第51話 模擬戦①


「バリスー!!」


 協会本部三階には、特級魔術師の仕事部屋が並んでいる。その中のひとつの扉をバーンと開け放つ。


「レオか、なんだ?」


 そう言いながら振り返ったバリスは、仕事部屋で窓の外を見ながらダンベル持って筋トレなんてしてやがった。怖っ。


「……ごめん、出直すよ。ゴリラの生活習慣邪魔しちゃ悪いからな」

「お前はオレに殺されに来たのか?」

「ごめんって。今度バナナでも差し入れるな?あれ、ゴリラってバナナでいいんだっけ?生肉とかの方がいい?」

「どこに生肉を食うゴリラがいるんだよ!?」


 バリスが手にしていたダンベルを振り上げて怒る。


「そんなもん投げるなよ!?」

「チッ」


 恐ろしい。筋肉バカは本当に恐ろしい。


「何しに来やがった?」

「イリーナのことなんだが、あれは俺の手に追えない」


 そう言うと、バリスが真剣な表情になった。


「獣化したのか?」

「そ。三日前の連休中にな。猫耳がついてた。それで、放課後の特訓で獣化で常に闘えるようにと、思って指導してやろうとしてるんだが……」


 思わずため息が出た。思い出すだけで憂鬱になる。


「獣化するたびに追いかけ回されてそれどころじゃないんだ」


 その瞬間、バリスがプッと吹き出し、大声を上げて笑い出した。


「アッハハ、ハァ、それはお前、わからんでもないな」

「……もしかしてバリスも俺をそんな目で……?」

「どう言う目だよゴラァ!?」


 そんなに怒らなくても。冗談なのに。


「獣化は感覚が鋭敏になる。それと同時に、本能的にもなる。イリーナは今、その本能が抑えられないんだろうな」

「なんだよそれ」

「だから、本能的に強い力を持つ奴に魅かれてる状態なんだ。特に、お前くらいの魔力を持つ奴なんてそういない」


 なるほど。だから、獣化するたびに追いかけてくるのか。とても迷惑な話だ。


「オレはお前と出会った頃には、すでに獣化をコントロールできていた。イリーナはまずそこをなんとかしないとダメだ」


 イリーナの魔力は、獣化で格段に強化されている。だが、確かに不安定で見ていられない。


 俺にはそういう、固有魔術の事は教えられない。


「じゃあ、イリーナはお前に任せる。俺は獣化できないしな」

「わかってる。任せとけ」


 そういう時は素直に頼もしいと思う。バリスは恐ろしい筋肉バカだが、面倒見が良いところがある。


 お節介なときもあるけど。


「そういや、お前の固有魔術だが」


 要は済んだと部屋を出ようとした俺に、バリスが声をかけてきた。


「なんだ?」

「ペトロがまた嗅ぎ回っていたぞ」

「ウゲッ。俺あいつ嫌い」

「オレもだ。とにかく気を付けろ。しつこいからな」


 ペトロというのは、特級魔術師の一人で他人の情報を集めるのが趣味という、簡単に言うと変態だ。


「一週間後の模擬戦、ペトロが行く」

「えー!イヤだなぁ」

「模擬戦の内容は団体戦だ。20人全員で組めば、お前が目立つ事はない」

「個人戦じゃないのか」

「ああ。模擬戦の目的はチームワークだからな」


 なるほど。


 協会に入ってすぐの四級、五級魔術師は、合同任務になることがある。


 東部の時のように、兵士の中へ投入されることもあれば、魔術師どうしで群れだった魔獣を狩ることもある。模擬戦はその為の練習みたいなものってことか。


 しかし、だ。


「20人って多いな……」

「レオは協調性が皆無だと、ザルサス様が嘆いておられた」

「確かに」


 認める。だって、俺ひとりで全員制圧の方がどうしても効率がいいと思ってしまうから。


「お前の今回の課題だな」


 バリスがニヤリとして言う。


「はいはい。んじゃ、またな。次はバナナ持ってくるな」

「死ねよ!!それとゴリラはバナナくわねぇよ!!」


 妙な怒り方をするバリスの声を遮るようにドアを閉めた。まだなんか言ってらぁ。


 歩きながらそれにしてもと思う。ペトロがくるってことは土下座させるチャンスじゃね?


