天秤を買った理由とは?
ワシントン州 ワシントン大学正門前 二〇一二年八月二〇日 午後五時一五分
香澄・マーガレット・ジェニファーの三人がワシントン大学正門前で一度解散してから、数時間が経過する。メトロノームのように体をグルグル回していると、一番先に到着したのがマーガレット。ノーズストロームノースゲートでプレゼントを購入したマーガレットが、一番早くワシントン大学正門前へ到着する。
だが彼女自身も自分が一番先に到着するとは思っておらず、香澄とジェニファーがまだいないことを心底驚いていた。
「ゴメン遅くなって……って何よ、これは!? まだ誰も集まっていないじゃない。せっかく大学まで走ってきたのに」
右手に商品を入れたバッグを手に持ちながら、“まぁいいわ”と軽く呼吸を乱しながらも割り切るマーガレット。
それから数分後に、今度はジェニファーが落ち着いた足取りで、ワシントン大学正門前へ姿を現す。彼女の姿に気付いたマーガレットが手を大きく振って合図を送ると、ジェニファーも手を振って合図する。その一方でジェニファーが辺りをキョロキョロするので、
「あぁ、香澄だったらまだ来ていないみたいよ。それにしても、珍しいこともあるものね。一番時間にうるさいあの子が最後になるなんて……」
彼女なりに、香澄を心配している胸の内を語る。
「そうですね、マギー。……大丈夫かな、香澄?」
彼女たちが心配するなかで、最後に香澄が遅れて到着した。一応待ち合わせ時間は午後五時〇〇分から三〇分の間ということなので、厳密に言えば香澄が遅刻したことにはならない。だがジェニファーはともかく、マーガレットまで待っていたことが香澄は驚きの色を隠せずにはいられなかった。
「ごめんなさい、少し待ったかしら? ……それにしても驚いたわ。まさかメグが先に待っているなんて」
「それってどういう意味よ、香澄? まぁ……実は私もさっきまであなたと逆のこと考えていたんだけどね」
出会いがしら口喧嘩を始めそうな雰囲気だが、ジェニファーが二人をなだめる。
「二人とも喧嘩は駄目だよ。今回は誰も遅刻しなかったんだから、それで良しとしましょう。香澄、マギー。早く帰ろう」
ジェニファーが家へ帰ろうと言いだした矢先、マーガレットが突然不気味な笑みを浮かべ始める。一瞬悪いものでも食べたのかと思った香澄だが、マーガレットは帰る前に“何を買ったかチェックしよう”と言いだした。
「せっかくだし、帰る前にみんなが何を買ったかチェックしよう。ちなみに私は……これだよ」
マーガレットは袋の中からノードストローム・ノースゲートで購入したプレゼント品を、我先にと言わんばかりに見せた。するとそこには、彼女がトーマスのために購入した忍者用のコスプレセットが入っていた。それを見たジェニファーは、
「これって……忍者のコスプレ衣装ですか!? 可愛いとは思いますけど、マギー。トムの体のサイズとか大丈夫? 衣類は体のサイズが合わないと、後で大変だよ……」
「大丈夫よ、ジェン。この間演劇サークルの衣装部屋をみんなで見学した時に、さりげなくあの子の体のサイズ調べておいたから」
学生時代から演劇経験があるマーガレットは、相手の背格好を見ただけで、“ある程度服のサイズが分かるのよ”と自慢げに話す。“少し意外な特技ね……”と思いつつも、二人は“彼女にしては妥当なプレゼントね”と思った。
次にジェニファーがビニール袋をガサガサと音を立てながら商品を取り出すと、トーマスが好きな女性歌手のCDケースが二枚あった。
「私はトムが好きだと教えてくれた、女性歌手のCDを二枚買ったんです。……どうかな?」
「いいんじゃないかしら? 香澄もそう思うわよね?」
「えぇ、そうね……」
どこか歯切れの悪いなと思いつつも、ジェニファーはビニール袋に買ったばかりのCDを戻した。
そして最後は香澄が購入した商品の発表となるが、そこでマーガレットは袋に印刷されている店名に気付く。
「香澄。そのデザインってもしかして……ワシントン大学の南にあるウェストレイク・センター?」
「えぇ、そうだけど。メグ、あなたこのお店知っているの?」
「知っているも何も……私が普段よく利用するお店の一つだよ。そうね、お洋服とか化粧品を買うのに利用することが多いかな?」
自分もよく利用することを話すマーガレットとは対照的に、香澄は袋の中から購入した商品を取り出す。二人はこの時、“真面目な香澄のことだから、どんなプレゼントを買ったのかな?”と密かに楽しみにしていた。
だがそんな予測とは裏腹に香澄が袋から取り出したのは、レトロな作りの天秤だった。香澄が候補に入れた動物の置物ならまだ分かるが、さすがに天秤を購入するとは二人も思っていなかった。苦笑いを浮かべつつも香澄が天秤を購入したことを知り、二人は目が点になってしまう。
「念のために聞くけど、香澄。まさかあなた……トムに天秤をプレゼントするつもりなの?」
“そうよ”と言わんばかりに香澄が頷くが、そんな彼女の考えや姿が不思議でならならない。逆に彼女の体調が心配になったマーガレットは、香澄のおでこにそっと手を当てる。そして自分のおでこに当て熱がないことをしっかりと確認して、悪いものを食べたわけではないと安心する。
「熱はないみたいね。……あなたらしくないわね。どこか具合でも悪いの?」
とげのある皮肉を言ったマーガレットだが、そんな彼女にツッコミを入れることなく、香澄は“自分でもよく分からないのよ”と赤裸々に語る。
「やっぱりメグもおかしいと思うわよね? ……実は私にも、何で天秤を選んだのかよく分からないのよ。ただこれを雑貨店で見た瞬間に、ものすごく興味をそそられたというか何というか……ご、ごめんなさい」
いつになく真面目に答える香澄から謝られて、マーガレットはむしろ委縮してしまう。
横で話を聞いていたジェニファーも香澄を責めるわけではないが、はたしてトーマスが天秤を受け取って喜ぶのか疑問に思っていた。
「あの、香澄を責めるつもりはないんですけど……どこか変ですよ? もしかして、この間の合宿の疲れがまだ残っているの?」
「……いえ、大丈夫よ。ありがとう、ジェニー」
やはり二人から“間違った選択ではないかしら?”という返答だった。しかしこの時は何故か、“私の判断は間違っていないわ”という確信があった香澄。だが購入したものは仕方がないという流れになり、とりあえず家に戻ることになった。
「と、とにかく一度買ってしまったものは仕方ないんだから……とりあえず家に帰ろう」
「そうですね。さぁ、香澄。暗い顔しないで元気出してください。そ、それにほら……もしかしたら、逆にトムが喜ぶかもしれないじゃないですか!?」
“そうだといいわね”とから返事をする香澄をよそに、和気あいあいと帰路へ向かうマーガレットとジェニファーだった。
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