第82話 真夏の夜、月の下で②


 相変わらず刑務所みたいな簡素な飯を、これまた刑務所みたいな長テーブルで囲む。


 本日の昼食メニューは、コスト削減に注視した結果のような、味の薄い具の無いスープに萎びたサラダ、切れ端のような鶏肉のソテーと干からびたパンだった。


 夏休み期間で学院生が少ないが、それでも働かなければならない食堂のババアどもの嫌がらせのようなメニューだ。


「夏休みは嬉しいけど暇なんだよな」


 ゼノンという男子がため息を吐きながら言った。灰色の髪をツンツンにした不真面目そうな男子だ。その向かい側にはエリアスという、こっちは前髪だけ異様に長いインキャな奴で、コミュ障気味だけど話せないわけではない。


「ゼノンはなんで帰らなかったの?」

「オレはそうだな…帰ってもやることがないから、それならこっちにいる方が魔術も練習できるしいいかなって思ってさ。エリアスは?」

「ぼくも同じだよ…家に帰ると、借金取りがうるさいから」


 エリアスは、どうやらハードな人生を送っているらしい。


「レオとユイトはなんで残ってんの?」


 ゼノンがこっちに話を振ってきた。女子四人も興味を示してくる。正直初めて絡むようなメンバーだっから、適当にはぐらかしても良かったんだが。


 ふとユイトを見ると、やっぱり少し落ち込んでいた。


「俺はもともと野良で協会魔術師として働いていたしとっくに家を出てる。故郷とかどうでもいい。ユイトは俺の弟子としてここに残ってる。弟子は師匠のパシリだからな」


 シーンとしちゃった。まあいいや。


「師匠?」

「レオが?」


 食い入るように見られても、野良魔術師にとって師弟関係を築くのは珍しいことじゃない。


「そうだよ!言っとくが俺が師匠なんてとんでもない幸運なんだからな!」

「ユイト…魔術は教わってもクズはうつっちゃだめだからね」

「そだよ?人生終わるよ?」


 失礼な!!


 まあでも、ユイトが少し笑ったからそれでいいか。


 メンタルまで気にしてやる俺超師匠!!


「ミコとエナはなんで残ってんの?」


 話を変えようと思って聞いてみた。これ以上バカにされたくないからな。


「うちらの実家、ヤバイくらい山奥なんよ」

「そー!ナンパしてくる奴全員五分刈りとかマジ萎える」


 マジないんだけどぉ!!と言っているギャル二人。


 同じくクソ田舎で暮らしていた俺は、わからないこともない。


「その点フェリルは都会だしぃ」

「退屈しないじゃん。彼氏もいるしぃ」

「お前らまだ付き合ってんの?あいつらも大概クズだが」


 酔っぱらうと平気で酒瓶で人を殴るようなリリルと、咥えタバコで灰と紫煙を撒き散らすジャスの顔が思い浮かぶ。


「だってぇ、面白いしねぇ」

「イケメンだし大概許せちゃうっていうかぁ」


 俺が言うのもなんだが、不健全な奴らだな。


「つかそれで思い出したんだけど」


 エナが急に声を顰めて身を乗り出した。


 まるで、聞かれちゃマズイ話でも切り出すように、俺たちの顔を順に見回す。


「北のお屋敷の話、聞いたことあると思うんだけど」


 その途端、俺を除く全員が興味津々と耳をそばだてた。残りの昼食もそっちのけで。


「あの廃墟な。アレがどうした?」


 ゼノンがニヤついた顔で聞き返す。インキャなエリアスでさえ、垂れた前髪の中から目を光らせている。


「また出たらしいよ」

「マジか!」

「うん、白いサマードレスを着た女の人」

「それってやっぱり、アレだよな?」

「アレだって。毎年夏のこの時期に出るんだから」


 なんだその胡散臭い話は?


「お前らアホか?幽霊でも出るってのかよ?」


 聞いていられなくて、ため息が出た。


「そだよ。レオは信じてないの?」

「幽霊なんかいてもいなくてもどっちでもいい」


 というのが、俺の意見だ。


 この世には魔術という不可思議なものがあるんだから、幽霊くらいいてもおかしかないだろ?


「えー、レオちんつまんなーい」

「つまんないも何も、興味ない」


 ちなみに合コンとかで得意げにホラーを語る奴がいるが、あれはいただけない。


 「きゃー、こわーい」と、反応する女子の顔をよく見ろ。「つまんねぇ話してんじゃねえよ、演技する方のみにもなれや」と書いていることが多い。参考にしてくれ。


「じゃあレオちん、今日の夜見に行こうよ」

「興味ないってことは、怖くないんだからいいよね?」


 あれ?なんでそうなるんだ?


「それいいな!オレも行く!」

「ぼくも賛成」

「あの、あたしも行きたい」

「わたしも!」


 と、次々に賛成票が入る。これが議会なら三分の二で可決しているところだ。


「俺は行かない!!」


 くだらない事にこの俺の時間を使ってたまるか!!


「そんなこと言っていいのお?」

「あ?」


 ニンマリするギャル二人に、俺はだんだん苛ついてきた。最近ほんと短気だ。


「うちらこの話、彼氏にきいたんよね」

「そ。一昨日の夜行ったんだって」


 あいつらいい歳して暇なのか?


「うちらの彼氏がなんで心スポなんていくと思う?」

「ほら、クズの思考で考えてみ?」


 と、言われてみれば。


 真夜中に暗い廃墟に行くクズ二人。


 当然目的は決まってくる。


「なるほど。ナンパ目的か」

「そ!あそこ結構女子グループが冷やかしに行ったりしてんの」

「信じらんないよねぇ、うちらという女がいながらさぁ」


 当てられる俺も大概だなとか思いながら、それでも俺は決めた。


「よし、いいだろう。この俺も参加してやる」

「イェーイ!決まり!」

「さっすがレオちんクズ極めてるぅ!!」


 ユイトが複雑な顔をしていたが、気にしたら負けだ。

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