第52話 模擬戦②


 模擬戦四日前。


 クラスメイトたちはもはや自分の事で手一杯で、団体戦がどうとか、チームワークがどうとかいう奴はもはやいなかった。


 だから俺たちいつもの四人は、相変わらず地下の空間を借りて適度な訓練を続けていた。


「お邪魔じゃなければいいんですが」


 と言って現れたのは、最近知り合ったダミアンだった。


「何しにきた?」

「見学ですよ。元特級魔術師が、直々に訓練してくれるって聞いて」


 ちょうどユイトと真剣で打ち合っている最中だった。


 ユイトが鋭い斬り込みを入れてくるのを、黒雷で弾くと、無詠唱の〈風撃〉が襲ってくる。


 発動のタイミングはいいが、威力が無い。たがら、簡単に黒雷で弾くことができた。


「悪いけど、特級魔術師に教えることなんてない」


 言いながら、完全詠唱で放たれた〈炎撃〉を〈空絶〉で止める。火の球が見えない壁にぶち当たって弾けて消える。


「そんなことはないですよ。レオンハルトさんは特級の中でも別格ですから。僕にもあなたから学ぶ事はあるはずです」


 よく言うよと思う。特級は唯一無二の能力を持った魔術師がその椅子に座っている。要するに専門分野がそれぞれあって、わざわざ他人から他のことを学ぶ必要もない。


 と、思っている奴らばっかりで、俺はそんな停滞した奴らが大嫌いだ。


「貪欲に学ぼうという姿勢は嫌いじゃない」

「それは良かった。仲良くなれそうですね」


 一瞬視線が合う。お互いに、多分ちょっと気を許した。


「な、なあ、レオ。おれはいつまで続ければいいんだ?」


 話に夢中で、すっかりユイトの事を忘れていた。必死で剣を振って詰めてくるのを、適当にあしらっていた。


「もちろん俺に勝つまでだ!」

「えぇ……」


 ユイトがゲンナリした顔をする。そろそろ疲れが出てきたようで、息は荒く魔力コントロールにも乱れが目立ってきた。


「〈地に縫い止めよ:縛〉」


 一級魔術封印術の〈縛〉は、円環を踏んだものの動きを止める魔術だ。魔力量が大きければドラゴンとか拘束できるけど、俺の雀の涙ほどの魔力ではそんなことはできない。


 それでもユイトは、足元にできた円環に気付かずしっかり踏んで、つんのめって転んだ。


「おわぁっ!?」


 見ていたイリーナとリアが、あーあ、と言って首を振った。


「はぁ、はぁ、おれはいつになったらレオに勝てるんだ……」


 転んだ表紙にゴロンと床に大の字になって、ユイトは絶望的な声音で呟く。


「一生無理だ」


 申し訳ないけど、俺に勝つのは本当に無理だ。


「君は彼に本気で勝ちたいのかな?」


 そんなユイトに、ダミアンが話しかけた。


「あー、いや、そうだな。正直に言うと本当に勝ちたい」

「それはいい事だと思うよ。向上心は成長には大切だ。だけど、君が勝ちたいレオンハルトさんの本当の力を見たことある?」


 ダミアンの突然の問いに、ユイトだけではなくイリーナたちも興味を示した。


「あたしたち、正直『金獅子の魔術師』ってどんなのか知らないよね」

「地形が変わるくらいの魔術を扱えるとか、魔族を一人で倒せるとか、そんな大雑把な情報しか聞いたことないよね」


 それは仕方のない事だ。


 協会は結果しか世に広めない。どこそこにいた魔族を、魔術師が倒しました。終わり。


 そこにいつからか、誰かが付け足した。


 どこそこの魔獣の大群を、特級魔術師が殲滅した。雷の魔術が得意な魔術師だった。


 特級の中でも短期間で最も多くの任務をこなしたからか、やがて誰かが他の特級と区別するために呼び名をつけた。


 『金獅子の魔術師』は、功績から存在は確かだけど、その素顔を知るものは少ない。名前だけが広く知られるようになった結果、イリーナたちは呼び名と功績しか知らないのだ。


「レオンハルトさん、一年前のキュウバ鉱山の火竜の任務、覚えていますか?」


 ダミアンが突然俺に振ってきた。その任務は……俺は耳を塞いでいた方が良さそうだ。


「キュウバ鉱山に火竜が巣を作ったんだけど、僕はその任務に、一級魔術師として参加したんだ」


 ダミアンが話し出すと、三人はすっかりそれに聞き耳を立てた。ダミアンの話し方には、人の興味を惹きつける何かがある。


「キュウバ鉱山はナターリア南部の大鉱山で、国内の魔道具生産の要となっていることでも知られている。そんな鉱山に、ある時火竜が巣を作ってしまったんだよ」


 あれはもう一年も前の話か、と少し感慨深い気分となる。


「火竜は鉱山のちょうど坑道を掘り進んだ最奥で、卵を生むための巣を作った。そんなだから、とても気性が荒く少しでも近付こうものなら一瞬で燃やし尽くされるような危険な任務だった。僕は一級魔術師として派遣されたけど、正直火竜なんてどうしていいのかわからなかった」


