第65話 記憶の枷③
☆
ダミアンの研究所からの帰り道、暗くなった住宅街を歩いていると、突然パッとシエルが現れた。
「うわっ、おまっ!?なんなんだよ?」
めっちゃビビった。
だって俺今とても疲れているから、普段の魔力感知とかもう消しカス程度しか機能していなかったからだ。
「レオ、話がある……何かあった?」
シエルは真剣な表情で現れたが、すぐに眉根を寄せて睨んできた。
「何もない」
「ウソだね。僕らどれだけの付き合いだと思ってるの?その今にも死にそうな顔を見れば、また君が危険な事に首を突っ込んでるのはわかる。そのうちその首が胴体から離れてしまうよ?」
想像すると恐ろしい。
「危険な事じゃないが…そうだな、お前にも話しておく方がいいか」
シエルに会うのはいつぶりか。
……そういや模擬戦の時の魔族について、話すのをすっかり忘れていた。
……というか、あの時俺は確実に死ぬと思ったのに、こいつ来なかったんだが。
「俺は今重要な事を思い出した!!お前、俺を一回見捨てただろ!!」
そう言うと、シエルは笑顔のまま首を傾げた。しばらくそのままでいたかと思うと、急に理解したように「ああ」と言った。
「この間のことか。僕ちゃんと行ったんだけど、ちょっと手を出せる状況じゃなかったんだ。ほら、特級魔術師が何人かいたし」
うぐ、確かに。ダミアンもペトロもいた。あいつらにシエルの事がバレるのも厄介だ。
「それにすぐに医療班が来たからね。まあいいかなって」
「まあいいかなって、俺の命軽っ」
「それより」
笑顔のまま話を変えやがるシエル。酷い奴だ。
「たまにはゆっくり話をしよう」
「はぁ?」
何を企んでいるのか、シエルはニッコリして言った。
それから、徐に片手を俺の額に当てる。
「死にはしないけどボロボロだ。来たついでにある程度修復してあげるけど……君、僕に内緒で何してるの?」
シエルの魔力が、俺の身体の中を流れる。だから、シエルには分かってしまう。
「それも込みで、俺もお前に話がある」
「わかった。立ち話もなんだし、その辺の店にでも入ろう」
「は?」
この魔族様は、自分が魔族だと言う事を忘れたのか?
「そんな顔しなくてもわかってる。ほら、こうすれば簡単にはバレないよ」
と、両眼を瞑り、再び目蓋を開けた時には魔族特有の灰色の眼は、俺と同じ深い蒼へと変わっている。
「便利な奴」
「魔族だからね」
とは言え、瞳の色を変えて魔力を抑えたとしても、魔術師だらけのこの街で、ちょっとお茶しようぜと言うシエルは十分変態だ。
「さて、あまり時間もない。早く済ませてしまおう」
「ん」
こうして、人間を装った魔族とフェリルの街を歩き、適当な飲み屋に腰を落ち着けた。
飲み屋と言っても、綺麗なねーちゃんがいるわけではない。健全な店だ。店内には夕食のみを注文している客もいる。
こんな所、協会にみつかったら俺は確実にアウトだ。学院卒業後の特級復帰どころか、二度とフェリルに足を踏み入れる事も出来なくなるだろう。
「それで、レオの話は?」
俺の向かいの席で、フライドポテトなんかを摘んでいるシエルは、どう見ても人間だ。フライドポテトって……こいつでもそういうの食べるんだと、出会ってから初めて知った。
「2年くらい前に俺が倒した透過能力を持った魔族いただろ」
「ああ。覚えてるよ」
俺たちがリストにした中に、その魔族はいた。上から順に消していく中のひとりだった。
その能力自体は大した事なかったが、そいつは透過によって得た情報を他の魔族へ流していたから、早急に始末してしまおうということになった。
「俺は確かにそいつを殺した。それこそ、チリになるくらいに燃やしてやった……はずなんだか、この前学院に現れた魔族が、そいつの顔を持っていた」
シエルがフライドポテトを摘んだまま動きを止めた。
「それって、死んでなかったってこと?」
「わからん。能力も透過だった。それも、物理透過だけではなく、魔力透過の能力も併せ持っていた」
「……生き返ったついでに、能力強化までして、そんなに君に復習したかったのか」
「冗談言ってる場合じゃねぇよ。そのせいで危うく死にかけたんだぜ」
そう言うとシエルがフフッと笑った。
「でも負けなかったんだろう?それで、僕に隠し事をしている」
「隠しているわけではない。お前がこっちに来ないのが悪い」
シエルの城は、今の俺が〈転移〉するには遠すぎる。
「まあいいよ。その隠し事っていうのは?」
「だから隠してないって……魔族とやり合った時に、薬を貰った。封魔の影響を抑え、魔力を効率よく使用するためのものだ」
その薬を少しでも使えるものにすることができれば、封魔で縛られていたとしても今までより楽に魔族を倒せる。
俺はその為に、こうしてほとんど毎日ダミアンの研究所へ出向き、血反吐吐きながら協力しているのだ。
その成果もあり、固有魔術を発動する事が可能になった。まあ、効果も継続時間も元々の俺の力からするとクソみたいなものだが。
その事を、洗いざらいシエルに話す。シエルは険しい表情で聞いていた。
「君はその、ダミアンという特級魔術師を信用しているみたいだけど、僕から言わせればものすごく胡散臭い」
聞き終わると一番にシエルはそう言った。
まあ、俺も思わないでもないよ?
