【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

トーマスへのプレゼント選び

                八章


       【香澄・マーガレット・ジェニファー編】

ワシントン州 ワシントン大学正門前 二〇一二年八月二〇日 午後一時〇〇分

 演劇サークルが主催する合宿に部員のマーガレットは、香澄・ジェニファー・トーマスの三人を誘って練習に参加する。演劇サークル顧問もしくは部員からの紹介であれば、関係者でなくても合宿に参加出来ることが特徴。一週間ほどの合宿であったが、特に問題やトラブル起こすことなく無事終了した。


 そして合宿終了後となる八月二〇日の午後一時〇〇分――香澄・マーガレット・ジェニファーら三人は、ある理由でワシントン大学正門前へ集まっていた。

「今日集まってもらったのは、ほかでもないわ。これから、トムへのプレゼントを買いに行きましょう。ワシントン大学近くなら、色々とお店も充実しているし」

「それは構わないけど、香澄。いつもみたいにみんな一緒に買い物する? それとも今回は別行動にして、後で正門前に合流する?」

「――いつもはみんな一緒にショッピングするけど、今回は少し事情が違うわ。だからプレゼントする商品は各自の判断に任せるという形にして、後ほどここに集まるというのはどう?」


 香澄の提案にマーガレットは納得するが、“待ち合わせの場所と時間はどうする?”とジェニファーは二人に確認する。すると香澄がチラッと腕時計を確認しながら、

「そうね、午後五時〇〇分~三〇分ぐらいはどうかしら? 集合場所はこの正門前でいい?」

 先ほどと同じように二人は、“問題ないわ”とうなずく。値段についてはあまり高くなりすぎないことが条件で、一〇ドル~五〇ドルくらいにするようにと香澄は二人に注意する。プレゼント選びの注意事項を再確認すると、

「とりあえず一度解散ということで。それとジェンは問題ないと思うけど、香澄。九歳の男の子に勉強セットなんて堅苦しいプレゼントは、絶対に駄目よ?」

「そういうあなたこそ、暴走しないように注意しなさい。あぁ、何だか不安だわ……」

“二人とも、喧嘩しないでください”といつものようにジェニファーがなだめつつも、香澄たちはプレゼント選びのためにワシントン大学正門前を後にする。


 香澄とマーガレットとワシントン大学正門前で別れたジェニファーは、すでにプレゼントする商品を決めている模様。しかもあるお店で事前に予約をしてあったので、ジェニファーは香澄たちと別れた後、足取りを止めることはなかった。近年販売されたばかりの新商品であるため、ジェニファーは売り切れてしまうことを恐れて予約をしていたのだ。

『今回は私の判断で予約しちゃったけど、多分トムも喜んでくれると思うわ』


 そんな思いを秘めるジェニファーが辿り着いた場所とは、自分がアルバイト先として働いている書店の『バーンズ&ノーブル』。ここでトーマスが好きな女性歌手の新作CDが販売されるということで、仕事の合間に予約を入れていた。サプライズという意味を込め、通販で購入しようかと検討する。またせっかくのプレゼントなので、直接店頭で買おうと思ったジェニファー。今日は彼女のシフトも入っていないこともあり、プレゼント購入後にのんびりとウィンドーショッピングを楽しむ予定。


 だが“とりあえず先にプレゼントを購入しないと”と思い、ジェニファーはバーンズ&ノーブルのCD売り場へと向かう。自分はCD売り場ではなく雑誌コーナーの担当者だったが、仕事柄各売り場との担当者とも仲が良い。

「すみません。先日こちらでCDを予約した、ジェニファー・ブラウンですけど……」


 どこか品のある落ち着いた声で店員に話しかけると、すでに顔なじみということで軽く挨拶をする。

「やぁ。こんにちは、ジェニー。今日はシフト入っていないのかい?」

「こんにちは、おじさん。えぇ、毎週月曜日はお休みなんです」

「そうか。ジェニーは確か今年で大学二年生だったと思うけど、勉強は大丈夫?」

「はい、今のところは。……それよりもおじさん。予約したCDを受け取りに来たんですけど」

少し申し訳なさそうに伝えると、受付を担当している男性は

「あぁ、そうだったね……ごめんごめん。今持ってくるから、ちょっと待ってね」

軽くあたふたしつつも、受付の後ろにある鍵のかかっていない棚の中から、彼女が予約していたビニールで包装されたCDを取り出す。そして男性は“これで間違いないかい?”と確認すると、“大丈夫です”と彼女は言う。


 丁寧にお礼を言った後に、ジェニファーは用意していた現金を取り出し、レジでお会計を済ませる。

「……ってあれ? おじさん、表示された金額が間違っていると思いますけど」

「もしかして知らないのかな? ジェニーはうちの店員だから従業員割引が適用されて、販売価格ので購入出来るんだよ」

“はぁ、そうなんですか”と驚きつつも、“ちょっとお得した気分ね”と、ジェニファーはどこか浮かれ気味。“ちょっと待ってね”と男性が言うと、レジで精算をしてお釣りの五十セントを彼女に渡した。

「はい、お釣りの五十セントだよ。ありがとうね、ジェニー」

「ありがとうございます。おじさんも、お仕事頑張ってくださいね」

 ジェニファーは顔なじみの男性店員へお礼を言うと、そのまま別の売り場には行かずにバーンズ&ノーブルを後にした。


 だが事前に予約をしていたこともあり、ジェニファーは自分が思っている以上に早く買い物を終えてしまった。腕時計を確認すると午後三時三十分で、彼女は“ウィンドーショッピングでもしようかしら?”などと考える。

