第21話 陰謀の影④


 おっと、思わずエサっていっちゃった。


 まあその通りだし否定はしないが、何も蹴ることないだろ?


「まあまあ、助けに来たんだし許せよ」

「あんたのせいでしょ!!」


 確かに。


 俺の事が邪魔な奴は、人間にも魔族にも沢山いる。


 そいつらは今の俺なら殺せると判断し、いち早く手を出してくるとは、余程腕に自信があるようだ。


 『金獅子の魔術師』が学院にいると知っているのは、特級魔術師とどっかの偉い人。こいつらは、俺の事を周囲に知られたくないはずだし、知られた場合は殺しに来るとふんでいた。


 だからその敵を誘き出すために、ユイトとリアにも話し、エサとして利用した。


 はずだったが、三人とも一同に介しているとは思わなかった。エサの意味ない。


 まあでも、とりあえず一人は見つけた。


「お前らの文句は後で聞いてやるが、今はそんなことより、お前がなんで俺を殺したいのか聞きたいところだ。なあ、レリシア」


 そう言うと、背後でイリーナ達がハッと息を飲む。


「レリシア、さん?なんで?」


 リアが泣きそうな声で聞くから、俺はいい事を教えてやる。


「魔術師なんてみんなウソツキなんだぜ。優しくしてくれた奴が…特級魔術師が全員いい奴とは限らない」


 そう、まさにこの俺がクズであるようにな!!


「良くわかったわね。わたしがあんたを狙ってるって」


 レリシアは建物と建物の間から現れた。冬場に見る蜃気楼みたいに、どこか儚く捉え所のない影みたいだ。


「バリスのお陰だ。バリスはそっちの仲間だと思っていたけど、どうやら違うらしいし、大方、俺のライセンスが解析されて焦ったんだろ」


 ライセンスが改竄されている、もしくは、はなから表記がおかしい事には、俺はマジで気付いていなかった。


 クズでダラしないとよく言われるが、自己管理もなかなかできないので、ピニョが怒るのも頷ける。


「そうね、あんたが四年間も気付いてない事に驚いていたんだけど、バリスの所為で台無しよ」

「誰に指示されたんだ?」


 レリシアに、ひとりで全てを計画できるほど力はない。それに命令された以外に、俺と敵対するほどバカでもない。


 ならどっかに黒幕がいるはずだ。


「言うわけないでしょ」

「そりゃそうだな。にしても、焦り過ぎじゃないか?本当は任務体験の時に殺すつもりだったんだろ?」

「そうよ。だから無理言って参加したんだけど」


 できなかったわけだ。


「魔獣に邪魔されたんだってな」

「……そうよ」


 狼達の事は、どうやらバレていないようで何より。


「でもいいの。今あんたを殺せば、それで済むんだから」


 レリシアが不敵に笑う。辺りの気温が、また低下しはじめた。


「魔術師は口ではなく技術で語るってやつか」

「その通りよ」


 レリシアの笑みが消えた。同時に、その姿さえも見えなくなる。


 魔力の流れを追うが、ここはレリシアの魔術の中だ。そこら中に魔力が漂っていて本人を特定するのは不可能に近い。


「ど、どうなってんだ?」


 状況を全く把握出来ていない三人が、お互いをかばうように身を寄せ合う。


「レオ様ああああっ!!」


 そんな緊迫した空気をブチ壊す、ド天然ピニョが現れた。テッテッテッと、そこがお花畑なら非常に可愛らしい感じで駆け寄ってくる。


「空気を読め!」


 目の前でピタッと止まったピニョの頭を叩く。


「痛いです…」

「知らん。まあ、いいところに来た。褒めて遣わす」

「レオ様ぁ」


 ピニョはニヒャアと笑うが、ほんと空気読めよ。


「なんなの、この子」

「可愛い!!」

「ロリッ!!」


 と言ったのは上からイリーナ、リア、ユイトだ。


「レオ様、ピニョがお守りするのです。やっちゃいましょう!!」

「おう、お前はそれしか取り柄がないからな、頼んだ」

「辛辣なレオ様も素敵です」


 段々相手にするのが面倒になってきた。


「〈我の声に応えよ、凍てつく大地、零下の大気、生けるもの全ての火をも凍結せよ:氷牢〉」


 レリシアの一級魔術が完成する。空間を極寒の地に変え、その中に捕らえた獲物を瞬時に凍結させる魔術だ。


 歯の根が合わないほどの寒さが、身体の芯から熱を奪う。体温が急激に下がる事によって、骨格筋が震え、徐々に皮膚感覚が麻痺する。32度を下回ると、人は意識障害を起こす。