 俺がクビになった時、ペトロは椅子ごとひっくり返って笑っていたのを、俺は忘れていない。


 クッソ、思い出したら腹が立ってきた!!


 と、立ち止まって壁を蹴った時だった。


 上下に伸びる階段の上の方から、ツンと鼻をつく薬品の匂いがした。


 上の階という事は、四階の会議室がある方向だ。ふと顔を向ける。


「あ、お久しぶりですね、レオンハルトさん」

「誰だ?」


 親しげに微笑む、若い男だった。あまり人に印象を残さないような、これと言って特徴のない男だ。バリスと同じくらいの歳だろうか。


「イヤだな、もうちょっとちゃんと思い出してくださいよ」


 男は柔和に笑う。それで思い出した。


「そういや、俺がクビになった時、もともと俺の席だったとこに座っていたヤツだな」

「そうです。あなたがクビになるという事で、特級に上がったんですよ。だから、ここでお会いするのは、あなたがクビになった時とアイザックさんの件くらいでしょか」


 失礼な奴だなと思ったが、アイザックみたいな嫌味な感じはしない。ただ淡々と事実を話しているようだ。


「僕はダミアン・クライフ。レオンハルトさんと話ができて嬉しいです」

「俺は嬉しくない。お前も俺の粛清対象だ」

「粛清?」

「そうだ。あん時俺のこと笑った特級全員に土下座させてやる。今のところ、レリシアとアイザックには粛清完了済みだ」


 そう言うと、ダミアンはフフッと笑った。


「そうですね、正直僕も少し笑ってしまいました。どうすれば許してもらえます?土下座はちょっと」

「悪いが例外はない。ただ、後回しにしてやってもいいが」


 案外いい奴そうだし、バリスとザルサスの前くらいにしてやってもいい。


「じゃあそうしてください。それまでに、なんとか仲良くなって土下座を回避する方法を探します」

「俺は自分で言うのもなんだが、めちゃくちゃしつこいぞ」

「僕も執念深さは負けませんよ」


 ダミアンはまたにこやかに笑って、階段を降りていった。


 特級魔術師は変な奴が多いが、あいつも相当だな。


 すれ違った時にまた変な薬品の匂いがした。なんかどっかで嗅いだことのある匂いだったが、俺はあまり深く考えずに、そのうち忘れてしまった。








 連休が終わり、クラスメイトたちはダラけているかと思いきや、反対に物凄くやる気に満ちていた。


 模擬戦まであと六日となったその日の放課後、クラスメイトたちは教室に残って作戦会議を始めた。


「ルールは相手リーダーを倒した方が勝ちなんでしょ?だったらやっぱり、強い人がリーダーになるべきじゃない?」


 ひとりがそう言い出すと、クラスメイトの半数がそうだそうだと賛成した。


「いや、逆に強い人には前に出てもらって、あまり目立たない人をリーダーにするべきなんじゃないかな」


 もう半分のクラスメイトの意見はこうだった。


 それで、もうクラス内がぎゃあぎゃあと騒がしくなった。


「レオはどう思う?」


 うるさい声を遮るように、リアが俺に聞いてくる。途端にシーンとするクラスメイトたち。


「俺は知らん。興味ない」


 と、言った途端。


「おいコラクズ!!」

「お前もクラスメイトだろーが!!」

「参加しろよちゃんと!!」


 何人かに怒鳴られた。


 昨日、授業が終わってすぐにバリスの所へ行ったから、作戦会議に出なかった。それに対してめちゃくちゃお怒りになられているのだ。


「はぁ。大体、この模擬戦ってそのリーダーを倒せば終わるんだろ?だったら最初からリーダーだけを狙えばいい。逆にリーダーだけが狙われるのなら、そいつはひとりで最後まで残らなければならない。攻防一体で複数対個人戦闘ができる奴がリーダーをすればいいんじゃないか」