知り合ったタイミングといい、あの魔族が現れたことといい、都合のいい薬を持っていたことといい。全て偶然というには、出来すぎている。
「でもさ、俺はそれにかけるしかないんだ」
封魔を解いてもらうのが一番いいのだが、それが叶わないのなら別の方法を探す。魔術師は探求する生き物だ。それが例え、危険と分かっていても痛い目に遭うまで好奇心を抑えることはできない。
「レオは出会った時からそうだけど、バカだよね」
「うるさい!そうでもしないと、俺はこんな弱いままで生きてはいけない」
弱いまま魔族に負けるより、圧倒して自ら死ぬ方がいい。
魔術師ならば誰でも、自身の最大の力を行使する高揚感を知っている。
俺もそうだ。
簡単に忘れられるものではない。
良く分りもしない薬に頼るような、バカな生き物なのだ。
「そんなに思い詰めている君に、酷な話だとは思うけど。僕はただ弱音を聞きに来たわけじゃない」
シエルの表情は厳しい。
そうだな。俺は今、柄にもなく弱音を吐いている。
現状が。俺を縛る全てが。
もどかしくて苦しい。
力を使えない事が、こんなにも俺を追い詰めるとは思わなかった。
それは多分、自分の愚かさだ。
力任せに全てを思い通りにしてきた、自分の弱さだ。
そして俺はまた、愚かな選択をしているのかもしれない。
最初はこんな気持ちで、魔術師になろうと思っていなかったのにな。
特級を目指した頃も、まだ純粋に誰かを救うとか魔族から守るとか考えていたはずなのに、今の俺は使えない力を求めて彷徨うだけの哀れな元魔術師だ。
「レオ、僕が君に伝えなければならない事は、ヴィレムスについてだ」
その言葉で、シエルがなんでこんなに真剣な顔をしているのかがわかった。
「今日、ジェレシスが僕の城に現れた。彼の部下が近く人間の村を襲うという話だった。その標的になったのがヴィレムスだ。そこにいるという、特別な固有魔術を持った人間を狙っている」
シエルが話した内容を、俺は深呼吸して受け止める。
「わかった。伝えてくれてサンキュな」
「……僕も行くよ」
シエルが何を考えているのかはわからない。ただ、純粋に手を貸そうとしてくれているのなら、俺はそれに甘えようと思う。
使えるものはなんでも使う。
俺は誰もが認める、クズ野郎だからだ。
★
消灯時間はとうに過ぎているのに、イリーナは眠れずにいた。部屋の灯りも全て消してもどうしても眠れない。
カーテン越しの窓から見える学院内の街灯が、オレンジ色に鈍く光っているのをなんとなく眺めて、眠気が来るのを静かに待つ。
そんなイリーナの耳に、僅かに物音が聞こえた。
獣化の影響か、聴覚が鋭敏になったことも眠れない原因かもしれないと思うイリーナだが、その聴覚のおかげでクラスメイトの不良行為を発見する事が出来た。
イリーナの部屋は二階に位置している。カーテンをサッと開け窓を全開にすると、ちょうど真下を通っていた人影が驚いたのか飛び上がった。
「おわっ……なんだ、イリーナか」
「あんた今何時だと思ってんのよ?」
真下でコソコソしていた、というより男子寮へ向かうのに女子寮の前を通らなければならないからか、足音を出来るだけ消して歩いていたレオは、突然開いた窓を見上げてふて腐れたような顔をした。
「何時でもいいだろ別に」
「良くないよ。学院の規則知らないの?」
「知ってる!だが俺には関係ない!!」
なんて奴だ、とイリーナは顔を顰めた。自由人といえばマシだが、実際はただのクズだ。どうせまた、如何わしいお店にでも行っていたのだろう。
「バリス教官に言いつけようか?」
