第8話 魔術師養成機関⑤


 午後は初回の授業があった。


 殺伐とした、いかにも軍の施設然とした校舎。一年一組は、三階の端にあった。


 教壇の前に立った担任の教師は、爽やかな笑顔の優男で、少し神経質そうな印象を受ける。歳はバリスと同じくらいか。


「みなさん、午前の入学式はお疲れ様でした。この学院は、みんなも知ってる通り軍の施設で、まあまあ校則も厳しい。そんな中で、三年間ともに過ごす時間をどれだけ大切にできるかは、担任であるこの僕にかかっていると思う。だからと言ってはなんだけど、初めての顔合わせは重要だと思っている。しかし、お互い競い合うのもわかる。ここでの成績は、協会に入る時のライセンスに響くからだ。五級のまま初回登録をするのか、四級を狙うかは、詰まる所君たち次第だ。それと、」


 一呼吸でいつまで喋るんだと、クラスメイト達が思い出した頃、一人の学生が手を上げて遮った。


「先生、お話が長いです。自己紹介を先に終わらせてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、いいとも!では、廊下側からよろしく」


 順番に自己紹介が始まる。大抵は名前を言っておわりだが、中には趣味や好きなものを言う奴もいた。


「では、次よろしく」


 俺の番が来て、みんなと同じように名乗る。


「レオンハルト・シュトラウス。レオでもなんでも呼んでくれていい」


 クラスメイトが俺を見る。そしてひとり手を挙げた。


「あの、質問していい?」


 手を挙げたのは、さっき担任の長い話を止めた奴だ。優等生そうな顔、とだけ説明しておく。


「なんだ?」

「どうして、そんな怪我してるんだ?」


 首を傾げてさも不思議だといった顔。


「お、おい、あいつ昨日上級生に絡まれていた奴だ」

「殴られて土下座したらしいぜ」

「土下座?やり返せばいいのに」


 などと、クラスのそこかしこから声がする。


「わ、悪い。そんな事があったなんて知らなかった」


 優等生くんが慌てて謝る。


「別に。それに土下座の何が悪い?万人に共通の究極の謝罪だぜ?」

「「「は?」」」


 クラス内がシーンとした。


「なんだよ?土下座はいいぜ?大抵の奴はこれで金貸してくれるし、怒りも収めてくれる。まあ、昨日は失敗したけど」


 俺が土下座で築いてきた伝説をいくつか紹介したい気分だが、あいにく今は自己紹介の最中だ。


「クズね」


 女子が何人かそう呟いた。男子は信じらんねぇみたいな顔をする。


「みんなひどいよ!?レオはクズじゃない!!」


 と、ここで声を張り上げたのはリアだ。


「いや闘いもせずに頭下げるなんてクズっしょ?」

「しかも他人に土下座して金借りてるってクズじゃん」


 冷めた目のクラスメイトたちに、しかしリアは諦めなかった。


「でもでも、昨日だって本当はその先輩達を倒したんだから!!雷属性の魔術で、一撃だったんだからね!!」


 またもシーンとする室内。全員の顔に、ウソだ、信じらんねぇと書いてある。


「はいはい、そこまでにしよう!とりあえず、自己紹介を終わらせて、その後の授業でみんなの実力を見せてもらうからね」


 見かねた担任が手を叩いて言った。


 クラスメイトたちは渋々と自己紹介の続きを始める。リアとイリーネも自己紹介を終えた。


「はい、ではみなさんお待ちかねの授業ですが、さっきも話題に上がった属性魔術と階級の確認を行います」


 担任がそう言うと、真面目なクラスメイトたちはしっかり前を向いて静かになる。


 切り替えが上手い。協会の魔術師も、任務はクソ真面目だったなと思い出す。


「もう知っている人も多いと思うけど、魔術にはランクがある。四元素が基本の五級から三級魔術、四元素を複数組み合わせて発動する二級魔術、四元素に含まれない属性の一級魔術、個人が構築し扱えるものが少ない特級魔術。学院では三級魔術まで扱えたら上出来だけど、中には最初から一級魔術を使う子もいるよ」


