第41話 拠点奪還作戦④


 というわけで、俺は野営地の中心、焚き火を囲むために少し広くなったそこで、兵士たちに囲まれた。


「何をするんだ?」


 ジゼルは興味深げに俺の前に座っているが、他の兵士たちは疑い深い視線を向けている。


 それでも言われた通りに、ちゃんと武器を持ってきているあたり真面目な兵士たちだ。


「俺は魔術師で、お前ら兵士たちはあまりいい印象を持ってないと思う。ジーンみたいなやつばっかなのも認める。そんな魔術師に従って、明日魔族狩るぞ!なんて納得できねぇよな」


 誰もなにも言わなかったが、それぞれの顔を見回せばわかる。


 不信感や疑心、はなから興味なさそうな奴。少し笑顔を浮かべる奴や、俺の言葉に声を出して笑った奴もいる。


「でも俺も早く帰りたい。キレイなオネーチャンがいる店に行きたいし」


 誰かが笑った。釣られるように、さらに何人か笑う。


「んで、だ。俺はお前らの為に願う。みんなが家に帰れるように。出来るだけ怪我をしないように。その手に持った武器が、その役目を果たせるように」


 正直速攻で詠唱文を構成したから、今の魔力で効果を発揮するかはわからないが、それでも気休め程度になれば良いと思った。


「〈剛健なる心、金剛の鎧、英傑の刃、内なる者の願い叶え、彼岸の花に散ることなし〉」


 俺の詠唱は、兵士たちの武器に強化と守護のエンチャントを与えるもので、魔道具を作るのに似た技術だ。唱え終わると兵士たちの持つ武器が、淡い黄色の光に包まれ、それはすぐに消えた。


 簡易的なものだから魔道具といえるほどのものでもなく、すぐに効果も消える。


 同時に、その詠唱は俺の魔力をごっそり持っていった。思わず胸部を抑えて声が漏れるのを我慢する。


「スゲェ…よくわからんが、剣が軽くなった気がする」


 兵士の誰かが言った。


 ひとりがそう言うと、他の兵士たちも口々に感想を言い出した。


「オレの槍、こんな鋭かったか?」

「言われてみると欠けてたとこが直ってる」


 マジか。そこまでするつもりはなかったんだが。


 まあいいや。


「ありがとうな、にいちゃん!!」

「明日頑張れる気がするぜ!!」


 最初、疑いの眼差しを向けていた兵士たちが、すっかり笑顔になった。


「金獅子……おれは今までいろんな戦場に行ったが、こんなことしてくれた魔術師は初めてだ」


 ジゼルは俺の隣に座り直すと、自身の剣を眺めた。その剣にはちゃんと、俺の詠唱の効果が付与されている。


「ただの気休めだ。魔族相手には意味ない」

「そんなもんははなから意味ないさ。おれたちが魔族にあったら、その辺の草木と一緒で速攻踏み潰されるだけだ。でもよ、俺たちはその心意気に感謝する」


 剣を治めるたジゼルが、右手を差し出した。


「お前のような魔術師になら、命を預けても悔いはない」


 差し出された手を握り返す。剣だけを振るってきた、ゴツゴツした戦士の手だ。


「命はいらない。それはお前らのもんだろ」

「違いねぇ」


 ハハッと、笑い合う。


 少しでも魔術の素晴らしさを知ってもらえるのなら、それは魔術師が魔術師である意味だ。


 魔術は芸術。


 人の心を、動かすことも出来るんだぜ!!