「好きにしろよ。あんなゴリラ怖くもなんともない」
「あっそ。それで、どこ行ってたの?」
そう聞けば、レオは眉間にシワを寄せてイリーナを睨む。
「お前には関係ないだろ」
「ですよねー。あんたってそういう奴よ、どうせ」
はいはいわかってますよ、とため息をつけば、レオは少し罰の悪そうな顔をした。
「……本当はシエルと会っていた。悪いんだが、明日から少し出かけてくる」
思わずマジマジとレオを見つめてしまうイリーナだ。
「どうしたの?やけに素直じゃない」
今までなら絶対に話してくれなかっただろう。今日はなんだか変だ。
「前、勝手に任務に行ったらお前めっちゃ怒ったじゃん。だから今回は先に言っておく。多分数日は戻らない」
「どこに行くの?」
「……それは言いたくない」
そう言うレオの表情には、深い悲しみがあった。暗くてもわかるくらいだ。イリーナはそんな彼にさらに聞こうとは思えなかった。
「いいわ。あたしは知らない顔しておいてあげる。いつ行くの?」
せめて見送るくらいなら良いだろうと思ったのだ。無事に帰ってきてねと、言って送り出してあげたい。
「昼には出るけど、午前中は授業に出るよ」
「意外と真面目になったのね」
「まあな」
それだけ言うと、レオはヒラヒラと手を振って男子寮へと歩き出す。
その背中がとても小さいと思ったのは初めてだった。
★
☆
未だ日も出ていないうちに目を覚ました俺は、少し迷った挙句にいつも通り学院の制服を着た。
なんだかんだ言って、かっちりした軍人みたいな学院の制服は機能的で動きやすい。
多機能的な収納がある制服に必要な装備を整えていると、ふにゃふにゃと言いながらピニョが起きた。
「レオ様…ピニョもお供します」
「いいよ、今回は。シエルがいるから」
「でも、」
今にも泣き出しそうなピニョの頭を撫でる。シルバーの柔らかい髪を、ぐちゃぐちゃにしてやった。
「あわわわわわっ、レオ様!嬉しいのですがやめて欲しいけどやめて欲しくないような複雑な気分ですっ!!」
「朝からうるさい奴だな」
そんなことをして、ちょっとは笑えるのだから案外俺はタフなのかもしれない。
昨日全てシエルにぶちまけたこともある。悔しいが、イリーナの言う通り誰かに話すことで気分が落ち着くのは当たっているかもしれない。
「準備はいい?」
スッと現れたシエルに、今日は驚きもしなかった。寝ている間にピニョが回復してくれたお陰だろう。封魔の影響はまだ少し身体にキツイけど、精神的な疲労が無くなったおかげで、魔力感知も問題ない。
出かけるには十分な体調と言えるだろう。
「んじゃあピニョ、あとは頼んだ!」
「ふぇ?ピニョはなにを頼まれたのです!?」
戸惑う寝起きのピニョに、ニヤリとしてやる。
「バリスに適当に言っといて」
「イヒッ、ピニョには荷が重いですっ!!」
途端にガタガタ震え出すピニョが面白くてつい声を上げて笑ってしまう。
「遊んでいる暇はないんだけど」
「わかってるよ。んじゃ、またな」
そう言ってシエルの腕に触れる。〈転移〉で運んでもらうためだ。
シエルが〈転移〉の為に魔力を練るのがわかる。魔族特有の、お世辞にも気持ちがいいとは言えない魔力の感覚に顔を顰めた時だった。
「ちょっと待った!!!!」
「「えっ!?」」
シエルと同時に目を向けた先。
イリーナがドアを開け放って突っ込んできた。
〈転移〉が発動する。
それはシエルと俺と、無理矢理ねじ込んできたイリーナを一緒くたにして発動した。
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