 学院に通うには、魔力の有無が重要な条件だ。大抵は幼い頃に自分に魔力がある事に気付く。


 それから自分が一番馴染む属性を見つける。ほとんどは四元素のどれか。


 今ここにいる学生は、四元素のどれが一番自分に合うのかをわかっているくらいのレベルだ。ぱっと見だけど。


 そして協会に入る頃には、得意属性二つを同時展開できるやつもいる。


 二つ同時は、結構大変だ。詠唱により円環を構築し、ひとつを維持したまま二つ目の詠唱に入る。円環を二つ維持しなければならないから、魔力コントロールが重要。


 そういう繊細な魔力コントロールが苦手な奴は、特殊魔術に手を出す。才能があれば、案外複数魔術より簡単だったりする。


「先生!」


 優等生くんがまた手を挙げた。


「なんだい?」

「おれ、特殊魔術見た事ないんですが、先生はできますか?」


 そう言われ、先生は困った顔で笑った。


「先生は三級魔術師だからねぇ。そんなに大した魔術は使えないんだ。実戦より理論派だし、協会にいた頃も研究職だったから」

「そうなんですか」

「ただ、一級魔術を惜しみなくバンバン使える魔術師達は知っているよ」


 そう言うと、指を一本立てた。


「先生のすごいなぁと思った魔術師のひとりは、この学院のトップであり、軍部をまとめるバリスさんだ。彼は若いのに、固有魔術を持っている。機密だから言えないけど、彼の戦闘は凄まじいよ」


 思わず、俺も知ってる!と言いそうになった。バリスの固有魔術は、俺にもできない。つか出来てもやりたくない。


 担任が二本目の指を立てた。


「二人目は、レリシアさん。彼女の特殊魔術は氷結。物だけじゃなくて、生物をも一瞬で凍らせる事が出来るのは彼女だけだ。そして強いだけじゃなくて美しい女性だ」


 クラスメイトの女子たちが、キラキラした目でその話を聞いている。


 確かにレリシアは綺麗だ。だけどドS。一度酷い目にあってから、レリシアには手を出さないと決めた。


「三人目は協会の魔術師全員を纏めるザルサス様。彼の特殊魔術は封魔。魔族をも封じ、殺せる程の力を持ってして、協会トップになった。良い歳なのに、未だだれもザルサス様には勝てないと言う」


 その封魔のせいで俺は今酷い目にあっている。特殊というより、固有に近い能力だけに、俺でもこの封魔は解けない。悔しいぜ。


 先生はそこで、ひとつため息をついた。


「他にも特級魔術師たちはとても素晴らしい魔術を使う。みんな個性的で何かに秀でていて、とても強い。先生も協会に入った頃には、一応特級を目指したりもした。だけどそこは、とてもとても遠かった。先生が三級で満足して、教師になったのも彼らには敵わない、追いつけないと思ったからだ」


 クラスメイトたちは、すっかり先生の長い長い話に聞き入っている。


 くだらねぇ。話を聞くより、実践あるのみだと思っている俺は、適当に窓の外を眺める。俺の席が窓側で良かった。


「中でも特に格の違いを見せつけられたのは、『金獅子の魔術師』の任務データを見た時だよ」


 ビクッとした。


 ここで俺の恥ずかしい異名が出てくるとは思わなかった。


「金獅子なんて言われているのだから、雷属性が得意な魔術師なんだけど、ある任務のデータ解析をした事があったんだ。その時に、雷属性の魔術が得意なんだなって確かに思ったんだけど…彼はそれ以外の魔術も均等に使う事ができると知った」


 クラスメイトたちが軽く息を飲む。優等生くんは、相変わらず空気を読まずに手を挙げた。


「先生、それって難しいんですか?」

「まあ、大抵の魔術師は、とりあえず五級か四級魔術はどれも均等に扱える。扱える事が理想だと言った方がいいかな」


 扱える事が理想。それは、できるものが少ないと言っているようなものだ。


「『金獅子の魔術師』は、四元素だけじゃなくて、特殊魔術をも自由自在。いったいどれほどの魔力を持っていれば、あんな事が出来るんだと驚いたよ。平地に湖を出現させたり、山を消したり、大地を極寒の地にしたかと思えば、砂漠にしてしまう。そんな規格外が現在協会最強と言われている」


 まあもうクビになったけどな。つかなんの任務のデータみたんだよ?俺そんなむちゃくちゃじゃないぞ?


