第79話 初めてのアルバイト⑨


 ユイトの肩を借りて、なんとか地下から出た時には、地上が近付くにつれて響いていた破壊音は止んでいた。


 破壊の衝撃でチリが舞う廊下へ出ると、笑顔のシエルがいた。


「やあ、レオ」

「お…おお」


 随分とスッキリした顔をしている。


「君と関わるようになってから、一番やりがいのある仕事だったよ」

「それは…なによりだ」


 白で統一された立派な建物は、見るも無残な状態だった。壁は穴だらけだし、ガラス張りの窓は粉々で飛び散った破片が散らばっている。


 ただまあ、シエルが暴れて建物が残っているのだから、こいつなりに抑えてはいたようだ。


「時間がないから、とりあえず君の修復だけさせてくれるかな」


 シエルが俺の額に手を伸ばしながら言う。魔力感知もまともにできない俺には予想することしかできないが、これだけ暴れたのだから協会魔術師がむかっているのだろうと予想はつく。


「あのさ」


 封魔のせいでボロボロの身体を、出来るだけ元に戻そうとシエルの魔力が頑張っているのを感じていると、珍しくシエルの優しい声がした。


「なんだ?」

「君の、目ん玉どこいったの?」

「え?」


 俺の身体を支えていたユイトが、なんのことだ?と俺の顔を覗く。


「あっ!!!!」


 忘れてた!!


「はあ。レオってバカだよね…そろそろ時間切れだ。見つけたら教えて。治せると思う」


 そう言ってシエルはパッと〈転移〉で消える。相変わらず礼を言う暇もない。


「目ん玉って、どう言うことだよ?」


 理解できていないユイトが、戸惑ったような顔で言う。それで、思い出した。


「おまっ!!俺の目ん玉ごと燃やしやがっただろ!?」


 それどころではなかったとは言え。


「ああああ、今から取りに行っても遅いかな…ヤベェ、無い眼から涙がでそう」

「ちょ、ちょっと待てよ!だからどういうことだよ?」


 俺の肩を掴んでガタガタ揺するユイトに、その、グロいところを見せてやった。


「うわっ、キモっ!」

「うるさい!!言っておくがぐちゃっとされるよりマシだからな、多分」

「ぐ、ぐちゃ?」


 顔を痙攣らせるユイトを無視して、取りに戻ろうか真剣に悩んだ。燃えていなければいいのだが。


 封魔の影響は、シエルの力でも完全に抑えることは難しい。それでも、今まで感じていた不調や痛みは随分とマシだ。


 相変わらず頭がぼんやりしていて魔術は使えないが、それもマシになりつつある。


 破壊された廊下で逡巡していると、バタバタと足音がいくつか近付いてきた。


「なにをやっとるんじゃお前は!!」


 怒鳴り込んできたのはザルサスだった。協会から駆けつけたようだ。


「ジジイ!珍しいな、あんたが外でるなんて」


 ジジイは協会魔術師を何人か引き連れていた。本当に魔族が襲撃して来た場合には、少し心許ないメンバーだ。


「偶然わししかおらんかったんじゃ!!」


 なるほど。夜間勤務の数少ない魔術師をかき集めてきたわけだ。


「一体何があった?」


 ジジイの視線が、俺を一瞥する。血だらけのボロボロだから、ジジイはちょっと嫌な顔をした。


「地下を調べてみろよ。めっちゃ驚くぜ」


 そう答えると、ジジイは他の魔術師へと視線を送り、その魔術師たちが地下へと向かう。


「そんなことよりお前、その眼は、」


 と、珍しく悲しげな顔をするジジイ。一応育ての親として、それなりに心配はしてくれるらしい。


「平気だ。二つあるんだから、ひとつくらいなくたって変わりはしない」


 実際、片目が見えないのは体験済みだ。過去の任務でも、何度か悲惨な事故にあっている。石が飛んできたり、魔族のグーパンがヒットしたり。


 だから、俺は別に平気なのだが。


「ごめん…本当にごめん……おれの所為だ」


 俯くユイトが、絞り出すように言った。


 近くを、応援に駆けつけた協会の魔術師が数人、慌ただしく地下へと駆けていく。


 そんな状況で、ユイトの周りだけズーンと暗く沈んだ空気が漂っている。


「おれがレオを父さんたちに近付けなかったらこんな事にならなかった」

「それは違う…ってか正直わからん。あいつらがやろうとしていたことは、いずれ誰かが犠牲になるような実験だった。ある意味で、頑丈な俺が第一号で良かったんじゃないか」


 誰が悪いとか、それがそんなに重要な事だとは思わない。


 結果的に誰も死んでいないし、ヤバい研究も阻止できた。それではダメなのか?


