心理学を学ぶ女子大生 高村 香澄
序章(一章)
ワシントン州 ワシントン大学 二〇一二年五月二日 午後〇時〇〇分
シアトルを首都とするアメリカワシントン州では、連日連夜多くの人が賑わうエリアの一つ。近年は留学生の受け入れを積極的に行う学校も多く、日本人や中国人といったアジア民族を始め、ヨーロッパからも多くの学生が留学している。
そんな中で、小学校卒業と同時にアメリカへ留学している、一人の日本人女性がいた。
『……そろそろかしら? チャイムが鳴るのは』
彼女の名前は
その後中学から高校と順調に進学し、今ではワシントン大学の二年生として、勉強に励む毎日を過ごしている。
香澄が心の中でカウントダウンを行うと同時に、大学構内の授業終了のチャイムが鳴る。講義が終了すると、学生たちはそれぞれ食堂へ向かう・資料の整理など様々。香澄も授業で使用したノートや資料などをバッグへしまうと、背伸びをしながら軽く息抜きする。
『あの先生の授業って、私どうも苦手なのよね。不真面目すぎるというか……要領が悪いというか……』
そんなことを考えていると、香澄のスマホから着信音が聞こえてきた。電話に出ると、同級生からのランチのお誘い。
「もしもし、香澄? もう講義終わったよね。いつもの場所で待っているから、早く一緒にお昼食べよう」
返事をする前に電話が切れてしまうが、これもいつものこと。香澄は友達が待つカフェテリアへ向かう。彼女のように勉強に励む生徒もいれば、カップルとして講義やランチを楽しむ生徒たちなど様々。だが学生全員が大学生活を満喫しており、生徒たちは今しかない時間を楽しんでいる。
そんな中、香澄は友達が待つカフェテリアへ到着すると、大きく手を振り合図を送る一人の女性の姿が見えた。それを確認した香澄は女性の方へ向かうと、軽く挨拶する。
「……ごめん、ちょっと遅くなった? メグ」
「大丈夫よ、香澄。それより注文しよう、早くしないと席無くなっちゃうよ」
香澄が“メグ”と呼ぶ女性は、中学校時代からの親友 マーガレット・ローズ。香澄がアメリカへ留学した時に知り合った女性で、今はルームメイトとして一緒に暮らしている。香澄にとってアメリカで出来た初めての友達、かつ心許すことが出来る数少ない親友でもある。
「私はオムライスにするけど……あなたはどうする?」
「そうね、きのことクリームのパスタにするわ」
「えぇ!? この間もパスタ食べたばかりじゃない? あなたって本当にパスタ好きよね――」
「――かもね」
そんな世間話をしながら、彼女たちは空いているテーブルを探し席に座る。そしてお互いが食事を楽しみながら、他愛もない話を楽しむ。
「うちの学食って安いから、食費も大分助かるわ。外で同じ料理注文すると、これの倍近くするのよね」
「ところでメグ。私がこの間お願いした例の件って、どうなった?」
「心配しないで、香澄。もちろんOKよ。なんとか人数分のチケット確保出来たわよ。感謝しなさいよ」
「えぇ、ありがとう。感謝しているわ、メグ」
彼女のお願いとは、今アメリカで活躍している人気グループのコンサートチケットのこと。香澄は“一度見てみたいわ”と思い、劇場でアルバイトしているマーガレットへお願いする。とても人気があるグループなので、最初は駄目もとでお願いした香澄。だがマーガレットから“チケットを確保できたわ”と聞いて、彼女の心の中はどこか高揚している。
「私コンサートって初めてなんだけど、どんな格好していけばいいのかしら?」
「どんな格好って、いつもの服装で大丈夫よ。別に面接に行くわけじゃないから、スーツを着る必要はないわよ。……あっ、もしかして劇場で働きたいとか?」
「そんなわけないでしょう!? ……いつも通りの服装ね、分かったわ」
そんな他愛のない話を楽しんでいると、二人は午後の予定について話を切り替える。
「午後から私は劇場でアルバイトだけど、あなたはどうする?」
「私は午後も講義があるから、お昼食べたらお別れね」
二人は同じ大学に入学しているが、マーガレットは音楽理論を専攻している。実習なども比較的多いものの、単位を取得するのもそれほど難しくはない。将来の夢も決まっており、大学卒業後は劇団員になる予定。
または香澄とは異なり、マーガレットは勉強をあまり真面目に行う性格ではない。成績は中間くらいを維持しており、卒業に必要な単位はほとんど取り終えている。遊ぶ時はとことん遊ぶが、勉強する時はスイッチを切り替えるタイプ。
一方の香澄は心理学を専攻しており、マーガレットの学部と比較すると色々と大変だ。専門的な学問を学ぶこともあり、生徒自身による自主的な勉強が不可欠。
また香澄自身が真面目な性格であるが
より勉学に集中することが出来るようになったこともあり、香澄の成績は平均以上をキープしており、学校内でも上位を維持している。優等生と校内では評判となっており、才女として講師や学校関係者の間でも注目されている。
「相変わらず忙しそうね、香澄。心理学の勉強って、やっぱり大変?」
「えぇ。でも私が希望して専攻した学部だから、毎日とても楽しいわ」
“勉強ばかりで退屈なのでは”と心配していたが、彼女なりに学校生活を満喫しているもよう。
「なら良かったわ。心理学を専攻する愛しのルームメイトが、“学校なんてつまらないわ”何て言ったら、私どうしようかと思っていたんだから」
香澄は“次の講義の準備がある”と言い、一足先に席を立つ。すると何かを思い出したかのように、
「あぁ、そうだ。香澄、例のコンサートの件だけど」
マーガレットは香澄へ、補足説明をしようと彼女を呼び止める。
「メグ、もしかしてあなたの都合が悪くなりそうなの?」
「うぅん、それは大丈夫よ――実はね。劇場の支配人が気を利かしてくれて、チケットを三枚くれたの。私の友達にも勧めたんだけど、“みんな用事があって行けない”って言われちゃった。だから香澄の友達で興味ある人いたら、一人誘ってもいいわよ」
「……分かったわ。ちょうど一人心当たりがあるから、後で聞いてみるわね」
「どうしても無理だったら、二人で行こうね。チケットはもったいないけど」
そう言ってマーガレットは左手の腕時計を確認すると、時刻は午後〇時五五分――間もなく香澄の午後の講義が始まる時間だ。
「おっと、そろそろ講義が始まっちゃうね。それじゃ私は行くわね。それと今日も夜までバイトだから、夕食は適当に済ませてね」
「えぇ、分かったわ。それじゃまたね、メグ」
「うん。バイバイ、香澄」
元気よく席を立つマーガレットを見送り、香澄は午後の講義の準備をするため、教室へと向かう。太陽の日差しがギラギラと照らすなか、彼女は軽い食後の眠気に襲われる。
「――たまにはのんびりしたいわね」
両手で口元を塞ぎながらそうつぶやいた香澄は、バッグに入れているミント味の飴を一粒口に入れる。口の中でコロコロと動かしながら、彼女は午後の授業に向けて準備を進めていく。
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