 翌日、野営地は慌ただしい朝を迎えた。


 魔族を倒すための準備に追われる兵士たちが、俺を見ると挨拶をしてくれる。


 それに適当に答えながら、朝ごはんを探していると、ピニョがポツリとこぼした。


「なんであんなことしたんです?」


 昨日からムスッとしているピニョだ。兵士の武器に簡易的なエンチャントをかけた事を怒っているようだ。


「なんでって、特に意味はない。何度も言うがただの気休めだ」

「気休めでレオ様の命を危険に晒すなんて、ピニョはイヤです」

「俺が死にそうみたいに言うなよ」

「死にそうになってましたです。魔族と闘うのはこれからです……」


 その点は確かにとしか言いようがない。


 加減はしたつもりだったが、あの詠唱の強化の部分に修復も含まれてしまったから、思いの外魔力を使ってしまった。


 余談だが急速に魔力がなくなる感覚は、高いところから落ちる時の、お尻の穴がキュッとなるのに似てる。


「ま、なんとかなるさ。今までと同じだ」

「レオ様…今までと同じじゃないです……レオ様は、とても弱くなってしまいましたです……」

「お前なぁ、俺が一番気にしてること言うなよな」


 プクッと頬を膨らませるピニョのパンパンのほっぺを、両手で挟んで潰してやった。


「ブブッ!レオ様!?」

「アハハッ、お前マジでブスだな」

「ムキュウウウッ、レオ様に言われるのならブスでもいいのです!」


 プイっとそっぽを向くが、照れてるのか顔が赤い。可愛い奴め。


「ピニョ、帰ったらデートしようか」

「ふぇっ?本当ですか!?」

「うん」

「絶対約束です!!」

「わかったよ」


 それでもうご機嫌なのだから、単純で扱いやすい女の子だ。チョロいぜ。


 魔族のいる城は、野営地から2キロ程東に進んだところにある。昔侵入した時のままなら、城の攻略は簡単だ。


 魔族には貴族階級が存在し、力のある奴ほど領地を主張する為に城を建てる傾向がある。


 その城は、魔族の魔力属性を反映したものになりがちで、俺が今まで見てきた中で特にインパクトがあったのは、一見砂の山に見える城で、足を踏み入れるとズボズボして歩きにくかった。


 一週間は軍靴から砂がこぼれ落ちたことを覚えている。とんでもない奴だった。


 ちなみにシエルの城は、とても人間的で俺でもそのまま住める。ただ、神経質なあいつと四六時中同じ屋根の下にはいたくない。パンくず落としただけでブチギレるのだ。


 今回の城は、四階建ての普通の一般的な城だが、全て金属でできている。鉄か、なんかそういうシルバーのアレだ。


 以前の持ち主は、金属を操って様々な武器を作る魔族だったが、俺の魔剣の糧になった。


「なんでこの城が陥落したんだ」


 城の近くまで歩き、突入の機会を伺っている時にジーンが言った。


「単純に、人間が守りきるには不向きだっただけだ」

「どういうことだ?」

「だから、剣とか弓で守りきるには、入り口とか廊下がデカいんだよ」


 魔族は莫大な魔力で城の中を自在に変えられる。この城を建てた奴は、大規模な魔術が行使できるように城の中を伽藍堂にしていた。


 そんな障害物もない吹き抜け状態の城を、人間が剣と弓で守りきるのは不可能だ。


「所詮魔族の作ったものだ。俺たち人間が扱える物じゃないってことだよ。わかったか二級魔術師のジーンくん」

「いちいち嫌味な言い方をするな!!」


 俺をバカにしていたくせによく言うぜ。


 城の入り口には、もはやなんの生き物が原型がわからない魔獣がうじゃうじゃしていた。


 二足歩行で手は地面につくほど長く、全身紫色のドロドロに覆われている。お口は下品なほど大きく、だらしなく下がった顎からドロドロを垂れ流している。ドロドロが垂れた地面は、しゅうしゅうと音を立てて溶けているようだ。


