第71話 初めてのアルバイト①


 協会宿舎のジャスの部屋。


「レイズ」

「俺も」


 ジャスとリリルが、競うように宣言してチップを投げる。


 というのを、三回繰り返していて、俺は自分の手札を見ながらため息を吐いた。


「いい加減にしろよ。お前らの手札どうなってんだよ

?」

「それはオープンしてからのお楽しみだろ」

「レオこそどうなんだよ?」


 ジャスがニンマリ笑い、リリルが探るような目線を向けてくる。


「まあ、俺もここで降りはしないが」


 と言いつつ同じくチップを増やす。


「ドローする?」

「いや」

「俺もいらん」


 ジャスもリリルも、自信に満ち溢れた顔でまた「レイズ」と言った。


 つか、おかしくない?


 ジョーカー含めて53枚のカードで、3巡して全員がレイズって、どんだけ自信があるんだ?ハッタリか?いや、それなら誰か降りてもいいはずだ。


 現金をかけているのだから、安牌をとってもいい。


 なのに誰も降りない。おかしくない?


「なあ、一旦やり直そう」


 俺は満を辞して言った。親は俺だし。


「そうだな。誰かイカサマやってるかもしれねぇ」


 ジャスが俺の提案に乗った。


「いいぜ。ほら、せーので見せよう」


 リリルも乗り気だ。イカサマしていないと、全員が証明できる。


「行くぜ。せーの!」


 それに合わせて、俺らはちゃんと手札をオープンした。


 テーブルの上、乱雑に積まれたカードとチップ。ジャスが咥えるタバコの灰が所々散っている。


 そこへ、俺たちが開示した手札は……


「……まてまてまて、おかしいだろ!?なんで全員がエースのフォーカードなんだよ!?」


 ロイヤルストレートフラッシュとか、ストレートフラッシュとかでもなく。


 なんでフォーカード?


