困惑するプレゼント選び

ワシントン州 ワシントン大学正門前 二〇一二年八月二〇日 午後三時三〇分

 マーガレットとジェニファーがトーマスへのプレゼント選びに夢中になっている中で、香澄だけはただ一人例外。マーガレットやジェニファーに変なものは購入すると言っていたが、肝心の自分はトーマスへ贈るプレゼントがまだ決まっていない。そこで香澄は、“あの二人なら何を購入するのかしら?”と予測してみる。

『まずはメグの場合だけど……あの子はマイペースだから、突拍子のない発言や行動を取ることがあるから分からないわね。でもこの間“トムとホラー映画を見たい”って言っていたから、メグはDVDを買うのかしら? それともホラー映画に関係した商品・パーティーグッズかもしれないわ』

マーガレットとは長年の付き合いがある仲であったものの、さすがの香澄でも彼女が購入する予定のプレゼントまでは予測不可能。


 仕方なく答えを一時保留にした香澄は、次にジェニファーが購入しそうな商品を考えてみる。

『次にジェニーが購入しそうなものだけど……あの子はメグとは違って真面目だから、おそらくトムの好きなものを買うと思うわ。トムの好きなものというと、アメリカで大人気の女性歌手のCDかしら? 確か数日前に、テレビでCDがリリースされるってCMで放送していたから……』

 またフローラから“トムは日本文化に興味があるみたいよ”と聞いていたこともあり、それに関係した商品をプレゼントするのではと考える。

『いえ、ちょっと待って。ジェニーは日本に関係した商品を買うかもしれないわね。例えば……最近日本で流行の小説や雑誌とか』

 香澄の脳裏に小説や雑誌という選択肢が浮かんだ理由として、ジェニファーがバーンズ&ノーブルで働いていることが関係している。だがジェニファーの購入しそうな商品について、香澄はある程度予測することが出来た。


 そのようなことを考えている間にも時は一刻と過ぎていき、香澄が身につけている腕時計の時刻は午後三時三〇分を指す。“このままだと私だけ、プレゼントを買いそびれてしまうわ”と内心焦った香澄は、マーガレットもしくはジェニファーに電話して、何を購入したか参考までに確認することにした。

『……仕方ないわ。不本意だけど、メグとジェニーのどちらかに何を買ったか聞くしかないわね。けれども……どうしようかしら?』


 二人の性格を彼女なりに分析した香澄は、スマホの電話帳からマーガレットではなく、ジェニファーの記録を呼び出した。そして彼女のスマホに電話をかけると、

落ち着いた口調のジェニファーが電話に出る。

「あ、いえ、特に何かあったってわけじゃないけど……あなたはもう、プレゼント買った?」

 あまり時間がないため、香澄は単刀直入に、ジェニファーへ何を購入したか率直に尋ねた。すると彼女は、数日前にテレビのCMで放送していた“トムが好きな女性歌手のCDを二枚購入したわ”と伝える。心の中で

『やっぱりジェニーは、トムの趣味に合う品を選んだわね』

と思いつつも、自分の購入予定の商品から女性歌手のCDを除外する。

 するとなりゆきでジェニファーは香澄が購入した商品について質問する。だが少し気まずそうに、

「……それがね、ジェニー。実はまだ買っていないのよ。いざとなると、何を購入すれば良いのか迷ってしまって……」

と香澄は自分の赤裸々な気持ちを語る。

「まぁ、そうだったんですか。……でもね、香澄。香澄が真剣に悩んで買った商品だったら、トムは何でも喜びますよ」

「……ありがとう、ジェニー」


 まさか引っ込み思案で大人しい性格のジェニファーから、励まされるとは思っていなかった香澄。だが彼女の“心がこもっていることが重要よ”と聞かされ、それが香澄の迷いを消すきっかけとなる。