 キモい。めっちゃキモい。


「ピニョ、先に帰りますです」

「おいいいいっ、裏切り者!俺もアレはキモいんじゃああああ!!」

「レオ様がぐちゃぐちゃのドロドロになってもいいように、ピニョはお風呂を用意して待ってますです」

「おまっ……他意はないよな?」


 ピニョは、ん?と首を傾げる。良かった。ピニョは正常に成長しているようだ。


「ふざけてないでこの先どうするのか説明しなさいよ」


 キューネが緊張感のないため息を吐き出し、ローラントがやれやれと首を振る。


「俺に作戦を提起しろと言ってんのか?」

「当たり前よ!あんた元特級でしょ?」

「そうだな…じゃあ、お前らが突入しろ。俺は援護にまわる」

「え?」


 意外!と、キューネの顔が物語っている。


「ああ、お前らが先に魔族を探せ。やれんのならやればいい」


 魔術師たちの目がぎらついている。


「連携すればなんとかなるだろう。一応、任務規定上は二級と三級の混成部隊で魔族討伐可能となっているからな」


 底辺の魔族なら、という俺の見解は黙っておく。


「後で文句いわないでよ」

「金獅子様はそんな小せえ事気にしねぇよ」


 ニヤリと笑ってやれば、キューネたちも同じように笑う。


「じゃあ、任せたから」

「お前が俺らに追いつくころには、魔族なんて死んでるからな」


 そう言って、バカな魔術師五人組は、颯爽と城へ向かっていった。


 その後ろ姿を見送る俺に、ジゼルが言った。


「いいのか、あいつらに先に行かせて」

「問題ない。俺らは確実に行こうぜ。どうせあいつらに魔族討伐は無理だ」

「お、おい…まさか……」


 ジゼルが言い淀む。俺の真意に気付いたようだ。


「俺がなんで魔術師協会クビになったか知ってるか?」

「いや、知らん」


 それはさ、


「俺がクズ野郎だからだ」


 あいつらはただの捨て駒。俺より先に魔族と遭遇して、精々俺のために情報を得ておいてくれよな。


「ハッハッハ!!お前は、あいつらより余程魔術師らしい魔術師だな」

「当たり前だ。俺は特級魔術師だぞ!元だけどな」


 さて、ジーン達がそろそろ魔獣と会敵するし、俺らも行きますか。


「お前らは死なねぇ程度に頑張れよ。命の責任までとらねぇからな」


 俺の言葉に、約100人の兵士が雄叫びを上げる。


「突撃ー!!」


 うおおおっと城へ向かっていく兵士たち。


 ちょっとやってみたかったから嬉しかった。


 魔獣達が俺たちに気付いて動き出す。


 歩みは遅いが、粘液を吐き出すから近付けない。


「〈地の底より出し、灼熱の真紅、顕現せよ: 火炎弾〉」


 俺が放った火の球が、魔獣を一匹焼き尽くす。汚水みたいな嫌な匂いがした。


「ピニョ!兵士たちの援護にまわれ!」

「了解です!」


 ピニョはボフンと僅かの煙を撒き散らし、小さなドラゴンの姿で空中を舞う。


 そのドラゴンにしては可愛らしい口から、白く燃え盛る炎の息を吐き散らす。


 魔獣に表情がもしあったら兵士たちと同じような驚愕の表情を浮かべていただろう。


 ピニョの吐く白銀の炎が、次々と魔獣を燃やし尽くす。


 だが、それでもドロドロの魔獣は僅かしか減らない。


「ヒイッ!?」

「〈凪の風、嵐の防壁、打ち払え:空絶〉」


 ドロドロを被りそうになっていた兵士の前に風の防壁を築く。ついでに〈火炎〉で魔獣を燃やし、城へと走る。


 ジーンたちはすでに城内へ侵入したようだ。


 俺は兵士たちの援護をしながら、ちまちまと魔獣を倒すのに苛立ちを感じていた。


 封魔さえなければ、こんなザコどもすぐに消し炭にできるのに。


「金獅子!」


 ジゼルが大声を出した。振り返ると、ドロドロの魔獣がすぐそばにいた。


「〈静謐の棺、眠るは獅子の鼓動、目覚めるは双黒の刃、血の誓いの元、我が命に応じよ:黒雷〉」


 魔剣を空間から引き抜く。そのまま魔獣を斬り裂いた。


「サンキュ!!」

「お、おう!!」


 キリがない。


「〈静謐の棺、眠るは獅子の鼓動、目覚めるは双黒の刃、血の誓いの元、その力を示せ:紫電黒波〉」


