第137話 反政府組織8
☆
「なっ、な、ななっ!?なにしとんじゃああああっ!?」
ザルサスの屋敷に戻り、汚れた服をその辺に脱ぎ捨てたところに、ザルサスが顔を出した。
俺とシエルとアンドレイが、いつもの客間に腰を落ち着けたところだった。
ザルサスのお怒りは、もちろん俺に向けてのものだ。怒りの原因は、濡れた服で高価なソファに座ったからでも、泥だらけの靴で絨毯を汚したからでも、血濡れの服を脱ぎ捨てたことでもない。
「自分の腕を簡単に切り落とすヤツがあるか!!」
簡単、と言うが。
「簡単なわけないだろ。出来るだけ傷跡が残らないように、〈風刃〉の刃先を極限まで研ぎ澄ます必要があった。咄嗟の割にいい〈風刃〉が構築できたと思うぞ」
「そういうことを言っておるのではないわい!!」
ジジイは顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。
「まあ、いいじゃん、どうでも。生きていることにこそ意味があるんだ。俺はこの歳にして悟ったのだ。ジジイもそろそろお迎えが来るだろうから、今生きていることに感謝して、隠遁生活を送った方がいいんじゃないか?」
「黙れクソガキ!」
俺は言われた通りに口を閉じた。代わりに、アンドレイが口を開く。
「先程の黒い液体のことだが、あれが今回の事件の正体で間違い無いんだな?」
ちょうどそこに、ザルサスの屋敷のお手伝いがやってきて、それぞれの着替えと暖かい紅茶を置いた。その中にピニョも混ざっていて、てくてくと歩いてくると無言で俺の隣に座った。きゅっと手を握って、ドラゴンの治癒能力を使う。
「あの魔族は僕が数年前に殺したヤツとそっくりだった。まあ、殺したと思っていたんだけど……」
「おいシエル、前にもそんなことなかったか?」
ピニョはムッツリと黙ったまま、こちらに顔を向けることもせず、ただ淡々と俺の体を癒していく。ピニョの魔力は、春の木漏れ日の暖かさににている。
「ああ、確か、学院で模擬戦があった時だね」
もう随分と前のように感じるが、学院でクラス対抗の模擬戦があった際、過去に倒した魔族が何故か生きていて、俺とダミアンとペトロで闘った。
あの時は、レリシアが死んだことの方に気を取られていたし、そのあとぶっ倒れたので、気が付いたときには全てが処理されたあとだった。
今思えばあの魔族について、もう少し調べておけばよかったのだが、ルイーゼが魔族と繋がっているなどとはおもってもいなかったので、調べる前に完全に揉み消されてしまったのだ。
今回また同じような、死んだはずの魔族と遭遇した。
魔族と繋がっているのは、ルイーゼや俺だけではないらしい。
「この選挙の時期に議員を攫っているのは、間違いなく反政府組織だろう。んで、そいつらはどうやってか魔族とも繋がりがあるらしい」
現体制に不満のある魔術師は、少数派だけど確実に存在する。時々小規模なテロ行為を行なっているのは、フェリルに住む人間ならば周知の事実だ。
「おそらく『ベルム・デウム』の魔術師だのう」
ザルサスが顎をさすりながら呟いた。俺はふうとため息を吐き、アンドレイはううんと唸る。
「ちょっと、それ何?」
シエルだけが何も知らないようで、俺たちの顔を見回して、怒った顔をした。ワガママなおぼっちゃまのシエルは、自分だけが知らない話をされると機嫌が悪くなるのだ。
「ナターリアは昔王政国家だったろ?」
俺は、すでに冷めた紅茶のカップに口をつけながら言う。香り高い高級茶葉を使っているのだろうが、疲れた俺たちに合わせて、砂糖が沢山入っていた。
「その頃、貴族の犬として酷い扱いを受けていた魔術師たちが、主人の目を盗んで情報交換を行っていた」
魔術師の権利が認められていない時代、彼らは敵同士であっても連絡を取り合い、独自の情報網を築いていた。
