【トーマス編】

今日の食事は何にする?

                八章


              【トーマス編】

 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年八月二〇日 午後五時三〇分

 八月一三日から一八日までマーガレットが所属する演劇サークルの合宿に参加することになったトーマスは、香澄とジェニファーと一緒に一週間ほど一時的に自宅を離れた。これまで自宅を空けての外出をしたことがなく、最初はホームシックにならないか不安だった。

 だがマーガレットをはじめ、香澄やジェニファーが側にいてくれたので、彼はホームシックになることはなかった。また演劇サークルの部員は全員気さくな人ばかりで、楽しいひと時を過ごすことが出来たトーマス。


 そして無事に帰ってきたものの、合宿疲れによるものかトーマスの体は軽い筋肉痛になってしまった。

『あぁ~疲れた。昨日一日休んだのに、まだ体が痛いなぁ。……運動不足かな?』

などと思っていると、突然家の電話が鳴りだす。“はいはい”と思いつつも、電話に出るトーマス。

「もしもし、トム。フローラだけど、今いいかしら?」

「うん、大丈夫だけど……どうしたの、フローラ」

何だろうと思いつつも、“香澄たちならまだ帰っていないよ”と伝える。

「ううん、そうじゃないの。今朝言い忘れたのだけど、今日は夜まで学会があって少し帰りが遅くなりそうなの。多分帰りは夜の一〇時過ぎになると思うから、悪いけど今夜は何か出前を取ってくれる? お金は私の部屋のテーブルの上に置いてあるから」

「フローラの部屋の中だね。ちょっと待って、今確認するから――」


 トーマスは電話の子機を持ったまま二階へと上がっていき、自分の部屋の隣にあるフローラの部屋に入る。辺りを見渡すと、テーブルの上に白い封筒が置いてあった。その中身を確認すると、夜ご飯代として五〇ドル紙幣が一枚封入されていた。それを確認したトーマスは

「――えぇと、白い封筒に入っているお金で間違いない?」

「えぇ、そうよ。それと香澄たちにはまだ伝えてないから、彼女たちが帰ってきたら伝えておいてくれる?」

「うん、わかった」

「お願いね、トム。……それじゃ急いているから、もう切るわね。一人で寂しいかもしれないけど、あまり香澄たちを困らせないでね」

「分かっているよ、フローラ。バイバイ」


 夕食の一件を伝え終えたフローラが電話を切ると、トーマスは五〇ドル紙幣の入った封筒と子機を持ち、そのまま一階のリビングへ向かう。そして子機を受話器に置くと、封筒を持ったままソファーに勢いよく座る。チラッとリビングの壁時計を確認すると、時刻は午後五時三〇分を指していた。

『もうすぐ夜ご飯の時間だね、そろそろみんな帰ってくるかな?』

六時〇〇分ごろになると、いつものようにドアを開ける音が聞こえてきた。

「ただいま」

と聞きなれた女性の声が聞こえてきたので、トーマスは封筒を持ったままソファーから立ちあがり、そのまま玄関へ走る。そして香澄たちの姿を確認すると、

「おかえりなさい、香澄、メグ、ジェニー」

トーマスは彼女たちの帰りを出迎える。香澄たちも“トム、ただいま”と言って挨拶するとそのまま洗面所へ向かい、各自手洗いとうがいを済ませる。


 洗面所から戻ってきたマーガレットたちは、トーマスの右手に持っている白い封筒に気がつく。

「あら……トム、その白い封筒は何?」

トーマスは白い封筒の中身について説明すると同時に、“今日はケビンとフローラの帰りが遅くなるから、このお金で出前を取るんだって!”と伝える。

「そうなんだ……五〇ドルとなると、四人で何か出前取るには十分な金額ですね」

ジェニファーはむしろ多すぎると思ったくらいだが、マーガレットは“せっかくなので、ありがたく使わせてもらいましょう”と言う。やれやれと思いつつも、香澄は彼女たちに何を注文したいか尋ねる。

 

