第116話 クーデター2


 フェリルに戻った、翌日の早朝。


 頭の中に、俺を罵るかつての仲間の声がしている。


 思わず笑みが溢れた。


 それは未だに罪悪感を抱きながら、震えているか弱い自分に対しての笑みだ。心の中に密閉されている罪悪感は、まだ捨て去ることはできそうにない。


「何を笑っておるんじゃ」


 ザルサスが呆れたように言った。本気で気持ち悪いものを見るような目を向けている。失礼なジジイだ。


「いや、〈封魔〉を解除してもらえるのが嬉しくて、ついな」


 なんて誤魔化しておく。


「……悪かったのう。国家の言いなりであることが求められる協会魔術師であるが故、お前の過去も省みず、命令されるがままに酷いことをした」

「気にすんなよ、ジジイ。俺もその国家の犬なんだからさ。ジジイが悪いわけじゃないってわかってるぜ」


 俺たちがそんな会話をしている今、バリス、ダミアン、ペトロの特級三人は、ナターリアで起きた悲しい実験の真相を報道機関に垂れ込みに行っている。


 はたしてその結果、何がどう変わるのかはわからない。多分速攻でルイーゼが揉み消しに動くだろう。


 その前に、俺はルイーゼ本人に復讐を果たさなければならない。


 っても、別に殺してやろうと思っているわけじゃない。謝罪が欲しいわけでもない(土下座してくれるのならありがたく見といてやるけど)。ましてや、この実験を最初に始めたであろう当時の国家元首は、すでにこの世にいないことがわかっている。


「さて、レオよ。〈封魔〉を解いた上で、ルイーゼを失脚させることができなかった場合、ワシも国家の反逆者となるだろう」


 ザルサスがさも愉快そうに笑った。ヴィレムスで燃え盛る暖炉を囲んで、長い冬を退屈凌ぎのカードゲームに明け暮れていた時と同じ笑顔だと思った。


「その時は、また野良魔術師として共に世界を見て回ろうか」

「イヤだ」


 間髪入れずに答える。ザルサスはゲラゲラと声を上げて笑った。


「つれない弟子じゃのう!」

「ジジイの世話に一生を費やすのはごめんだ」

「それが弟子の勤じゃ」

「絶ッッッ対にごめんだ!それに、ジジイが心配するようなことにはしない。俺がこの国を変えてやるからな」


 不敵に笑って見せると、ザルサスはため息を吐き出し、〈封魔〉を解除するための詠唱を唱えた。


「〈禍きもの、勁きもの、我が名をもって戒めを解き、放て:封破〉」


 ザルサスの力強く年季のいった魔力が俺の身体を覆う。溶け込むように浸透して、その気配が消えると同時に、それまで〈封魔〉によって感じていた不調の一切が消え去った。


「肩凝りが取れたような気分だ」


 わざとらしく肩を回して見せる。


「君はやっぱり、その方が君らしいよ」


 一連の様子を見ていたシエルが言った。


「残念だったな、シエル。もう俺に勝てない」

「久々に本気でやりあってみる?」

「いいぜ。感覚を取り戻すのにちょうどいい」

「やめんかバカ者共!ワシの家をめちゃくちゃにする気か!!」


 まったく、と怒り出すザルサスが、一転して険しい表情を浮かべる。


「さっそくで悪いが、レオよ」

「わかってるって。悪の巣窟に乗り込むんだろ?」

「一応本人の言い訳も聞いてやらんとのう」


 俺もザルサスも、昔のように視線をかわしてニヤリとした。協会に入ってからはそんな関わりもなかったから、なんとなく懐かしい気分だった。


 呆れた顔のシエルに留守番を頼み、俺はザルサスと〈転移〉でルイーゼのいる国会へ向かった。






 その騒ぎは、国会のロビーから始まった。


「ザルサス様!?急な訪問は御通しできません!!」


 受付の女性が、困ったように大きな声で言った。その年配の女性は以前、レオを門前払いしようとした女だった。


「困ったのう。急用なのじゃ」

「で、でも、」


 困り果てた女性が視線を泳がせ、それに気付いた警備兵が近付いた。


「ザルサス様、ここは国政の場です。しかるべき手順を踏み、アポを取っていただかないと…」

「そんなことわかっとるわ!!」

「で、でしたら…」


 などとやり取りが行われているロビーを抜け、チリひとつなく磨き上げられた廊下を抜け、階段を上がった先。


 四階のルイーゼの執務室では、ルイーゼ本人が執務机について唇を噛み締めていた。


 ワナワナと震えた手には、有名新聞社に紛れ込ませた部下の走り書きのメモが握られている。本来は情報操作のために紛れ込ませている部下だが、先ほど送られてきたメモには、約三十年前から続いてきた忌々しき研究についてタレコミがあったという、頭の痛くなる内容が記されていた。


 当時のナターリア政府は、国益のためと称して一部の魔族と取引をした。それはくだらない賭けだったが、そのために投じた予算は計り知れない。


 そして作り上げられた研究所で生み出された成果物は、結局その本来の目的に使用されることなく破棄された。


 ひとりの少年が、偽りとエゴによって塗り固められた箱庭を破壊したことがきっかけだった。


 研究所は即時閉鎖され、研究や魔族との賭けは頓挫した。残ったのは魔族とのパイプのみだ。


 それと、厄介なまでに強くなってしまった生き残りの少年。


 ルイーゼが国家元首の地位を手にして約六年だが、この少年に関する対応が最も面倒だった。


 特級魔術師となった、までは良かった。


 しかし、魔族側からすれば、次第に強すぎる少年が邪魔になっていった。研究に関わった貴族達は少年を始末しろと要求を突きつけてきた。さもなくば国ごと滅ぼすと、脅し付きで。


 ルイーゼとしても、そうなる事を予測していたため、少年に無茶苦茶な任務を振っていつか命を落とす事を願っていた。にも関わらず、どんな過酷な任務を振っても無事にやり遂げ、いつしか『金獅子の魔術師』などと呼ばれ、人々から支持されるようになってしまった。


 頭の痛い状況に、焦ってしまったことは認める。最終手段として、少年を〈封魔〉で封じさせ学院に放り込み、魔族の力や、時には非人道的な脅しでもって特級魔術師を抱え込み、その命を奪おうと画策してきた。


 そのツケが、今まさに自分自身に回ってきた。


 聞けばロビーに、その少年が来ているという。


 新聞社には揉み消し不可能な情報を、三人もの特級魔術師が持ち込んでいるという。


 さらには、魔族側とも連絡が取れなくなり、その魔族にも、少年に協力している者がいるという。


 終わりだ。


 その少年は間違いなく自分を殺すだろう。もしくは、運良く生き延びたとしても、軍部の暗くジメジメした独房で一生を終えることになる。


 私が始めたわけではないのに。


 国家の抱える因習のツケを、自分が払わなければならないことが許せない。


 ルイーゼは恐怖よりも、憤りを感じていた。自身の行いを悔い改めるなんて人間らしい心など持ち合わせてはいない。


 国を支配する人間もまた、魔術師と同じくどこかハッキリと歪に、壊れた人間だった。

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