それは、無駄に命を落とさないための手段だった。幸にして、貴族連中は魔力持ちは少なかったし、魔術師たちの方が力があった。家族という人質を取られてさえいなければ。
「その魔術師たちは、新政府になっても枷に囚われることを拒んだ。殆どの魔術師が協会に属することを選んでも、彼らはそれまでの繋がりを捨てなかったんだ」
政治に参加しないかわりに、魔術師は政治に利用されない。魔力持ちとそうで無いものが一つの国にいて、しかし干渉しないという関係性は、一見平和であるようにも思えた。
ナターリアは魔術師に寛容な国だ。現在の世界の認識はそう定着している。その寛容さを守るため、協会魔術師は国内の魔術的な異常に立ち向かい、国はそれに金を出す。王政の頃を思えば、随分と平和な国家と言える。
でもそれだけで満足できない連中がいるのだ。魔術師主体の国を作ろうと志す連中が。
「なるほど。それが『ベルム・デウム』ってわけだね」
「そうだ。協会として幾度となくぶつかってきた連中だが、未だ全容は掴めておらぬ」
ザルサスの表情は暗く険しい。野良魔術師だった俺たちは、国家という枷に縛られることの苦労をよく知っている。
彼らの行いは褒められたものじゃ無いが、気持ちは十分わかるのだ。
だからと言って、好き勝手にしていいはずはない。魔族と関係を持っている連中が悪さをしている事実に変わりはないし、俺たちはそれを、国家の犬として止めるだけだ。
「ヤツらはフェリルのどこかに潜んでおる。レオが遭遇した魔族が本に『ベルム・デウム』のものが仕向けたのなら、早急に手を打つ必要がある。そして、攫われた人々も生きている可能性があるならば、無事に救出せねばならん」
ザルサスが重々しく断言し、俺もシエルも頷いた。
「ひとつ、質問をしてもよいかな?」
そこに水を刺したのはアンドレイだ。
「なんですかな?」
「彼は我々の仲間と認識してもよろしいので?」
そう言って目を向けたのは、当然シエルの方だった。俺はシエルを友人と言ったが、この場でもう一度協会トップであるザルサスに確認するためだろう。
「ワシも不本意ではありますが…此奴は魔族だがレオと何年も行動を共にしておりました。信用してよいと考えておりますゆえ」
「ほう」
「いざとなれば、レオが落とし前をつけるはず」
ザルサスとアンドレイの視線がこちらに向けられる。
「フハハッ!僕がレオより弱いと思ってる?」
黙っていたシエルが突然笑い出した。心底人をバカにするような笑い方に、ザルサスがおもっクソ顔を顰める。
「シエル、やめろ」
「フフ、心配せずとも僕はレオを裏切ったりはしない。コイツに負ける気はさらさら無いけどね」
それに、とシエルは続けた。
「僕はあくまでレオの友人だ。君たち人間が僕をどう思おうがそんなことはどうでもいい。ただ、レオを危険な目に合わせてきたこの国を、信用していないのはこちらも同じだ。それを忘れないように」
約二ヶ月、四六時中行動を共にして、今までに無いほど自分の弱さを曝け出してきた。それでもシエルは俺を見捨てない。感情論ではなく、そこには契約という枷があるからだが、俺たちは他人に言われるまでもなく互いを裏切ることはない。
「そうか。ならばこのことは、特級魔術師であるレオ君に任せよう。どちらにしろレオ君以外に、魔族に敵う人間はいないのだから」
アンドレイはニコリと笑顔を浮かべて頷いた。
そういうわけで、俺たちの今後の行動は決まった。
反政府を謳う『ベルム・デウム』を追い、彼らが犯人であるか確かめる。そして、あの黒い魔族を倒す。囚われているであろう議員を助けだし、俺は腕を返してもらう。
僅かな話し合いの後、俺は学院の宿舎へと戻ることにした。ピニョは相変わらず俺と目を合わせることもなく、ただ何か言いたそうにモジモジするだけだった。
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