「も、立ってられない…」


 リアが地面に崩れる。他の二人も、顔色がめちゃ悪い。


「レオが大人しくしてくれるなら、その三人は助けてあげるわ」


 どこからともなく響くレリシアの声。だが、


「信用できないな。俺たちは、歌うように嘘をつく魔術師だからな」

「そうね。あんたの言う通りよ」


 結局いつもそうだ。魔術は芸術。音楽や絵画のように美しいのに、結局最後は力尽くだ。残酷だろ?


「レオ様っ、封魔も全力で抑えますです!出来る限り、ピニョに任せてくださいです!」


 ピニョが俺の左手を握った。空いている右手を掲げる。


 んじゃ、圧倒的なやつ、いくか。


「〈我の声に応えよ、灼熱の大地、業火の息吹、生けるもの全ての影をも焼き尽くせ:灼牢〉」


 詠唱も円環構築も完璧。遅延ゼロで魔力を流し込む。熱風が辺りを包む。温度を上げすぎるとその辺の何かが発火するから、力加減が重要な魔術だ。


 それと同時に心臓を抉られるような圧倒的な痛みが走る。封魔の力が身体の内側を蝕んで、食いしばった歯の間から血が溢れる。


「ゴホッ」

「レオ様!!」


 ピニョの魔力が左手を通して流れてくる。癒しの効果を持つピニョの力が、封魔を抑えようと鬩ぎ合っているのがわかる。


「っ、レオ!あんたのそんな力じゃ、あたしの氷牢は負けないわ!」

「どうかな?俺はまだまだイケるぜ」


 レリシアが全力で魔力を流し込む。俺の魔術とレリシアの魔術が競いあい、あたりの気温が上がったり下がったりと忙しい。


 特級魔術師同士の戦いは、結局魔力量の差だ。


「あんたバカね。そのまま続ければ、あたしの魔力が尽きる前に、あんたが封魔の呪いで死ぬわ」


 勝ち誇ったようなレリシアの声。確かに痣は、掲げた右手の肘まで達している。それでもピニョがいるから、シエルとやり合った時よりマシだ。


「なら、その前に消し炭にしてやるよ」


 俺は多分、笑っていた。いつもそうだ。窮地ほど、命をかけるほど、楽しくなる。


「ピニョ、悪い」

「ふえっ!?」


 魔力の量を引き上げる。身体が悲鳴を上げ、痣が一気に広がったのがわかった。


「俺の勝ちだ、レリシア!!」

「っう、ウソでしょ!?」


 俺の円環が一際輝く。レリシアの氷牢を、俺の灼熱の魔力が全て消し飛ばす。


「ぁああっ」


 氷牢が崩れさり、レリシアの構築した空間が消える。姿を消していたレリシアが、少し離れた所で両膝をついて項垂れている。


 魔力の枯渇が著しく、円環を破壊されたダメージで息も絶え絶えだ。


「ぅぐ、そんな…封魔で弱ってんじゃないの…」


 俺を睨みつけるレリシアの瞳には、まだ力強いものがあった。


「レオ様!やりましたです!」


 ピニョがガッツポーズをするのを無視して、俺はレリシアに近付いた。歩けるのが不思議なくらい、ヨロヨロの俺を、後ろから誰かが支えてくれる。


「もう、フラフラなんだから無理しないで」

「イリーナ」


 ちょっとビックリしたが、悪い気はしない。


 そうしている間にも、口からは血が溢れてくるが、なんとかレリシアの前に立つ事ができた。


 どうしてもレリシアに言いたい事があった。


「レオ様、この機会に黒幕の正体を聞き出しましょうです」

「ああ、そうだな」


 ピニョが意外とまともな事を言う。


「だけどその前に、言いたい事があるんだ」