「その魔術師は、どんな人なんですか?」


 クラスメイトのひとりが質問した。


 先生は困ったような顔をして答える。


「残念だけど、三級止まりだった先生も知らないんだ。一部の一級魔術師と特級魔術師だけに情報が開示されている。だから、会いたければみんなも一級を目指して頑張るんだよ」


 ニコリ、と先生が笑うと、クラスメイトたちもなんだかやる気になったみたいだった。


 よーし一級目指すぞー、なんて言う奴もいる。


 まあ、頑張れ。そして将来は俺の下で馬車馬の如く働け。


「話が脱線してしまったけど、レオくんは退屈だったかな?」


 突然名前を呼ばれて前を見ると、先生が申し訳ないというような顔をしていた。


 俺がずっと窓の外を眺めていた事が、バレていたようだ。


「別に」

「そっか。じゃあちょっと、レオくんに授業に協力してもらおうかな」


 先生は俺の声が聞こえなかったみたいだ。ちょいちょいと手招きするから、仕方なく先生の元へ馳せ参じる。


「一級魔術が使えるんだよね?」

「まあ、一応」

「ちょっとみんなに見せてあげてくれないかな?」


 なんで?と思うが、クラスメイトたちは、さっきの先生の話のせいで、一級魔術に興味津々だった。


「……土下座したら勘弁してくれる?」

「ふざけんなはよやれ!!」

「恥を知れっ!!」


 なんちゅうヤジの飛ばし方だよ。


 まあ、ちょっとくらいならいいか。1000分の1くらいなら問題ないだろう。また痛い思いをするのは勘弁だ。


 それにリアが期待を込めた眼で見つめてくるから、悪い気はしない。


「〈紫電〉」


 掌を上にして前に出し、たった一言。


 詠唱も円環もクソもない、ただの魔力に電気の性質を加えただけの、所謂静電気。パチっと一瞬光って消えた。


「舐めてんのかああああ!!」

「何が特殊魔術じゃああああ!!」

「そんなん下敷きでセーター擦ったら誰でもできるわ!!」


 などと、ブーイングが起こった。


「ちょ、痛い!?誰だよ筆箱投げやがったのは?」

「うるせえお前黙れ!!」

「痛っ、ちょ、消しゴムが眼にっ」

「バカにしやがって!!」


 尻尾を踏まれた猫みたいにキレるクラスメイト達。


「まあまあ、これも立派な特殊魔術だよ?ちょっと、先生も見たことないくらいの規模だったけども」


 あははは、と苦笑いの先生。


「みんなやめてよ!!レオはもっと出来るんだからね!?」

「やめなよリア、あいつクズだし」

「そんなことない!!」


 リアが今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。


「おい!リアを泣かすなよ水掛か女」

「なっ、そ、それは謝ったでしょ?」

「はあ?謝って済むかってんの。謝罪ってのはな、土下座して金払うことなんだよ!」

「サイテー!!あんたほんとにクズね!!」

「なんでもするって言っただろ?ほら、土下座がいやなら俺を倒せよ?ここは何でもありの魔術師養成機関なんだろ?」


 そう言うと、イリーナがガチでキレた。存外に短気なようだ。


「あんたねぇ…表でなさいよ!!」

「いいぜ?ちょうど特殊魔術見せてやらないとだしな」


 どうせなら相手がいる方がいいなぁと、イリーナを煽ったが、簡単に乗ってくれてよかった。


「決闘すんの?」

「マジで?やったね!!」


 と、クラスメイトもノリノリだ。血気盛んだなぁ全く。


「先生が審判ね」

「えっ、ちょっと、授業中なんだけど」


 などと戸惑いつつもしっかり付いてくる先生。


 俺たちはゾロゾロと歩いて外へ向かう。大規模な魔術練習を想定して作られた広場に集まる。


 イリーナと俺は中央で向かいあい、取り囲むようにクラスメイトたちが並ぶ。


「先にギブって言っ方が負けな」

「いいわよ。あたしが勝ったら、あたしの命令ひとつ聞きなさいよ」

「いいぜ?俺が勝ったら、ここで土下座しろ。地面に額擦り付けて謝れ」

「っ、ま、まあいいわ」