 ドラゴンは世界各地に生息していて、探すところさえ知っていればすぐに見つけられる。


 ただ、特級魔術師以上に個性的で、お話の通じない奴らだ。それに固有の魔力を持っているから、気が付いたら死んでいたってことになっても文句は言えない。


「魔術師でもドラゴン討伐はできないんじゃないんですか?」


 イリーナが質問した。


「そうだね。ドラゴンは希少だしとても強い。討伐は確かに難しい。彼らの吐く炎の息は、それ自体に魔力が籠っているから実質防ぐのは困難だ」


 ドラゴンの炎を防ぐには、上回る魔力を込めて防御しなければならない。従って討伐は不可能。そんな人間なかなかいないからな。


 魔術師ならそれくらいは知っているから、イリーナはあえてそんな質問をしたのだ。


「僕はお手上げだった。近付こうにも炎が怖いし、近付かなければ話ができない。そんな時に、痺れを切らせた協会がレオンハルトさんを派遣してくれたんだ」


 なるほど。あん時の一級がダミアンだったのか。だから僅かな薬品の匂いに覚えがあったのかもしれない。


 イリーナたちがゴクリと生唾を飲み込んだ。


「レオンハルトさんは、僕や他の魔術師に何も言わずに、大した装備もなく坑道を進んでいった。僕たちは後ろから恐る恐るついていくしかなかった」


 おっと、付いてきていたのは知らなかった。


「それで、レオンハルトさんは火竜の前に立った。火竜は警戒して鼻から煙を上げていて、このままだと僕たちまで燃やされてしまうと覚悟した」


 しかし、とダミアンが言うと、イリーナたちがビクッとした。


「レオンハルトさんはそのまま火竜に近付き、怒った火竜が火を吹いた。直撃したと思ったし、同時に我々も終わったと思ったんだけど。レオンハルトさんは、そんな火竜の炎を、〈空絶〉で防ぎ切った」


 ポカンとした顔の三人に、俺はちょっと吹き出した。


「大袈裟に言うが、結構ギリギリだった。あんなに短気な奴だとは思わなかったからな」

「それでも防いだんです。そんな事、人間には不可能だ。あの火竜も驚いて、慌てて逃げようとしていました」

「それで、どうなったんですか?」


 ユイトがワクワクした顔で聞く。それにダミアンはニコリと微笑んで答えた。


「ドラゴンが逃げる前に、〈転移〉でどこかに消してしまった。それも、鉱山ごと」

「は?」


 今でも思うが、俺の範囲指定は完璧だった。ドラゴンをどっか遠くの火山にでも放り出してやろうと思って、人間以外を〈転移〉させた。そしたらどうだ?キレイに鉱山までやってしまったというわけだ。


「鉱山にいた我々は、急に地面が無くなって焦ったけど、なんとか無事だったよ」

「すまん。そんなことになっているとは思わなかった。上手く人間を巻き込まないようにしたつもりだったんだ」


 そのあと坑夫たちから協会にクレームがいっぱいきたし、俺は後で鉱山を元に戻した。


「あの任務で僕は初めて『金獅子の魔術師』を見たけど、彼は人間じゃないって思ったよ」

「失礼な。俺はちゃんと人間だ!」


 しかし前の自分がいかに無茶苦茶だったかはよくわかった。


 今の封魔に縛られた俺では、もちろんドラゴンの炎を防ぐことは出来ないし、連続して広範囲の〈転移〉も無理だ。


「そんな彼に、学院生ながら直接指導を得られる君たちは贅沢なんだよ」


 イリーナたちの視線が突き刺さる。


「大袈裟だ。ダミアンも知っての通り、俺は以前の俺じゃない」


 実質魔力コントロールだけで誤魔化している。魔力さえ抑えれば、五級魔術も一級魔術も適度に発動させることができるから。


「おれはどこかで、いつかレオに勝てると思っていた。でも、どうやら無理そうだな」


 ユイトが小さく呟く。


「でも、あたしは特級魔術師になるから!レオにだって、いつか追いついてやるもの!」


 ここで普通なら、頑張れよと声をかけてやるところだが、ご存知の通り俺はクズだ。


「お前らには無理。天と地がひっくり返っても俺に追いつくこともできねぇよ」


 結局煽るしか俺に出来ることはない。


 それでも、ギラギラした目で俺を見返してくるのだ。三人とも、そこらの魔術師より見込みがある。


「すまないね。やっぱり邪魔したようだ」


 そんなことないぞ、と言いかけて俺は黙った。


 足音がしたからだ。それは地下階段を駆け下り、ついには俺たちの前に現れた。


「レオ!ヤバいことになった!今すぐ来い!」


 足音が重かったから想像はついていたけど、それはやっぱりバリスだった。


「どうした?」

「レリシアとアイザックがヤられた!!」


 は?と、一瞬時が止まった。


「今すぐ来い!ザクサス様の命令だ!」


 血相を変えるバリスが、どこか遠くから叫んでいるようだった。

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