第39話 拠点奪還作戦②


 それから数日は何事もなく平和だった。


 放課後は相変わらず組み手をしていて、驚いたことに、時たまキルシュが顔を出すようになった。


 キルシュは協会の事情聴取で、数日学院にいなかった。アイザックが渡した薬の影響の検査もあったらしく、問題はないという事で学院に帰ってきた。


 学院生同士の決闘が日常茶飯事な学院だし、バリスの一声でこの件は片付いてしまった。


 裏にいるのが特級魔術師ってこともあるから、あまり嗅ぎ回られたくもないとの協会の判断だろう。


 キルシュは何度も俺に謝ってきたが、もうどうでもいいので適当に許してやった。すると今度は、「僕もレオくんの組み手に参加したい」と言い出した。


 強くなるために努力するのは良いことだし、妙な親近感を抱いたユイトの勧めもあって今に至る。


 そんな日々は、しかしやっぱり長くは続かない。








 学院に入学して一か月と半分過ぎた時だ。


「レオンハルトくんは…このクラスだったかしら?」


 午後一の授業中、眼鏡の女教師がクラスにやってきた。担任の先生は黒板に四級魔術の攻撃魔法を羅列しているところだった。


「レオくんは、ここのクラスですよ。ほらあそこの金髪の子ね」

「金髪?…ああ、初日に上級生とやりあった子ね」


 そんな話もあったなぁと思っていると、その女教師が俺に手紙を渡してきた。


「これ、至急開封するようにって、なんだかよくわからない黒服の方が仰ってて」


 渡すだけ渡し、女教師は教室を出て行く。受け取った手紙には、宛先など何も書かれていない。


 ただ、裏返した途端理解した。


「ウゲッ」

「どうしたの?」


 イリーナが机に身を乗り出して覗く。


「その封蝋の刻印って、騎士の剣と薔薇…ってことは、何か国からの手紙?」


 この国で一番有名な刻印だ。交差する二本の剣に薔薇の花が絡んだ紋章は、ナターリア国の国章だからだ。


「ま、まあ、中身については気にしないでおこう」

「ダメよ。何か大事な内容だったらどうするのよ?」


 イリーナがごもっともな事を言うが、俺は嫌な事は後回しにするのだ。


「だって今授業中だし」

「あんたがちゃんと授業聞いてるところなんて見た事ないけど」

「い、今ほら、眠くて内容がわからないかもしれない」

「先生の授業が退屈って言ってるのかな?」


 先生が悲しい顔をしてこっちを見た。


 クラス内が早く開けろよという空気に包まれる。


 そもそも俺宛の手紙に、なんでそんなに興味津々なんだよ。


「わかったよ!開けるよ!」


 授業が進みそうにないので、俺は観念して手紙の封を切る。


 中には一枚の便箋が入っていて、それは縁取りに魔力による精緻な装飾が施された偽造対策付きのものだった。


「あんた、それ誰からの手紙なの?そんな細工された便箋初めて見た」

「こんなん送ってくる奴は一人しか知らない」


 そう。俺はもう、国章の付いた封蝋を見た時点で察していた。


 特級魔術師の頃に、何度も送られてきていた物と同じだ。


「何で書いてあるの?」


 イリーナが急かすので、しゃあなし便箋の文字を目で追う。


『レオンハルト様

 突然の手紙に、驚かれている事と思います。

 単刀直入に申し上げます。

 東部の防衛拠点が陥落しました。

 至急、ナターリア国会議事堂へいらして下さい。

             ルイーゼ・マルゴット』


「ねぇ、ルイーゼって…」

「イリーナ、それ以上喋るな」


 予想通りだ。


 この国の元首は、俺がクビになった事を知らないのか?


「はあ。ヤバいやつに呼び出しくらったぜ」

「やっぱりそうなんだ……」


 ちょっと引き気味のイリーナだ。それもそうだ。


 俺を呼んでいるのは、この国のトップである女元首、ルイーゼ・マルゴットだった。







 久しぶりに、学院の制服ではなく白いシャツと黒のスラックスで外に出た。


「レオ様は学院の制服も素敵ですが、やっぱりいつもの格好が一番カッコいいです」


 くだらない事をいうピニョを連れて、国会議事堂へ足を踏み入れる。


 建物の作りは、魔術師協会とさほど変わらないが、協会とは違って警備の兵が物凄く多い。兵士は殆どが魔術を使うことができない。兵士に紛れている魔術師は、魔術師協会から派遣された奴だ。つまりはバリスの部下だ。


 なかなか複雑な体制だが、魔力を持つものと持たないもので価値が違う。そう判断されてしまうのが、国防を担う兵士たちだ。彼らの殆どが、給料払いに惹かれて兵士を志願する。他の職よりハードルが低く、給料は良い。身寄りのないものも多いから、死んでも問題ない。


 世界の仕組みは残酷だ。生きるために死地へ向かう。大いなる矛盾。


 そんな人間の死を少しでも減らすために、魔術師が兵士の中に組み込まれる。魔術師が防御に徹すれば、いく人かの兵士の命は助かる。あくまで、魔術師がそうすれば、の話だが。