 ピニョだけではなく、イリーナまでもが怪訝な顔をした。


「俺がクビになった時、俺はちゃんと見てたんだ…お前、俺を笑ったよな?」

「は?」


 レリシアの動きが止まる。あんた何言ってんの?と、その目が言う。


「あん時のこと、土下座して謝りやがれ!!!!」


 そう言って、俺はレリシアにかかと落としを決める。レリシアが白目を向いて倒れる。


 決まった……


「あんたバカなの?」

「同感です」


 イリーナとピニョのため息を最後に、俺はその場でぶっ倒れた。








 駆けつけたバリスが目にしたのは、ピニョとイリーナに支えられたレオが、レリシアにかかと落としを決めた所だった。


「あんの、アホ…」


 思わず片手で顔を覆うバリスだが、しかし、レリシアを倒せたのだから満足としようと自分に言い聞かせた。


 血溜まりを作って倒れたレオに駆け寄る。


「何があった?」


 訊ねると、イリーナが驚いてビクリと体を揺らす。


「バリス、教官…えと、レリシアさんがレオの敵で…」


 いまいちよくわからない説明とも言えないものだが、やはり予想した通りレリシアはレオの敵だったと言うことはわかった。


「ったく、ひとりで突っ走ってんじゃねぇよ…」


 レオの首筋に手を触れる。弱ってはいるが脈はある。痣の広がり具合から、急いだほうがいいと判断し、バリスはレオの身体を肩に担ぐ。


「こいつは病院送りだ。代わりに、知ってる事を全部話せ。お前全員な」


 威圧的なバリスの視線に晒されて、三人は震え上がった。が、一際挙動が不審なのはピニョだ。


「ピニョも来い!!」

「はひぃ!了解です!!」


 ビシッと姿勢を正して敬礼する。


 そこに、バリスの部下がやってきて、状況を把握できずにオロオロした。


「お前は後処理を頼む。レリシアは協会に連れて帰るが、逃げられないようにしておけ」

「わ、わかりました」


 バリスは大きなため息を吐き出すと、レオを担いだまま協会へ歩き出した。


 その後を、訳もわからないままのイリーナたちとピニョがついて行った。


 レオを医務室に預け、談話室へ移動する。談話室とは名ばかりで、現在は取調室のような空気が流れている。


「それで…お前らはどこまで聞いた?」


 誰が先に口を開こうかと、迷う雰囲気の中、しばらくしてイリーナが言った。


「レオが特級魔術師だったことは、みんな知ってます。それで…」


 はたと口を閉じたイリーナが、舌打ちをこぼした。バリスは突然のことに眉をしかめる。


「あのクズ!!そういえばあたしたちをエサって言った!!敵を誘き出すエサだって!!信じらんない!!」


 その場でドシドシと地団駄を踏む。


「イリーナ、落ち着こうよ。あんなこと言ってたけど、ちゃんと助けにきてくれたよ?」

「あいつ行動と言動がチグハグなのよ!!」

「「確かに」」


 学院生三人の意見に、バリスも内心で賛同する。そしてそのチグハグな行動と言動のせいで、レオは協会をクビになったのだから笑えない。


「ピ、ピニョに説明させてください!」


 この場に似合わぬ幼女姿のピニョが、満を辞して手をあげる。瞳がキョロキョロして落ち着かない。


「レオ様は、かねてより協会内部へ不信感を抱いておりましたです。まさかクビにされるとは思っておられなかったのですが……でも、いずれこういうことになるだろうと言って備えておりましたです」