 適当に言った。だって俺、作戦とか戦術なんて知らんから。そして俺の提案からすると、そのリーダーは味方が減った場合、単独で複数相手に敵リーダーを倒さなければならなくなる。


「それだ!!!!」


 叫んだのは、優等生ズラのユイトだ。


「決まりだな!そんなことできるのは、レオしかいない」


 お?なんだって?


「待て待て待て、俺(元特級)が、リーダーをしたら、絶対に勝ってしまうだろ?」


 俺の思いを込めた発言に、ユイトはしっかり理解して、そしてさらに、


「勝てるのならそれでいいよな、みんな?」


 などと、プライドもクソもない事を言った。


「異議なし!」

「俺も!」

「わたしもー!」


 いやいやいや、それでいいのか?と思ったが、そういやこれで、こいつらも魔術師の卵だ。


 勝ち負けがかかると途端に野蛮人と化す魔術師の卵なのだ。


「勝敗と活躍するのは別だって話だし、レオがリーダーならおれたちはそれぞれ相手を倒せばいいんだからそれで決まりだな」

「ちょっと待てよ!!」


 俺の制止も虚しく、クラスメイトたちは納得したようで、何人倒すのが目標だとか言って競いだした。


 つまり、リーダーである俺を守ろうとか、そういう奴は誰一人としていなかった。


「レオ…ホントに大丈夫?」


 唯一、イリーナとリアが心配そうな顔をして声をかけてくれた。


「まあ、なんとかなるか」


 別に魔族がわんさか襲ってくるわけでもないし、たかが学生の授業なんだから。


「あたしとリアはちゃんとあんたのこと守るからね」

「ヤメテ。俺が弱いみたいだろ」

「だって、怪我したらまたシエルが治しに来るんでしょ?」


 ん?と思った。そういや、このところずっとイリーナはそのことばかり気にしている。魔術を使うなとかも、関係しているのか?


「そりゃ、俺が死んだらあいつが大変だからな」

「……あのね、実は、シエルに聞いちゃったの」


 とても言いにくそうに、イリーナが小さな声で言った。


「初めてシエルにあった時、あんたが寝ちゃった後にね、魔族の力で回復を続けるのは寿命を短くしているのと同じだって。だから、あまり怪我させないようにって……」


 それで今までのイリーナの態度に全て納得がいった。


 なるほどな。だから、俺に魔術を使わせようとしなかったり、怪我の跡を必要以上に気にしていたのか。なんてお節介な魔族なんだ。次にあったら絶対に文句いってやる。


「バカだなぁ。んなことねぇよ。どうせシエルの奴、いちいち助けに来るのが面倒でそう言ったんだろ」

「でも、」

「大丈夫だって。まあ、多少反動は出るよ。前熱出してただろ?あんなもんだよ」


 イリーナはそれでも、納得のいかない顔をしていた。困った奴。


「俺をナメんなよ。特級魔術師だぜ?簡単に死んでたまるかよ」

「元でしょ、元」

「うるさい!俺のことより、お前はお前の心配でもしてろ。そういやバリスが鍛えてくれるって。お前の固有は、俺には教えられないからな」


 固有の事となると、イリーナはすぐに明るい顔になった。余程嬉しいみたいだ。まあ、わからん事もないけど。


「ホントに?」

「ん。昨日話しておいた。そのうちあっちから連絡してくると思う」


 やったぁ、と言って、リアとハイタッチをかましている。


 どうやらうまく誤魔化せたみたいでなにより。


 それにしても、俺の寿命はあとどれくらい残っているんだろう。

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