「私の心がこもっていることが大切……そうね、あの子は優しい子だから、きっと大丈夫ね。ありがとう、ジェニー。少しは気持ちが楽になったわ」

「良かったです、香澄が元気になって。……あっ、もしよろしければ、私も一緒にプレゼント選びを手伝いましょうか? まだ約束の時間まで、一時間以上ありますし……」

心優しいジェニファーは香澄が困っていることを知り、自分のトーマスへのプレゼント選びを手伝うと言ってくれた。


 だがそこまでジェニファーに甘える訳にもいかず、

「ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫よ。あなたのおかげで気持ちもすっきりしたりしたわ。それにまた時間もあるから、これからお店へ行ってプレゼントを買うわ。だから安心して」

香澄は“自分でプレゼント探しをするわ”と言い、彼女の機嫌を損ねないよう、丁重に断る。

「分かりました。そろそろ切りますね……プレゼント選び頑張ってね、香澄」

と言ってジェニファーが電話を切ろうとした矢先、

「あっ、ちょって待って」

香澄は彼女をとっさに引きとめる。だが今のところ彼女へ聞きたいこともなかったので、冷静な香澄にしては珍しい失敗。

「……大した内容じゃないけど、私があなたへ電話したってことメグには黙っていてくれる? あの子が知ると、きっと私をからかうだろうから……」

マーガレットに聞かれたくないと、とっさにごまかした。それを聞いたジェニファーが分かりましたと言ってくれたので、香澄は心の中でほっと溜息を吐く。


 その後香澄はワシントン大学から少し離れた、イースト・マディソン・ストリートへと向かう。マーガレットのように、学校帰りにあまり買い物をすることはない性格。同時に講義終了後はすぐ自宅へ帰ることが多かったため、香澄はシアトル周辺の地理には何かと疎い。

 この時彼女はスマホの地図検索機能で、ワシントン州シアトルでも有名な、『ウェストレイク・センター』というショッピングモールを発見する。シアトル大学があるファーストヒル方面を歩いて行くと、あるショッピングモールが目に留まる。

 他にもシアトル美術館や水族館などもあったが、“今回はゆっくり見物している時間がないわ”ということで、ウェストレイク・センターへ入る。初めてウェストレイク・センターに入った香澄は、その規模の大きさにただ言葉を失うばかり。

『ここがウェストレイク・センター……意外と広いわね。さてと、トムのプレゼント選びしないと』


 そう意気込んでみたものの、あまりの敷地内とお店の数に圧倒された香澄にプレゼント選びをする余裕はなかった。そこでトーマスのために洋服を買ってあげようと思ったが、香澄には彼の服のサイズが分からない。同様に靴のサイズも知らなかったので、衣類は却下という結果になる。

『服のサイズが分からないから、お洋服や靴は駄目ね。となると後は……雑貨とか日用品しかないわね』

 ウェストレイク・センターを歩き回っていると、香澄の目に化粧品コーナーが止まる。だが“男の子のトムには化粧品は必要ないわ”と判断し、香澄は化粧品コーナーを通り過ぎる。その後もグルグルと店内を回るが、香澄は一向にプレゼントする商品が決まらなかった。

 次第に焦り始めた香澄は、仕方ないのでトーマスへ何か雑貨をプレゼントすることにした。雑貨店へ入ると、そこには色んな小物が販売されている。

『とりあえず雑貨店に来たのはいいけど……何を買えばいいのかしら?』


 そんな疑問を思いつつも、香澄は店内を回りどんな商品が販売されているかチェックした。雑貨店ということもあり、販売している商品は、女性や子供向けといった小物が中心。その中で香澄の目を引いたものが、学生や子供を対象にした小さい置物。値段も一個一〇ドル前後とリーズナブルで、特に“猫や犬をモチーフにした置物ならトムも喜ぶのでは?”と一人思う。その中で彼女は猫の置物を一つ手に取り、質感や重さなどを自分の手でしっかりと確認する。

