第110話 魔族と魔術師4
☆
「〈紫電の雷、黒雷の咆哮、天より下されん:雷双破〉」
俺は昔から、雷系統の魔術が得意だった。簡単な話だ。俺の雷系統への属性変換をみた施設の職員だった女が褒めてくれた。だから俺はこれを極めようと思った。
その頃は魔術の難易度も知らなければ、四元素以外の魔術が難しい事も知らなかった。
他の仲間にはできない、俺だけの力だと思っていた。
「レオ様……」
背後からピニョの声がした。俺の目の前には、小さな池があった。水底から湧き出る水が、小さな水泡を浮かび上がらせている。
もともとここに池はなかったんだが、俺たちがダミアンのログハウスに拠点を置くと、飲み水が足りないという話になり、次の朝にはここに池があった。
パーシーが気を使ってくれたようだ。本当に不思議な森だなあと思う。
「レオ様」
もう一度ピニョが俺を呼ぶ。その声は、ものすごく悲しげだった。
「なんだよ、ピニョ?」
「……ジェレシスが呼んでるです」
「ああそう」
次のターゲットが見つかったんだな。
「……ピニョはレオ様の魔術が大好きです。歌うみたいな詠唱も、キラキラした円環も、レオ様のものが一番です」
そう言いながら、ピニョは俺の腰に両腕を回し、後ろから抱きついてきた。
「でもでも、例えレオ様が魔術師を辞めても、ピニョはレオ様についていくです……グスッ、フグッ……」
「……泣くなよ、ピニョ。泣きたいのは俺の方なんだから」
初めて人を殺してしまってから、すでに十日ほど経っていた。その間に俺は、さらに二人手にかけてしまった。
二度目までは〈黒雷〉で。三度目、つい昨日の晩だが、その時俺は〈雷双破〉を相手に叩き込んだ。
その結果これだ。
唱えた詠唱はなんの反応もみせず、目の前の水面は穏やかなまま。
どうやら俺は、詠唱に嫌われてしまったようだ。
「ハハ……『金獅子の魔術師』は、死んだみたいだ」
「レオ様……」
魔力自体はまだちゃんと俺の中にあって、やろうと思えばなんだってできる。
だが、魔術師と魔族の違いは、詠唱の力を引き出せるかどうかであり、魔族が詠唱を唱えてもなにも起きない。
そういう意味で、魔術師としては俺は完全に終わった。
「まあ、それでもいいさ。これは罰なんだから」
声を殺して泣くピニョの手を引いて、ダミアンのログハウスに戻る。
中にはすでにジェレシス、シエル、ダミアンがいて、何事か話し合っていた。
「ピニョはヨエルと外に出てろ」
「はいです」
子どもに嫌な話を聞かせたくなくてそう言うと、ピニョもヨエルも素直に従ってくれた。
「遅ぇよ」
ジェレシスが腕を組んで俺を睨む。
「……悪い。それで、俺は何をすればいい?」
「随分と調子が悪そうだが、ヤル気だけはあるようだな」
ダミアンが心配気な表情で口を挟んだ。
「それもそうでしょう。辛いことをさせているのは君だ。わかっていて言っているのならタチが悪い」
「もちろんわかっていて言ってる。コイツは仲間に償わないといけないんだからな」
「その事なんですが!!別にレオンハルトさんだけが悪いわけじゃない!!同調した全員の責任でしょう!?」
徐々に怒りを増していくダミアンを、しかしジェレシスは鼻を鳴らして嘲笑った。
「それを、死んだ子どもにも言うのか?死体がどうなったかは知らんが、聞いてもらえるといいな」
「っ、じゃあ君は死んだ子どもたちに、復讐をしてくれと言われたのか?死体がどうなったかも、わからかいのに」
ジェレシスがダミアンを睨んだ。ダミアンも負けじと睨み返す。
「はあ……あのさぁ、僕の意見も聞いてもらえると嬉しいんだけど」
「なんだよ、シエル?」
二人とも睨むのをやめてシエルを見た。
「僕はまず、レオをどうにかした方がいいと思う」
俺?
急に一斉に視線を向けられると、なんかちょっと気恥ずかしい。
「君、酷い顔をしてる。前回食事をしたのはいつ?昨日は寝られたの?僕は魔族だけど、友達の体調を気遣うことくらいはできる」
一瞬シエルが天使に見えた。
めっちゃ良い奴!と、感動さえした。
「シエル……」
感動でちょっとウルッとしながらシエルを見やる。ニッコリ笑うコイツ、マジで良い奴!!
「レオが倒れでもしたら、行動を共にしてる僕が面倒なんだから。運んでやるのもシンドイんだよ?」
やれやれとシエルが、心底面倒そうな顔をする。
あー、はいはい、コイツはこういう奴でした!!!!
俺の心配をしたフリをして、自分の事しか考えてない奴でした!!!!
「心配して貰わなくとも!!俺はいつも通りだ!!オメェに迷惑はかけねぇよ!!」
「どうだか…」
心底ムカつく。が、シエルの言う通り、食事も睡眠も満足に取れていないのは事実だ。
俺の精神は、自分がおもっているより脆弱。それを、とても実感している。
何か食べなければと思えば思うほど喉を通らないし、眠ろうとすれば夢を見る。それも、かつての仲間と、殺した人間が輪になって俺の周りを回るという突拍子もない夢だ。
「ともかく俺は大丈夫だ。早く誰を殺せばいいか言えよ」
シエルが、嘘付き、という顔をした。いつも散々吐き散らしているのを、コイツだけは知っている。
「レオンハルトさん……」
「ダミアンもさ、もう口を出さないでくれるとありがたい。俺はもう、後戻りは出来ないんだ」
何を言われてももう遅い。俺の手は既に血で汚れているし、詠唱の力にも見捨てられた。
「フハハッ!本人が言ってんだから、もう文句はねえよなぁ?」
勝ち誇ったようにジェレシスが言う。ダミアンは口惜し気に唇を噛み、それからは何も言わなかった。
「んじゃあ早速だが、お前はこれからローレンスに行け。そこに元研究者の住む家がある」
「わかった」
言われたことに従う。俺はそれが楽だと思い始めていた。
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