な、なんだ、アレ」


 ゴクリと唾液を飲んで、その異常な光景を見下ろす。


「た、助け、」


 また声がした。男の声だ。そちらへ目を移す。


 闇が、男を飲み込もうとしていた。


「ッ!!ど、どうなってる!?」

「そんなことより、助けるぞ!!」


 咄嗟に〈火炎弾〉を放つ。二人同時に放たれた魔術は、学院生のものより遥かに緻密で高火力だ。だが、それらはポヒュ、と情けない音をたてて闇に吸い込まれた。


「な、え?」


 一体何が起こったのか、全く検討もつかない二人の思考が一瞬停止する。その間にも、ヒィヒィと泣く男は闇に飲まれていく。


 我に帰り、〈水波〉などの四元素魔術を次々と放ってみるも、全てが吸収されてしまう。


 魔術の連続使用で疲労を感じ始めたころ、泣き叫んでいた男の姿が完全に闇に取り込まれると同時に、その不気味なタールのような闇もスッと消えてしまった。


「な、なんだったんだ?」

「おれの魔術が吸い込まれた…」

「あんな魔術は見た事ないぞ!!」

「ザルサス様に報告しなくては!!」


 そう言って、二人は協会本部へと駆け出した。今しがた目の前で消えた男、というよりも、未知なる闇についての興奮を隠しもしないところが、魔術師が魔術師たる由縁である。


 そしてこれが、年末のフェリルを恐怖のドン底へ突き落とした事件の始まりであった。

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