 その時突然彼女のスマホがブルブルと震え始め、慌ててポケットから取り出すと、そこには香澄の名前が表示されていた。すぐに画面をタップして、

「はい、ジェニーです。どうしたの、香澄?」

“何か問題でもあったの”と問いかける。だがジェニファーが心配するようなことはないと付け加えた上で、“もうプレゼントは決まった?”と彼女が尋ねてきた。

「うん、私はもう買ったよ。香澄も購入済み?」


 ジェニファーが問いかけると、少し恥ずかしそうに“実はまだなのよ”と口を濁す。そこでジェニファーと同じ商品を購入しないようにと思い、香澄は彼女に何を買ったのが質問してきた。

「私ですか? 私はトムが好きだと教えてくれた、女性歌手のCDを二枚買いました。テレビやCMで話題のCDなんですけど、知っています?」

“もちろん知っているわ”と香澄が答えると、その後ジェニファーは数分程彼女と世間話を楽しむ。


 だが香澄がまだプレゼントを買っていないということもあり、電話を切ろうとした矢先“ちょっと待って”とジェニファーを引きとめた。

「……大したことじゃないんだけど、私がジェニーへ電話したってことは、メグには黙っていてくれる? このことを知ったら、あの子きっとうるさいから」

建前はそう言ったが、本当のところは、プライドの高い香澄がジェニファーへ子供っぽい相談をしたことを、彼女に知られたくないのだろう。そんな彼女の気持ちを知った上で、

「……うん、分かった。他ならぬ香澄の頼み事だもん。もしよかったら、一緒にプレゼント選びする?」

香澄の手助けをしようと思い、“私も一緒にプレゼント選びを手伝います”と言う。

 だがそこまでしてもらうのは悪いと思ったのか、

「……ありがとう、ジェニー。でも“各自プレゼントを用意しよう”って言ったのは私だから、ジェニーに手伝ってもらったらメグに笑われるわ。ごめんね……」

ジェニファーを傷つけないように、申し出を断る。少ない言葉から香澄の優しさを知ったジェニファーは、“分かったわ”と言って彼女を激励する。

「もしどうしても迷ったら、いつでも電話してね」

「えぇ、ありがとう。それじゃ切るわよ」


 香澄が先に電話を切ったことを確認したジェニファーは、自分も同じようにタップしつつ通話を終了する。そして電話が終了すると、ジェニファーは約束の時間まで一人ウィンドーショッピングを楽しむ。


 ワシントン大学正門前で別れた同時刻、マーガレットもジェニファーと同様に、購入する予定の商品を決めていた。だがジェニファーのように商品を予約することなく、ワシントン大学からある場所まで、マーガレットは徒歩で向かっている。

 マーガレットが目指しているある場所とは、ワシントン州でも有名な大型チェーンデパート『ノードストローム ノースゲート』。全米でも有数の大型デパートとして知られているだけでなく、ワシントン大学から北に位置する百貨店でもある。またノース・シアトル大学の目の前にあるということもあり、ファミリー層だけでなく、多くの学生も利用しているお店。

『う~ん、やっぱり夏休みだからかしら? 家族連れやカップルが多いわね……』


 人波がいつも以上に多いことに感心しつつも、マーガレットは一人、ノードストロームの中へと入る。実は彼女はこのお店の常連客でもあり、洋服やアクセサリーなどを多数購入している。だが今日は自分の洋服やアクセサリーなどを購入するのではなく、トーマスのプレゼントを買うために訪れる。

『えぇとトムが気に入りそうな売り場の場所は……あっ、あったわ!』

 

 ノードストローム百貨店の案内板を確認したマーガレットは、子供服が販売されている売り場をチェックする。ところどころに看板や道標などが表示されているが、店内が混雑しているため、“上を見ながら歩くのは危険ね”と彼女は予測する。そこで事前に売り場をある程度把握しておくことで、“スムーズに目的地まで行くことが出来るわ”と彼女は計算する。

 難なく子供服売り場へと到着したマーガレットは、自分が購入したい衣類について早速目利きを開始する。

『通常なら普通の子供服を選ぶところだけど、そこは私の個性センスが光るところね。ここはやっぱりホラー映画の衣装を買いましょう――と言いたいところだけど、買ったらまた香澄に文句を言われるわ。トムはアニメや漫画はあまり見ない・読まないって言っていたから、やっぱりこれかしら?』


 心の中で品定めをしていき、マーガレットは三つの中で一番無難な制服系のコスプレ衣装を手に取る。値段も一着二〇ドル前後と非常にお買い得価格であったので、これならプレゼントにも最適と思った。しかしそんな彼女の目の前に、ひと際目を引くコスプレ衣装が止まる。

『こ、これは!? 値段は……二五ドルか。制服系に比べると五ドル高いのね。日本から直輸入の期間限定商品!? し、しかもあと一品限りの特別価格だわ。ど、どうしよう。トムは確か、日本文化に興味があるって言っていたから』


 最初はトーマスのためをと思って選んでいたのだが、途中からマーガレット個人による主観も混ざっていく。結局マーガレットは、一品限りの二五ドルで販売されている忍者のコスプレを購入する。

 善は急げということもあり、マーガレットは子供服担当のレジ前でコスプレ衣装を一着持っていき代金を支払う。これ以外に欲しいものはなかったので、マーガレットはノードストロームをあとにする。


 だがマーガレットもまた、時間内に買い物を済ませてしまった一人。そこで彼女は急遽予定を変更して、ノードストロームでウィンドーショッピングを楽しむことにした。

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