「良くない!!」


 ユイトが急に顔を上げて叫んだ。俺も、ザルサスでさえ驚いた。


「おれが両親の言うことを聞いていれば…魔術師になんかなりたいなんて言わなければ、レオを巻き込むことも無かったんだ!!」


 これは俺の悪い癖なんだが、急に怒鳴られると勢いで怒鳴り返したくなるんだ。クズだからかな?


 この時も、俺はほとんど脊髄反射で言い返した。


「あーしてればよかった、こーしてればよかったなんてどうにもなんねぇことグチグチ言ってんじゃねえよ!!俺の人生に於いてお前なんかただのモブじゃねえか!!俺を理由に後悔してんじゃねぇよウゼェ!!」


 バチーン。


 ちなみにこれは俺がザルサスに引っ叩かれた音な。


「何という酷いことを言う奴なんじゃ!!」

「痛いだろクソジジイ、おい!ちょ、もう本当叩かないでっ」


 ボロボロの俺にザルサスは容赦ない。


「全く、お前というやつは!人の気持ちを何一つ考えんクズじゃな!!」


 はいはい、おっしゃる通りです。


 たださ、俺はユイトから、魔術師になりたいなんて言わなければよかったなんて言葉、聞きたくなかったわけよ。


 誰だってそう思う事もあるだろう。


 俺だって後悔はそれなりにしてる。


 そんな俺が言えるのは、自分の後悔を人に言うものではないということだ。


 だって、実際俺は大変な目に合って、目ん玉ひとつ無くし、今にもぶっ倒れそうな気分でここにいるのに、「おれの所為だ…ごめん…あの時こうしとけば…」と、言われたらどんな気分になる?


 とっても申し訳ない気分になる事が想像できるだろ?


 「お前の所為だよ!!」と、言えたらいいのだが、今回のことは別にユイトが悪いわけじゃない。


「レオの言う通りだな。後悔しても、もう遅いんだ」


 ヒデェ顔してるユイトの頬を、涙が一筋伝う。


 逆に俺は盛大なため息を吐き出した。ザルサスに睨まれながら。


「んじゃあユイト、今ここで俺に土下座しろ」


 ユイトが、え?と言う顔をしたのと、ザルサスがまた俺の頭を叩いたのが同時だった。


「バッカモーン!!」

「うるせぇしイテェよ!!」


 戸惑うユイトに向き直り、俺は続ける。


「お前が悪いって自分を責めるなら、被害を受けた俺に土下座しろ。それでチャラだ」


 後悔は引き摺ってもいい事はない。


 立ち直って同じことを繰り返さなければいい。学びがひとつでもあればそれでいい。


 ユイトの両親の事も、これから大変だろうと想像はつく。魔術師に反感を持ち、世間に隠れてヤバい研究をしていたと後指さされることもあるだろう。


 分かり合えないままかもしれない。そうなれば、ユイトは魔術師としても、人としてもひとりになってしまう。


 今ここで俺にたいして後悔しているよりも、この先の方がきっと大変だ。


 ユイトが俺に負い目を感じているのなら、それは今俺が精算してやるのが一番だ。


 この俺が、指導してやってもいいと思える将来有望な魔術師の卵なんだから、ここで折れて欲しくはない。この先も魔術師として自信を持ってほしい。


 だから俺は言う。


 一応それなりの覚悟を持ってな。


「土下座して言えよ?……不出来な自分を『金獅子の魔術師』の弟子にしてくださいってな」


 唖然としたユイトとザルサスの顔はなかなか見ものだった。

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