 魔剣から刹那の黒い稲妻が走り抜ける。それは俺の魔力コントロールに応じて、辺りに散らばる魔獣のみを撃ち砕く。


「ガハッ!!」

「金獅子っ」


 多くの魔獣を黒焦げにした代わりに、血を吐き散らして膝をつく。ジゼルが慌てて駆け寄ってきた。


「大丈夫か!?」


 その血を拭って立ち上がる。足がふらつくが、仕方ない。


「大丈夫、だっ、ゲホっ」

「レオ様!」

「ピニョは援護に集中しとけ!」


 こっちへ飛んでこようしていたピニョは、ピタッと動きを止めた。さすがピニョだ。ちゃんとやるべきことはわかってる。


「金獅子、さっきのでここはなんとかなりそうだ」

「おう。んじゃああとは任せた」


 俺の付与したエンチャントの効果もあって、切れ味の良くなった武器を振るう兵士たちに目立った怪我はないようだ。


 それを確認して、俺は城の入り口へ走る。


 と、頭上から爆発音が轟いた。金属の窓枠から、高温の炎が噴き出る。最上階だ。


「〈神速、剛魔の鎧、降りしこの身に、疾く変われ:強化〉」


 身体能力と強度を上げて、一気に加速。タンと地を踏んだだけで四階へ到達する。ガラスの嵌められていない窓枠から中へと侵入。


 記憶通りの冷たい金属の室内は、驚くほど暑かった。


「あっれ?もう一人いたんだ」


 部屋の入り口に、朱色の髪で灰色の目を持つ魔族の少年がいた。魔族は不死であり歳をとりはしない。しかし個体差はあるが、一定の年齢までは外見年齢がかわる。


 目の前の魔族は、大体シエルとヨエルの間くらいだ。


「悪いが、今までのはお遊びだ」

「そう。なら、ぼくを楽しませてよ」


 室内にはジーンが転がっていた。衣服のあちこちが焦げて穴が開いているが、幸い生きている。


 それを確認した直後、室内をさっきよりも威力のある業火が埋め尽くした。


「〈空絶〉!」


 ジーンに駆け寄っている暇はなかった。だから、魔術名だけで円環を二重構成して、ひとつをジーンにかける。二級魔術の技術だが、無詠唱の魔力消費は半端じゃない。


「アガッ、イッツ……」


 業火は防いだが、噛み締めた歯の隙間を溢れた血が溢れ、金属の床にポタポタと落ちた。それは熱せられた天板の様な床に落ちた瞬間から、ジュッと音を立てる。


「キミ、かわいそうなことになってるけど」


 魔族の少年が封魔に気付いて嘲笑う。


 金属の床に移る自分の姿を見ると、痣は指先や目の下にまで拡がっていた。


「これくらいのハンデがないと面白くないだろ」

「アッハハ!強がりも大概にしなよ!!」


 少年が身の丈に似合わ無い長剣を召喚した。その刃から高熱が発せられているようで、周囲が陽炎のように揺らめいている。


「邪魔な魔術師は死ねよ!!」


 剣を片手に、踊るように迫る少年。その刃を、黒雷で受ける。普通の剣ならば刃を合わせただけで溶けてしまうだろうが、黒雷はバカみたいに頑丈だ。


「魔剣!?」

「そうだよ。お前だけが特別だなんて思うなよ」


 触れ合った刃を、黒雷の電荷が弾く。少年は咄嗟に後方へ回避した。


「っ、でも、ボクの方が有利なのに変わりはない」


 そう言うと、少年が体内で魔力を練り上げた。それに反応して、周囲の気温が上がっていく。焼け付くような暑さの中、なるほどと理解した。


 少年はこの金属の城を守るには適任だ。高熱と金属が反応し、室内は立っているだけでもやっとなほどの温度となっている。


 あまりの熱さに、呼吸がままならない。


「はっ、はっ」

「苦しいでしょう?人間には耐えられないよね」


 苦しげな呻き声を上げるジーンが気になるが、俺は自分の事だけで手一杯だ。


 とりあえず、巻き込まないためにも場所を変える必要がある。


「〈鎮る水面、清流の流れ、洗い清めよ:水波〉」


 水色の円環から水が溢れ出し、小さな波を起こす。


「そんな可愛い水の魔術で、ボクの高熱に勝てると思ってんの?」


 少年が嘲笑う。しかし、俺は別に、全部冷やそうとか思ったわけではない。つかそんなこと言われなくてもわかってるわ!!