「だって、ロイヤルストレートフラッシュとかだったらイカサマやってますって言ってるみたいなもんだろ」


 チッと舌打ちをこぼしてリリルが言った。反省の色は全くない。


「俺はさ、1っていう数字が好きなんだ。んで、1も俺が好きで、集まっちゃうんだよ…自然とな」

「ジャスはクスリでもやりだしたのか?」

「知らない」


 なんだよこれ。


 トランプ1セットにエースが12枚も入ってるわけねぇだろ。


「そう言うレオだってエースのフォーカードじゃん」

「あっれ?本当だ!!」


 要するに全員無難な感じにイカサマした結果こうなった。


「いやー、俺らマジで何やってんだろ…」

「とりあえず暇なんじゃね…」


 俺は思う。


「つかお前らはちゃんと任務に行けよ!!」


 発端は昨日の夜だ。


 夏休みに入った俺はヒマを弄んでいて、久しぶりに立ち寄った協会宿舎で、ジャス、リリルと遊ぼうぜと言うことになった。


 んで適当に夜の繁華街を飲み歩き、帰って賭け麻雀でもやろうぜといつもみたく徹マン。飽きてきた頃、たまにはカードゲームでもやろうということになった……ナウ。


「レオさぁ、夏休みだからってひとりだけ浮かれてんじゃねえよ?殺すよ?」

「はあ?」


 怖っ。そんなに怨みがましい顔をしても、俺はちゃんと学院生として当然の権利を行使しているだけだ。


「勉強しろよ、学生だろ」

「いやいやいや、俺これでも学年一位なんだが」

「マジかよ死ねよ」


 怖っ。そういやコイツら学生の頃からアホだったと聞いた事がある。きっと夏休みは補習だったんだろうな、可哀想に。


 ともかく、そろそろ脳死状態の2人を放って帰ろうかと思った。


 カーテンの隙間から差し込む朝日が、早く寝ろと言っている気がする。


「俺はそろそろ帰る。お前らちゃんと任務行けよ」


 っても行かないんだろうな、と思いながら立ち上がる。


 ふたりとももはや、座ったまま寝そうだったので、俺はそのまま部屋を出た。ふぁっと欠伸をひとつして、学院宿舎へと歩く。


 〈転移〉してもいいんだが、ヴィレムスから戻って以来、まだ少し封魔の影響か調子が悪かった。


 ダミアンの作ったあの薬は、確かに封魔を抑制する効果を持っている。だが、その効果は一時のもので、必ず後から大目玉を喰らう。


 痛みに耐えながら魔術を行使する必要がない分楽だが、加減がわからなくなるために後でぶっ倒れる。


 そんな諸刃の剣的な薬を、シエルはあまりよく思っていない。


 ヴィレムスから学院に戻ったときに、あまり使うなと言われた。


 でも俺は『金獅子の魔術師』として強くある必要がある。強くあると言うことは、誰にも負けない知識を持っている事でもある。


 とか考える一方で、やっぱり本来の力を使うのは楽しい。結局はそこなのだ。


 シエルには悪いけど、俺はやっぱりこのままあの薬を使い続けてしまうのだろうと思う。


「ままならないなぁ」


 そう呟くと、ちょうど学院の正門まで来ていた。


 夏休みの学院は静かだ。この時間、補習の学院生は授業中だし、それ以外の学生は帰省しているか、暑さから逃げる様に寮に篭っている。


 ちなみに、イリーナとリアは帰省した。


 イリーナは散々文句を言って、それでも自力でテストに挑んだ。もともと学年二位だから、はなから心配することもないのにと俺は思っていて、結果余裕でまた二位だった。


「あっ、レオ!!」


 大声で俺を呼ぶ声。学院宿舎の方からだ。


「ん?」


 と、そちらへ視線を向ければ、滝のような汗を流しながら走ってくるユイトがいた。


「やっと見つけた!」


 やっと、と言うが、まだ朝も早いんだが。


 俺の前ではぁはぁ言いながら立ち止まったユイトが、優等生っぽく真面目な顔で言う。


「俺と一緒にバイトしてくれ!!」


 は?


 どういうこと?


「頼むよーう。夏休みの間、俺とバイトしようよーう」

「断る!!この俺に時給で働けってか?正気か?」


 学院の食堂で、遅めの朝食を食べる俺に、ユイトが物凄い勢いですがってくる。


「ほんと頼む。おれもバイトすんの初めてでさ、不安なんだよ!お願いしますっ!!」


 と、テーブルに額を擦り付けても、だ。


「あのさ、俺が特級魔術師でどんだけ稼いでた知ってるか?」

「いや、知らんけど…?」


 やれやれ、ため息が出るぜ。


「あのなぁ、一般的に五級、四級魔術師は、フェリルで普通に働いている人間の1.5倍の年収がある。三級にあがると2倍、二級、一級になると3倍から5倍の稼ぎだ」


 ちなみに、三級魔術師の年収と政府役人の年収は同程度と言われていて、二級、一級の魔術師は政府高官と同じくらい。


「特級は少し特殊で、依頼先にもよるが余裕で10倍を超える。個別に依頼を受けることもできるから、言い値で仕事してるやつもいる。俺は任務数に制限をつけていなかったから、普通の特級よりも多くの報酬を貰っていた」


 特級魔術師を動かすのは金がかかる。協会は国家予算と協会運営のスポンサーがついているが、国家予算しか出ない軍部とよく揉めている。


 という余談はさておき。


 何が言いたいかっていうと、


「そんな俺に、今更低賃金のアルバイトをしろってか?冗談じゃないぜ」


 アホらしい。


 正直学院にいる間はタダ飯が食えるし、寝る場所もある。


 もともと貰った報酬を計画的に貯めておくタイプでもないから、金が無いなりに遊ぶ方法も知っている。


「おれは……レオは友達だと思ってる」

「はあ?」


 急にうつむいてしまったユイトに、ちょっと戸惑った。


「実はさ、一ヶ月後に両親の結婚記念日なんだ」


 おっと、なにこれ?俺は今、なにを聞かされているんだ?


「おれは両親の反対を押し切って協会魔術師になるために学院に入った。両親は、一人息子のおれにそんな危険な職業はやめとけと言った。心配なんだ、それはわかる」


 でも、とユイトは続ける。


「反対しながらも、最後には許してくれた両親に礼がしたい!!なにかプレゼントでもあげて、感謝の気持ちを伝えたいんだ!!」


 グスっと鼻をすする音が、人の少ない食堂に響いた。


「頼むよう…バイト、一緒にしてくれよう」


 いやいやいや。そんな話をされても……


 断ったら俺めっちゃ嫌なやつじゃん。


 つか、食堂にいる人間がみんな俺を睨んでるぜ。


「お願い!親友だろ?」


 ……親友になった覚えはないんだが。


「……ったく、しゃあねぇなぁ。今回だけだからな!?」

「ありがとう親友!!!!」


 ガシッと手を握られる。


 さっきの鼻をすする音はなんだったのか、ユイトは満面の笑みを浮かべていた。

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