第135話 反政府組織6


 『死者の都』から帰還後、俺が最初に困難を感じたのは、クラスメイトとの距離感だった。


 ヴィレムスにいた頃、俺は村の外れ者で(急に雪山に現れ、村に住むことになったのだから当然だ)ザルサスとババア、アイリーン以外と関わりを持つのを避けていた。


 それまでの記憶も無く、大きすぎる魔力を持つ俺を、受け入れてくれるほどヴィレムスは大きくはなかったのだ。


 長く厳しい冬に耐える村人たちには、決して他人に優しくしている余裕はない。村の子どもではないから尚更だ。


 従って俺は、自然と感情を隠すことを学んでいった。こうあるべきだという顔を作ることを、態度でいることを学んだ。唯一アイリーンの前だけは本当の自分でいられたと思う。


 今その経験が発揮されているのは、不幸中の幸いだと言えるだろう。


「レオちーん、ちょっと教えて欲しいんだけど」


 アンドレイと邂逅を果たした翌日。


 この日の授業は、魔術の効果範囲についてだった。


「レオちんはさぁ」


 と、俺の反応をまるで無視して話を続けようとするミコが、なにやら気難しい顔で言った。


「効果を発揮したい場所に、どうやって正確に円環を配置してるの?」


 一年を通して温暖と言われるフェリル(ヴィレムスなんかの北方はフェリルと比べ物にならないくらい寒いからだ)でも、積もる事は無いにしても雪は降る。その、今にも白いものがちらつきそうな灰色の空の下での授業中、俺を含めたクラスメイトたちが方々に散って授業内容の確認をしていた。


 主に今自分がいる位置から、正確に三十メートル向こうに円環を構築するという授業だ。


 魔術の種類はなんでもいい。距離がある分、得意なものであたるのが得策だ。そんでもって、後日テストがあったりする。


「簡単だ」


 俺がそう言うと、ミコとその隣にやってきたエナが興味津々と目を輝かせる。


「まず空間を把握する」

「ちょ、ちょっと待って!!空間を把握なんてできるわけないじゃん」


 ふむ。そこからか。


「できる。魔力を身体に巡らせて、周りに広げる。最初は近くから。慣れてくると、魔力量に比例してかなり先まで把握できるようになる」


 魔術師の感覚は五感だけじゃない。簡単に説明すると、自分の身体に流れる魔力を感じ取る、というのを、外に向ければいいだけだ。


 そうやって知覚する範囲を広げていく。魔術を発現させたい場所には、その対象(魔獣や魔族、或いは敵となる魔術師)がいるハズだから、その魔力を感知することができれば、必然的に距離が測れる、というのが理屈だ。


 特級魔術師の知覚能力は、相手の魔力を色で視覚的に認識できるが、まあそれはぶっちゃけ才能の差なので黙っておく。


 もうひとつ、敵がどんな生き物かによって、大体の行動が予測できる。四足歩行の生物ならどう動くか。人間ならどうするか。もし自分が敵と遭遇して、最初の行動はどうなのか。