 俺の放った〈水波〉は、熱せられた鉄板のような床の上で急速に沸騰。水蒸気となって部屋中に充満した。


 目眩しのつもりだった。


「なっ、見えない!?」


 少年魔族が慌てているのを尻目に、水蒸気に紛れ、俺は部屋を飛び出す。


「逃げんな!!」


 気付いた少年が間髪入れずに追いかけてくる。


 向かうのは、一番広い一階の広間だ。そこなら熱も分散するだろう。


「〈強化〉!!」


 よりスピードを出すために、身体強化を重ねる。しかし、魔族である少年の動きも速く、一階に辿り着くと同時に追い付いてきた。


「終わりだ!!」

「ッ、いっ」


 少年の高熱を発する長剣の切っ先が、俺の背を右上から斬り裂く。


 前方宙返りで転がって距離を取る。斬られた背は、焼け付くような痛みだが、幸い傷は浅い。


「真っ二つだと思ったんだけどなぁ」

「斬れ味が悪いんじゃないか」

「うるさいっ!!」


 再び向かいあい、互いの出方を伺う。広間が熱を帯びる。


「フン、どうやら、他の魔術師を巻き込まないように移動したらしいけど、ボクの魔力は超広域をカバーできる。やろうと思えば、城ごと高熱の檻にする事も出来るんだよ」

「そうか……」


 誇らしげに言う少年に俺は俯く。それを、少年はどう見たのか、高らかに笑い声を上げた。


「残念だったね!まあ、最初の五人よりは楽しめたよ……少しだけ、だったけど」


 アッハハ!と、笑い続ける少年魔族に、俺は言ってやる。


「フッ……アッハッハッハ!!お前はアホか?どうやら俺を知らないらしいな。下っ端の下っ端もいいところだ!!」


 急に笑い出した俺にビビったのか、少年魔族は表情を引きつらせて一歩引いた。


「な…なんだ?お前なんて知るわけないだろ!?」

「それがお前の運の尽きだ!」


 この俺を知らない魔族?アホか!


「〈紫電の雷、黒雷の咆哮、天より下されん〉」


 詠唱完了。できたのは三重にかさなる、特大の円環。


「超広域?ふざけんなよ。俺からすればな、お前の魔術はお遊びみたいなもんなんだよ!!」

「っな!?そんな、」


 驚愕に目を見開く少年魔族に、俺は不敵に笑いかける。


「消え失せろ、〈雷双破〉!!」


 いく筋もの稲妻が室内を駆ける。現れた黒い雷の槍が、少年魔族に光速で降り注ぐ。


 ジーンたちを巻き込みたくなかったのは、少年の魔術にではない。俺の魔術に、だ。


「ギャッ……」


 少年魔族は、叫び声を上げることもままならないまま、超高温の雷に撃たれて消え失せる。


「ウッァ…クソ、やり過ぎた……」


 目の前が白くスパークし、頭がグラグラする。立っていられなくて、その場に膝をつく。全身に拡がっているであろう封魔の痣が、指先にくっきりと禍々しく浮かんでいる。


「ゲホッ…死ぬ…」


 生きたまま溶かされるような痛みだ。身体中が熱い。心臓が狂ったように不規則に鼓動を打っているのがわかる。呼吸をするたびに、あふれる血液がボタボタと血溜まりを作るのを、ぼんやりとした視界が捉える。


 これは死んだ。そう思った時だ。


「フン、お前が『金獅子の魔術師』か。ガッカリだ」


 は?と、顔を上げる。瞬間、そいつは軽く蹴りを放った。動作自体は軽いのに、爪先が脇腹に減り込むほどの威力があった。


 吹っ飛んだ俺は、金属の壁にしたたかに背中を打ち付け、そのままずるずると床に落ちる。


「ッハ、ゲホッ、ゴホッ」


 肋骨が何本か折れたのはわかった。


「せっかく直接顔を合わせられる機会だったが、ボロボロのお前とやりあっても面白くない」


 そう言いながら、男はゆっくりと近付いてくる。逃げるか?いや、無理だ。これ以上魔力を使えば、確実に死ぬ。


「まあでも、少し味見をしてやろう。今のお前の実力も、それで少しはわかるだろう」


 男は呟くように言って、徐に俺の前にしゃがみ込む。


 片手を伸ばし、倒れる俺の右腕を掴む。


「はな、せっ!」

「フハッ!ボロボロのクセに、威勢だけはいいようだ」


 振り解こうと力を込めるが、まるで自分の腕じゃないみたいに力が入らない。


「さて、ちょっと我慢しろ、よっ!!」

「あああああっ、イッ、ヤメロ!!」


 男が俺の腕を掴んだまま、無理矢理捻った。骨がバキバキとイヤな音を立て、形容し難い痛みが走る。立ち上がった男の足が右肩を踏み、ついには肘から先の腕を引き千切る。


「っっっつ!!うぐ…」


 痛みは無い。すでに何も感じない。薄らと見える視界の中で、男はニヤリと笑う。


「魔族は、大きな魔力を持つ人間を食うと、その力を取り入れることができる。さて、お前はどれくらい強くなったかな?」


 ガブリと、まるで骨付き肉でも齧るように、引き千切った俺の右腕に噛みつく姿は、まさに魔族のそれだ。


 いくつもの任務で、人間が魔族に喰われるのを見た。


 まさか、自分の腕を喰われるところを見る事になるとは、思いもしなかった。


「んー、まあまあだな。まあまあってのはいい事だぞ?まだ伸び代があるって事だからな」


 男はそう言ってニヤリと笑う。


「お前には期待しているからな。精々死なないように頑張れ」


 フッと男が消える。


 唐突にやってきて、唐突に消えたそいつは、俺と同じ金色の髪に魔族の灰色の眼をしていた。

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