 よし、これで土下座確定。俺が負けるわけないだろ。


「じゃあ、くれぐれも大きな怪我しないように。はじめ!!」


 先生が宣言する。クラスメイトたちが、わあわあと盛り上がる。


「そのクズやっちまぇ!!」

「怪我してんだし勝てるだろ!!」


 などとまあ酷いことを言う。俺、このクラスでやっていける自信がない。


「〈大地を抉り、岩をも砕け:水弾〉!!」


 イリーナが水色に輝く円環を構築。僅かに遅延し、魔術が発動する。円環からは水の礫が飛び出す。


 俺はそれを、後方にバク転して避ける。元いた所の地面に水の礫が当たって多少削れる。


「食堂の時よりいいんじゃね?まあでも、相変わらずヘナチョコで遅いが」


 そう言うと、イリーナは顔を赤くして怒りだす。


「うるさい!!〈鎮る水面、清流の流れ、洗い清めよ:水波〉!!」


 ザバァっと、円環から水流が湧き起こる。食堂でみた魔術だが、精度が少し上がっている。


「〈地の底より出し、業火でもって、焼き払え:炎撃〉」


 封魔の所為で痛みが襲う。息が詰まるが、まあ、これくらいは大丈夫だろうという程度で魔術を放つ、


 俺の放った炎撃が、イリーナの水波を蒸発させた。


「おい、マジかよ」

「水が蒸発するほどの威力があるって、すげえな」


 クラスメイトたちが驚きに目を見開き、俺は内心ザマァ!!と叫ぶ。


 先生だけが心配そうな顔をしていた。


「くっ、まだまだよ!!〈真空、一閃の刃、顕現せよ:風刃〉」


 イリーナの右手に、空気を押し固めたような、見えない長剣が現れる。見えないっても、そこだけ向こう側が歪んで見えるから、剣をもってんなぁとわかる。


「風刃って、初めてみた…」

「あの子凄いね」


 クラスメイトたちが感心するのも頷ける。魔術は放り出すのは簡単だが、その場に留めるのは格段に難しい。


 留めておくには、常に魔力を放出していなければならないからだ。


「おまえ、意外とやるな」

「と、当然、よ!!はぁ、はぁ」

「だいぶしんどそうだけど、大丈夫か?」


 イリーナはかなり息が上がっている。まあ、風刃を維持しているのだから、そりゃそうなるよな。


「あんたもさっさと特級魔術見せなさいよ!!どうせできないんでしょ?」


 挑発のつもりか、ニヤリと笑って見せるイリーナだが、疲労の色が濃すぎてあまり様になっていない。


「しんどいようだからお望み通り、早く終わらせてやるよ。〈雷光、一閃の刃、顕現せよ:雷刃〉」


 バチバチと激しい音を響かせ、現れた雷を纏う長剣。これは俺の得意な魔術だ。


 ただし、魔力が封じられていなければの話だが。


「グッ、ゴホッ、ゴホ」


 うっわぁ。咳き込んだら吐血した……


「あ、あんた、本当に大丈夫?」

「問題ない。多少のハンデがある方がいいだろ?」

「ほんと減らず口が過ぎるよね!!」


 イリーナが風を纏う長剣を振るう。それを雷刃で弾き、高速の風と稲光が弾けてバチチッと激しい音がした。


「ガハッ、はぁはぁ。確かに長くは持ちそうにないな」

「ちょ、血が…」

「気にするな」

「えっ!?」


 長期戦は無理。もう限界。これ以上は死ぬ。


「悪いが土下座してもらうからな!!」


 地を蹴る。雷刃が放つ電気が、俺の走った後に伸びる。


 イリーナは完全に俺を目視できていなかった。焦ったように風刃を構えるが、まるで見当違いの方向を見ている。


 俺は背後を取って刃を振る。首筋で寸止めした。振り抜けば首が跳ぶ位置だ。


「ス、ストップ、ストップ!!レオくんの勝ち!!」


 先生が大きな声を上げて両腕を振った。


「レオくん!!はやくそれ消して!先生、危なくて見ていられないよ!!」

「了解でーす」


 魔力の供給を断つ。スッと雷刃が消える。


「おおおおおっ!!」

「すげぇ!マジでかっけぇ!!」

「僕も雷属性使えるようになりたいな」

「あれ、今気付いたけど、レオってけっこうイケメンじゃん」

「あたしは最初からそう思ってたけど」

「んだとこのメス豚!」