 といったある程度の説明を終える頃には、クラスメイトのほとんどが俺の話に耳と目と身体を傾けていた。


「じゃあ、相手の姿が見えない時はどうすればいいんだ?」


 弟子でありクラス一のマジメ男子ユイトが、手を上げて質問する。


「それも簡単だ。出来るだけ広範囲に円環を構築すればいい」


 シーンとした。冷め切った皆んなの視線が俺に突き刺さる。なにかミスったか?と自分の発言をふりかえってみたものの、俺は事実しか言ってない。


「そんなの、あんたにしかできるわけないでしょ!!」


 ビシッと人差し指を突き付けて言ったのはイリーナだ。続いて、クラスメイトたちが次々に抗議の声を上げる。


「自分が特級だからって、当たり前みたいに言うな!!」

「全然アドバイスになってない!!」

「このクズ!!」


 このクズ!!は言わなくていいだろ……


 でもそう言われるのは前からで、俺は嫌味のようにニヤニヤ笑いを浮かべて答えた。


「わかったわかった。この俺様が特別にわかりやーーーーすく教えてやるから黙って聞け」


 理屈を話すより、目で見て体感する方がわかりやすい。


 ここにいるクラスメイトは、知識はあっても経験が少ない。実践に出れば嫌でも実感することを、何も知らない。


「姿が見える見えないは関係ない。魔力による知覚は、そんな次元の話じゃない」


 そう言いつつ、俺は意識を自分の魔力に向ける。つい最近まで、そこにあっても自由に使えなかったり、奪われてしまったりと大変だった。


 しかしもう、そんなことに悩む必要はない。俺は歴代最強の魔術師だ。今は隠すこともなく、この力を使える。


 俺は体内に絶えず燃え続けているような魔力を、瞬時に外へ流した。


「っひ!?」


 クラスメイトの誰かが、驚いて声を漏らす。


 わかりやすいようにと、できるだけ魔力を垂れ流してみた。そうやって、超音波のように跳ね返る魔力の感覚で周囲を索敵する。


「これが一般的な索敵の方法だ。ただ、お前らにもわかるように、こんな方法でいちいち索敵していれば、相手にも自分の居場所がバレてしまう」


 その証拠に、俺の魔力に気付いたのはクラスメイトだけではなく、学院をかこう木立にいた鳥が数羽、慌てたように空へ飛び立った。


「お前ら程度はこれくらいできれば問題ない。どうせ感知するまでもなく先に見つかって接敵するだろうからな」


 下級魔術師が相手にする魔獣は、ぶっちゃけ俺らより感覚器が優れている。こちらが見つけるより、相手が襲いかかってくる方が速いのだ。


「で!ちょっと慣れた奴は、この魔力を最小に抑えても同じことができる。自分の魔力を薄っうううく伸ばすイメージだ。使用する魔力量が少ない分、相手には気付かれにくい」


 と、再度同じように魔力をあたりに垂れ流す。今度は出来るだけ少なくして。


 イリーナやユイト、リアは気付いたようだ。ヒクヒクと眉を動かし、不安そうにあたりを見回した。それも当然の反応で、こうして探るように魔力を流されると、なんとも言えない不快な感じがするのだ。


 誰もいないのに視線が…?という、あの感覚に似ている。


「これは索敵と空間把握を兼ねている。もちろん魔力を持つものを見つける方が簡単だし、石ころまで正確に把握するには鍛錬が必要だ」


 そうして空間も敵も、何もかも感覚的に知覚するわけだ。


「俺にはフェリル全体を把握するくらいしかできないが、これができるようになれば、直接目にしなくても好きな場所に好きなように円環を構築することが可能だ」


 そう言って、俺は指をパチリとならした。後方上空から、ピチチチと哀れな鳥の声がした。


「ウソ、見てないのに……」


 クラスメイトが空へ目を向ける。きっとそこには、俺の構築した円環が浮いているはずだ。そして、その中に囚われてしまった小鳥も見えるだろう。


「ま、索敵範囲は自分の実力によって変わる。そんでもって、索敵できる範囲になら魔術を発動させることは可能だろう」


 俺はもう一度、指をパチリと鳴らす。


「レオ!!」


 イリーナが慌てたように叫んだ。が、その時には、上空の円環が効果を発揮し、鈍い紅色に光ったかと思えば、中に閉じ込められた小鳥を焼き殺した。


 あたりになんとも言えない焦げ臭い匂いが広がる。


「レオッ!!アンタ、なんてことするのよ!?」


 つかつかと詰め寄ってきたイリーナが、俺の胸ぐらを掴んで叫ぶ。


「はあ?何のことだ?」

「鳥を殺したでしょ!なんでそんなことするのよ!?」


 ハッとした。


「なにもそこまで実演してくれなくてもよかったのに!」

「……そうだな。悪いことをした」


 俺はもともと、そこまで良い人間ではなかった。だけど人を騙して金を取ったことはあれど、無闇に殺生したりはしなかったはずだ。


 今、全く何も考えずに、捕らえた鳥をそのまま焼き殺した。


「レオ……やっぱり最近おかしいよ?」

「……え?」


 思わずまじまじとイリーナの顔を見つめた。イリーナは、眉間にシワを寄せて、真っ直ぐな瞳で見返してくる。


 クラスメイトたちが、シーンと俺たちを見守っていた。


「なんだか、ムリしてるみたい……あんたは、本当にレオ、なの?」


 まるで、俺の中身を透かして見ようとしているような視線だ。空っぽの中身を、見透かされてしまいそうだ。


「どういう意味だよ?俺は俺だっての!元からクズなんだよ!」


 バーカ、とイリーナの手を軽く振り払う。


 だけどイリーナは、俺の言葉にまた不審な顔をした。


 ちょうどそこに、授業終了のチャイムが鳴り響く。凍りついたようなクラスメイトたちは、しかし寒さに負けたかのように徐々に校舎へと向かって歩き出した。


「寒いしはやく中入ろうぜ」


 ブルっと震えつつ言うと、イリーナは渋々頷いた。


 イリーナだけじゃなく、ユイトもリアも険しい顔をしたままで、俺たちはトボトボ歩いてクラスメイトに続く。


 ああ、やってしまった。


 そう思いはするが、俺の心はピクリとも動かない。


 もしバレたらなんて言われるか。面倒なことになる前に、やはり学院は辞めてしまおうか。


 イリーナがなんと言おうと、俺の心は、この寒々とした冬の空のように、どんよりと曇ったままだった。

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