「備える?」


 協会に敵対する人物と手を組んでいたという事か。バリスは何人か思い当たる顔が浮かんだが、しかしどの人物も魔術師としてそこまで強くはない。


「そうです。レオ様は、」


 と、ピニョが続けようとした所で、談話室のドアが開いた。


「ピニョ!余計な事喋ってないだろうな?」

「はうっ!?」


 慌てて両手で口を抑えるピニョに、青白い顔でフラフラのままのレオが睨みつける。


「ピニョ、おいで」

「はいですぅ」


 突然乱入してきて、勝手に椅子に座るレオがピニョをちょこんと膝に乗せる。


 どこか恍惚とした表情で目を閉じているピニョが、回復の力を使っているのがバリスにはわかった。


 が、他の三人にはわからない。なぜなら彼らに、魔力の流れを感知する能力がないからだ。


「レオはロリ専」


 ユイトがポツリとこぼす。羨ましそうな目をしているのは、バリスの気のせいではないだろう。


「クズなのは知ってるけど、まさかそこまで外道だとは思わなかったわ」

「……」


 軽蔑がこもった声でイリーナが言うと、リアは非常に困った顔をした。


「ちげえよ!!ピニョ、俺がなんか悪いみたいになるから姿変えて」

「あい…」


 トロンとした瞳を潤ませるピニョが、ボフンと煙の塊となり、次の瞬間にはレオの膝の上に白銀のドラゴンが丸くなっていた。


 ピニョの本当の姿は白銀のドラゴンなのだが、まだ幼いために大きめの猫くらいの大きさしかない。


 それでもその美しさはまごう事なき本物のドラゴンである。


「ウソ!?」


 絶句する一同。バリスでさえ、ドラゴンを見るのは初めてであり、存在を聞いて知っているのと実際に見るのでは感動の度合いが違う。


「ピニョは白銀のドラゴンが本来の姿なんだ。俺が任務の帰りに拾って孵化させた。ピニョには超回復の力があるから、こうやって触れていると回復してくれるんだ」


 そうは言っても、封魔によるダメージは特殊で、思うように傷を治せてはいないとバリスは知っている。医務室へ運び込んですぐ、医療スタッフが青い顔をして検査データを見ていた。内臓の損傷が激しく、至るところから出血が見られると話していたから、どうやってこの男が今ここにいるのかは謎である。


「レオ。お前は何と戦ってるんだ?」


 バリスはどうしても知りたかった。ピニョの話では、レオは協会に裏切り者がいると思っている。


「俺は」


 そこで一度俯くレオ。傷が痛むのか、はたまた何か心の内に思うことでもあるのか。


「クビ宣告された時、俺を笑った奴全員土下座させたい」


 沈黙。


 再び顔を上げたレオの瞳は、プロポーズでもする時に見せるような真剣なものだった。


「お前はアホか?」

「なんでだよ!?マジだぜ、俺は!!」


 そうだった。こいつはドの付くほどのアホだった。バリスは改めて、その事を強く脳味噌に焼き付ける。


 神は二物を与えないというが、最高の能力を与えた替わりに、最低限の脳味噌すら残さなかったようだ。


「ったく、ここ数日、お前の為にと色々考えたオレがバカみたいじゃねぇか……」


 そう言って頭を抱えるバリスに、レオは人差し指を突きつける。


「言っとくけど俺はお前こそ許さないからな!」

「はあ?」


 何を言い出すのかと思えば、子どもみたいに怒り出す。


「ピッチピチのシャツ着てるくせに、お前が一番笑っただろーが!挙句に”学院に通うならオレの奴隷だ!”って言っておどしただろ!!死ね!!」

「ピッチピチは関係ねぇだろーがッ!!」


 気がつけばバリスは、レオに詰め寄って胸ぐらを掴んでいた。喧嘩っ早いというか、頭に血が昇りやすいことがバリスの欠点だ。


「やんのかゴラァ!!」

「うるせぇクズ!!」


 そのままブンブン振ってやる。超近接戦闘に長けた、バリスの腕力に振り回されたレオは、気がつけば眼を回して気絶していた。


「レオ様ああああっ!?なんて事するのです!?この怪人ゴリラピッチピチ野郎です!!」


 ピニョのドラゴンの瞳に怒りの色が見えるが、バリスは平手でピニョの頭を叩く。ぷぎゅうと音がして、ピニョが床に転がった。


「バリス教官……」

「まさに、ゴリラ……」

「ほんとね……」


 イリーナたちが、恐ろしいものを見た様な顔で呟く。


「んだ?なんか文句でもあんのかゴラァ!?」


 怒り治らぬバリスが叫ぶと、三人はビクッと身体を震わせて視線を逸らす。目が合うと襲ってくるという、まさに野生の獣にたいする反応であった。


「な、なんでもないでーす」

「何も見てないよ、ねぇ?」

「そうだよね、何も見てないよアハハハハ」


 気絶したレオの胸ぐらを掴んだまま、バリスはチッと舌打ちを溢す。


 そして気付く。


「クソ!!結局なんもわかんねぇままじゃねえか!!」


 バリスの苦労は、この後もしばらく続くのだった。


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