 これですよ。男と女の差。怖いわ。


「あ、あたし、そんな……」


 イリーナははあはあと肩で息をしながら、呆然と突っ立っていた。


「あたしが、負けるなんて……」


 信じられない、と呟く声が聞こえた。


 ああ、なるほど。イリーナは、挫折した事が無いんだろう。魔術で誰かに負けた事もなければ、失敗した事もないんだ。


 きっと周りの誰より優秀だと言われ、褒められる事で成長してきた。


 世の中そんなに甘くはないのに、知らずにここまで来た。


 だが、俺は同情はしない。


 同情で人は伸びないからだ。


「さて、約束通り、土下座して謝れ」


 えっ!?と、全員が固まった。それから徐々に、俺を不審な眼で見てくる。


「ど、土下座って、本当にさせるつもりか?」


 優等生くんが、冗談だよな?と言う。


「いや?俺はガチだぜ。勝負に情けなんてない。強いて言えば、これが殺し合いなら、土下座では許されない」


 負けた奴は死ぬ。相手が魔族なら、それはもう悲惨な死に方をする。魔族は人間を食うから、生きたまま食われた魔術師を、俺は何人も見てきた。


「ちょっと、殺し合いじゃないんだから、そこまでしなくたっていいんじゃない?」


 女子の誰かが言った。


 そうだそうだと、同調する声があがる。


「それじゃあおまえが替わりに土下座するか?俺はそれでもいいぜ?誰かが俺に跪く姿が見られりゃそれで満足だ」

「お前…クズだな」


 優等生くんが睨みながら言う。


 魔術師協会クビになるほどのクズだぜ、と言ってやりたい。


「さて、どうする?」


 俺が全員の顔を見回すと、ほとんどが視線を逸らせた。先生はオロオロとしているだけで役に立たない。


「……わかった。あたしが負けたんだものね。あんたの言う通り、殺し合いなら土下座じゃ済まない」


 そう言って、イリーナが俺の前に膝をつく。


 最初からそうしておけばいいのに、バカな女だ。


 イリーナは大きな猫目に涙を浮かべ、きつく唇を噛んでいる。地面に両手を付き、覚悟を決めたようだった。


「おいこら待て、ちょっと待て!!」


 と、今いい所だったのに、空気も読めない男がやってきた。


「なにやってんだぁ、お前ら?」


 威圧的な声に、クラスメイト達が萎縮する。だれも何も言わないから、仕方なく俺が説明してやる。


「ちょっとしたお仕置きタイムだ」


 ドゴォッ、と拳骨が頭頂部に降ってきた。


「いだあああい!!いきなり何すんだよ!?」

「何がお仕置きタイムだ!!授業どうした?」

「俺様が人生の厳しさというやつを、クラスメイトに教えてやっている。これはれっきとした授業である」

「黙れ!!レオ、お前ほんと頼むから問題は起こさないでくれよ……」


 はぁ、とため息。怒ったり殴ったりため息吐いたり大変そうなバリスである。


「んで?なんでこの子、跪いてんだよ?」

「こいつは俺に熱々の豆スープをぶちまけ、さらには水浸しにし、あまつさえ決闘を申し込んできたので、落とし前つけさせてんだよ!!」

「落とし前って、お前なぁ、女の子に土下座はないだろ……」

「関係ねぇよ!!」

「お前マジでクズだな。まあいい、ちょっと来い。そんなに土下座したいならオレにしろ。好きなだけ踏み潰してやるから」

「俺にそんな趣味はねぇよ!!」


 と、冗談のつもりでバリスのお腹にパンチした。軽くな、あくまで軽く、友達にするみたいに。


「っ、この!!」

「グフゥッ!!!!」


 やり返された。マジで本気のやつ。


「か、加減って…知ってるか、バリス…」

「加減は知ってるが生憎お前に対しては全く必要ないと思ってる」


 クソッ、筋肉バカめ!!と、言い返したいが、今の腹パンが追い討ちになった。


 無理矢理魔術を使った反動が一気に来て、俺はその場にぶっ倒れた。


 クラスメイトたちの複雑な表情だけが脳裏に焼き付いた。

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