『これは中々いいわね。値段も一一ドルだからそんなに高い商品ではないし、二つセットで買っても三〇ドルで十分お釣りが出るわ』


 だがもう少し商品を見て回ろうと思い、猫の置物を一旦売り場に戻し、店内を見て回る。すると二つめに香澄が注目した商品として、青・赤・緑・紫・桃色で作られた五色のLEDキャンドルライト。値段も一五ドルとお手ごろ価格で、こちらもプレゼントにはなかなかの品。

『……こちらはどうかしら? 動物の置物とは別の良さがあると思うんだけど。でも、火を用意しないといけないのが難点ね』

 万が一取り扱いを間違うと家事になってしまうと思いつつも、香澄はもう一品探そうと思い店内のアンティーク売場へと足を運ぶ。九歳のトーマスにはまだ早いと思ったが、とりあえず何かないか香澄はプレゼント選びをすることにした。

 色んな商品があるのねと思いつつも、香澄の目にあるアンティーク品が留まる。

『…………』


 何かに魅せられたかのように、彼女の好奇心を誘ったアンティーク品とは、レトロな作りの天秤。商品レビューを見ると、“今から一〇〇年くらい前にヨーロッパで製造された天秤”と手書きで明記されている。

 またお店の店長が独自に入荷した商品でもあり、現品限りの品として特別価格で販売されている。天秤用の重りもセットで付いており、最大で五キロから一〇キロほどであれば、重さを測ることも可能と書かれていた。

『値段は……六〇ドル。予定の予算より、少しオーバーしてしまうわね。けれど……』

 合計三つの商品を候補として選んだ香澄は、最終的にトーマスへのプレゼントに何を購入するか頭の中で整理する。


 通常なら動物の置物やLEDキャンドルライトを選ぶのが妥当だが、この時何故か香澄はアンティーク品であるレトロな天秤に強く心魅かれる。そのため多少予算オーバーすることになるものの、“天秤を購入しましょう”と香澄は決心する。

『……これにしましょう。予算オーバーにはなるけど、お財布には一〇〇ドル以上入っているから大丈夫ね。万が一足りなくても、いざとなったらカード使えばいいのだから』

 早速彼女は天秤を手にしてレジへ持っていき、一〇〇ドル紙幣を受付で渡し精算する。同時に

「あっ、すみません。プレゼント用に包装して欲しいのですが……」

とお願いをして、店員にプレゼント用の包装を依頼する。


 香澄がレジに天秤を置くと同時に、何気なく応対する店員の顔を見る。彼女の接客を対応したのはどうやら店長のようだ。またしわやほうれい線なども目立たないことから、歳は二〇代後半から三〇代くらいだろうか?

「この商品を購入するとは、若いお嬢さんながら中々商品を見る目がしっかりしていますね。……もしかしてですか?」

だが三〇代前後だと思われる店長の口調は、どこか老人っぽい。……これもこの人の個性なのだろうか?

「えぇ、まぁ……」

 大学構内では人当たりの良い性格の香澄だが、こういったお店で店員や店長などに話かけられるのは、あまり好きではない。なのでこの場を適当にはぐらかし、包装された商品を受け取る。

「お待たせしました、お客様。こちらが本日お買い上げいただいた商品となります。割れものですので、お持ち帰りの際にはご注意ください」

持って帰る際に割らないようにと、一言声をかける。それを聞いた香澄は“ありがとう”という意味を込めて、微笑みで返す。


 包装用の袋に包まれた天秤を持って、雑貨店およびウェストレイク・センターを出る。香澄が腕時計を確認すると、時刻は午後四時三〇分を指していた。

『残り時間は……三〇分から一時間といったところね。あと一時間で正門前へ間に合うかしら?』

 ウェストレイク・センターにはオレンジ色の線が注ぎ込みはじめ、薄いレースの向こう側では多くのシルエットたちがそれぞれの役どころを演じていた……

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