第141話 地下聖域4


 地下へ降りてしばらく、クラスメイト達は厳しい鉄格子を覗いたり、担任の話を聞いたりしながら、さらに奥へと進んでいった。


 牢屋が左右に並ぶ通路を抜けると、奥は広間になっていた。学院の地下訓練場ほどの広さで、さらに奥の壁際には祭壇のようなものが見える。


「ここは、かつての魔術師たちが自由のために闘った場所です。地上の魔術師と地下の魔術師たちが結託し、ついに王政府へと牙を剥きました」


 広間の壁はまるで灼熱の業火で焼き払ったかのように、ドロドロに溶けた痕跡がある。


 クラスメイトたちは異様な空間を見回し、一様に息を呑んだ。


「みなさん、横穴がたくさんあるんですが、うっかり入ると迷子になるほど入り組んでいるので気をつけてください」


 と、担任が言うように、広間の壁には大小様々な穴が空いていた。ここで当時何があったのか詳しくは知らない。


 俺はいつも、過去ではなく未来を見てきた。魔術は次々と新たな技術や見解が発表される。だからと言えば言い訳になるが、この国や魔術師の歴史はあまり詳しくはない。


 ただ、地下に囚われていた魔術師たちと、地上の魔術師たちが秘密裏に繋がり、ある時王政府を倒した。その際発展したのが、最近街を騒がせている『ベルム・デウム』だ。


 まあ、本当に彼らが主犯なのかはわからないが、魔術師協会に属さず、さらに国に反感を持っていることから、俺はほとんど間違いないだろうと思っている。


「あの祭壇みたいなのはなんなの?」


 リアが不思議そうな顔をして広間の奥を指さした。その動きに合わせ、リアの火球が、すうっと空中を移動する。


「あれは、新政府が誕生した時に、ここに囚われていた魔術師たちが作った、まあ、墓標みたいなものだよ」


 答えたのはユイトだ。この街出身であるユイトは、この場所のことを俺たちよりも知っているようだ。


「墓標……」

「そ。革命が起きる時に、人が死ぬのは避けられない。フェリルでは中等学校の歴史の授業で習うんだ」


 俺とリア、イリーナ、ユイトは、なんとなくその墓標へと近付いた。正面に立って改めて見ると、教会の祭壇にそっくりだった。棺桶を置くのと同じような感じだ。


 他のクラスメイトたちは、広間の中を自由に見て回っている。何人かが横穴を覗いたりと、この場所の雰囲気に慣れてきたようだ。


「なあ、おれの思い過ごしだったら悪いんだけどさ」


 唐突にユイトが言った。


「ここって普段立ち入り禁止じゃん……でもこの祭壇、ホコリひとつ付いてないって、おかしくね?」


 そう言われて、俺もイリーナもリアも祭壇をマジマジと見た。


 大きな黒曜石を切り出したかのように黒光りする墓標には、ここで死んだであろう魔術師の名前が小さく刻まれている。とんでもない数だ。もう100年以上前のものだが、確かに、いささか綺麗すぎる気がしないでもない。


「ホントね…誰か掃除しに降りてきてるのかな?」

「墓標なら掃除しててもおかしくないか……」


 イリーナの言葉に、ユイトが納得しかけたその時だった。


 広間に女子の悲鳴が響いた。きゃあ、と漏れたようなその声は、しかしすぐに吸い込まれるように消えた。


「何!?」

「えっ!?」


 イリーナとリアが驚いて振り返る。その小さな悲鳴に気付いたクラスメイト達も、キョロキョロと当たりを見回している様子だ。


「おい…エナがいないぞ!!」

「エナ?」


 混乱を避けるためか、ユイトが小さな声で言う。確かにクラスメイトの顔ぶれの中に、制服を派手に着崩し、アクセサリーをふんだんに付け目立つはずのエナの姿はなかった。


 ……というか、よくよく見てみると、クラスメイトの数が足りないような気がする。


「ミコの姿もない。ってか、なんか少なくね?」

「ああ、俺も今そのことに気付いたところだ」

「横穴の探検にでも行ったのかなぁ」

「バカなこと言ってんじゃねぇよ…どう考えても、俺たちはマズイことになってる」


 人が少しずつ消える。それはまさに、今フェリルを襲っている現象と同じだ。


 何となく考えてはいた。


 かつての魔術師たちは、この場所で道を違った。新政府に認められ、協会魔術師として表へと出ることを決意した者達と、反対に魔術師たちだけで独立しようと志した者達。


 ここは彼らにとって重要な場所のはずだ。そして、重要な場所がそのままアジトになることは大いにあり得る。おあつらえ向きに、ここには無数の横穴が存在し、フェリルのどこか地上と繋がっていてもおかしくはない。


「ふむ…ユイト、お前はここに残って全員の安全を確保しろ。俺はいなくなったクラスメイトを探す」

「わかった」


 ユイトは頷いて、担任の方へと向かっていった。深くは事情を聞いてこなかった。さすがは俺の弟子だ。話が早い。


「ねぇ、探しに行くのよね?」


 振り返ると、イリーナが力強い眼差しを俺に向けていた。どうせイリーナは付いてくるんだろうと思っていたが、どうやらリアまでもがそのつもりのようだった。


「止めても付いてくるんだろう?別にいいが、自分の命は自分で守れよ」

「わかってる……やっぱりレオは、冷たくなったね」

「え?」


 こんな時に何の話だと思った。もし議員達を攫ったあの魔族の仕業だとしたら、攫われた人間たちは生きているはずだ。急ぎ救出する必要がある。


 だけど俺は、何故か踏み出した足を止めてイリーナへと視線を向けた。


「前のあんただったら、付いてくるなって言ったと思う。でも結局は許してくれて、そんなやりとりが嬉しかった。あたしたちを心配してくれてるってわかったから。でも、今のあんたは同じような口調だけど、心配してくれているわけじゃなくて、本気で勝手にしろって思ってるんでしょ?」


 図星だった。俺は今、本気で好きにしろと思っていた。


「レオに何があったのかは知らない。きっと最強の魔術師として必要なことだったんだって、わかってる。でもね、今のレオは全然カッコよくない。憧れていた『金獅子の魔術師』は、誰よりも人間臭くて、お人好しで、意外と面倒見よくて、優しくてカッコいい魔術師だった」


 ズキリと胸が痛んだ。また、得体の知れない痛みが心臓を締め付けた。〈封魔〉で縛られていたときのように。


 感情は捨てた。いや、本当にそうだろうか?


 どうして、イリーナの言葉がこんなにも痛いんだろうか?


 人の感情は、脳の働きとホルモン分泌によるもので、心なんて機関は存在しない。


 それなのに。


 それなのにどうしてこうも胸が痛むのか。


 答えのない現象ほど気持ち悪いものはない。


「……くだらねぇ。行くぞ」


 今はこの違和感に蓋をして。


 イリーナとリアの視線から逃げるように、魔力感知のために力を解放した。大きな広間から、無数に存在する横穴へと魔力を放ち、魔族や魔術の痕跡を探った。

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