 くだらない、と言い切るには、俺はそのシステムに組み込まれ過ぎている。


 だからこその、この呼び出しなのだ。


 魔術師協会と似たような作りのロビーで、数人の兵士が不審な顔をして俺を見ていた。


 いつもならライセンスカードを出せば、それで通してもらえたが、今はそんなものはない。


「ルイーゼに金獅子が来たって伝えてくれ」


 窓口の年配の女にそういうと、表情を曇らせた女は身分証を出せと言った。


「学生?悪いけれど、ルイーゼさんは子どものイタズラに付き合っていられるほど暇じゃないの」


 と、折角出してやった学生証を突っ返してきた。


「それもそうだな」

「?」


 納得する俺に、違和感を抱いたのか女が目で兵士を呼ぶ。駆けつけた兵士が、物凄く面倒臭そうに言った。


「君、ここでふざけるのはダメだよ」

「ふざけてはいない。ほら、その手紙を貰ったんだ」


 ルイーゼからの手紙を兵士に渡す。中を改めた兵士は、内容というよりも便箋に刻まれた細工を見て固まった。


「も、申し訳ございません!すぐに取り継がせます!」


 兵士は慌ててロビーを走り抜けていく。状況がよくわかっていない受付の女が、物凄く不審な目で俺を見ていた。


 しばらく待つと、黒服の男が一人やってきた。ルイーゼのボディガードの魔術師だ。白く無機質な建物の中に、突然浮き出た黒いシミみたいだ。


「レオ、久しいな」


 黒服は感情のわからない口調で、いつもと同じ事を言う。


「何ヶ月ぶりだよ。ルイーゼはまた、俺に無理難題をふっかけてくるのか?」

「それについては、彼女から直接聞いて欲しい。ただ、無理難題である事だけは認めよう」


 うぇえ。話を聞く前から嫌な気分になった。


 男はそれ以外なにも語らず、ついてこいと促してくる。俺に拒否権はないから、いやいやついて行くしかない。


 カッカッカッと、軍靴が硬い床を踏む音だけが鳴り響く建物内を歩き、階段をいくつか登った先に国家元首の執務室がある。


 魔術師協会の会議室より幾分か小ぶりの扉をあけて中に入ると、ルイーゼが執務机の向こうで俺を待ち構えていた。


 逆光に照らされて顔はよく見えないが、にこやかな笑顔を浮かべているのはわかる。いつもそうだからだ。


「ようこそ、『金獅子の魔術師』。お待ちしていましたよ」


 ルイーゼは歳の割に張りのある声で、嫌味のように言った。


「悪いけど、金獅子なんたらはもう引退した」


 協会をクビになった時点で、国家規則に則ると俺は魔術師では無い。国の定める魔術師の基準は、協会に属してライセンスを発行されているものの事を言うからだ。


 もっとも、もともと野良の魔術師は、そういった規則に準ずる事を拒否し、単純に魔力を扱う者を魔術師としているから、そういう意味では魔術師と名乗る事はできる。


「ふふ、あなたから魔術師である事をとったら、他になんの取り柄もないわ」


 こいつが国家元首じゃなけりゃ、俺は今すぐ息の根を止めてるね。せめて顔だけは良いと言ってくれ。


「そんな取り柄のない俺に何の用だ?」


 わざわざ魔術師否定されに来たわけではない。さっさと要件を言って欲しい。


「手紙にも書きましたが、東部の拠点が陥落しました。そこで、あなたに取り返していただきたくて」

「簡単に言ってくれるが、無理だ」


 東部拠点は、俺が特級に上がってすぐの頃に魔族が占拠していた城を落とした事で手に入れた。その名の通り、ナターリアの東部に位置していて、その向こうは魔族が多く住んでいる地域だ。


 その為、手軽な拠点をと思って奪った城に人間が拠点を置いたのであって、もともとは魔族の家だった。


 陥落したというが、正しくは奪還されたのだ。


「無理、とは、どうしてかしら?」

「どうもこうも、もともとは魔族のテリトリーであって俺たちが守れるようにはできていない城だった」

「では、もう一度奪って頂戴」

「だから、それは無理だ。前は油断したところを適当に倒せた。集結し、身構えているところに向かって行くのは不利だ」


 前は確か数人の魔族しかいなかった。さっと忍び込んで、後ろからドスってやった。卑怯?もともと俺はクズ野郎なんだぜ!


 奪還された後という事は、それなりの戦力がとどまっていると考えられる。


「なら、どうすればやってくれるのかしら?」

「やらない。そもそも、クビになったのも、魔力を封じられているのも知っているだろ」


 封魔をかけたのはザルサスだが、その指示には国も関わっている。だから、ザルサスは自分の判断で解けないと言った。


「ではこうしましょう。国家元首として命令します。東部拠点を奪還してください」


 俺は黙って拳を握りしめた。悔しかった。命令と言われたら逆らえないからだ。


 ナターリアでこの先も生きていこうと思うのなら、国家元首の命令は絶対だ。


 それくらいの力を持っているのが、目の前で不敵に笑うババアなのだ。


「わかった。ただ、絶対は約束できない」

「ええ。それでもよいのですよ。あなたが無理なら、我々が諦める理由になりますもの」


 ナターリアを治める女が、ニコリと笑う。悪気もなく、ただ自身の仕事に忠実に。


 それは静かな、死の宣告だ。

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