 するとマーガレットが“久々にピザが食べたいわ”と言う。ジェニファーも特に問題ないと彼女に賛同する一方で、香澄はトーマスに何が食べたいか質問する。

「僕は出前のことはよく分からないから、何注文するかはみんなで決めていいよ」

 香澄も“特にリクエストはないわ”と言ったので、彼女たちはハリソン夫妻が置いた五〇ドルでピザを注文することになった。


 各自相談をした結果、“ピザを二枚注文しましょう”という流れになった。注文したいピザを決めると、マーガレットがお店へ電話してデリバリーを依頼する。

 アメリカでは日本のように一枚あたりのピザ代金が安く、日本円に加算すると半額以下で注文出来ることもある。彼女たちは二枚注文したが、税込みでも四〇ドルでお釣りが出るほどの金額となった。

「五〇ドルでも、十分お釣りが出るわね。余った分は後で返しましょう」

 香澄は万が一のことを考え、一〇ドルくらいは残しておくように指示して、ジェニファーとトーマスは納得する。一方で電話を終えたマーガレットが戻ってきて、

「今注文終わったところだけど、今日は少し混んでいるから後一時間くらいかかるって」

ピザが到着するのは、大体夜の七時〇〇分くらいだと伝える。

「一九時くらいね……分かったわ、ありがとう」

 

 だがピザが到着するまで一時間ほどあった。そこで香澄たちは忘れないうちに、購入したプレゼントを渡す。

「まずは私からですよ。少し遅くなりましたが、トム。特別審査賞入賞……おめでとうございます!」

 そう言ってジェニファーはビニール袋ごとトーマスへ渡し、ワクワクしながら中身を確認する。中からトーマスの好きな女性歌手の新作CDが出てきたので、

「これって……僕の好きな女性歌手の新作CDだよね!? ありがとう、ジェニー!」


 心の中で“喜んでもらえてよかったわ”と思うのもつかの間、今度はマーガレットからプレゼントが渡される。

「次は私だよ。ジェンみたいに普通のプレゼントじゃつまらないから私はね……こんな商品を用意しました」

そう言ってジェニファーのように袋ごと渡すと、お礼を言った後でトーマスは中身を確認した。中から黒い衣装が出てきたので

「これは洋服かな? ……ん、でもよく見ると違うな。……も、もしかしてこれってコスプレ衣装!?」

と思い取り出してみると、案の定コスプレ衣装だった。

 そしてマーガレットが自慢げに、忍者のコスプレ衣装であることを説明する。だが今までコスプレ衣装を着たことがなかったトーマスは、マーガレットのプレゼントに少し困惑してしまう。

「あ、ありがとう……メグ。た、大切にするね……」


 ジェニファーとマーガレットがプレゼントを渡すのを確認した香澄は、最後に“私からのプレゼントよ”と言って、トーマスへ袋ごと優しく手渡す。香澄からのプレゼントに好奇心を持ちながら袋から取り出すと、そこにはレトロな作りの天秤が入っていた。テーブルの上にコトンと置いた後で、トーマスは少し不思議そうな顔をしながら天秤を見ていた。

「香澄。これってもしかして……て、だよね?」

マーガレットから受け取ったプレゼント以上に意表をつかれてしまうが、とりあえずお礼を言うトーマス。マーガレットならともかく、香澄から天秤をプレゼントされるとは夢にも思っていなかったようだ。

「……ごめんなさい、トム。やっぱり天秤なんか贈られても、嬉しくないわよね。これは私の部屋に飾ることにするわ。……でも安心して。近いうちにトムが好きそうなプレゼントを、改めて買ってくるから」

“これは自分の部屋にインテリアとして飾るわ”と告げた。そして“改めてプレゼントを用意するわ”と言うが、その表情は少しばかり切ない。そんな滅多に見せない彼女の寂しそうな顔を見たトーマスはどこか心苦しくなり、

「……う、ううん。僕、天秤でいいよ。だって香澄が一生懸命選んでくれた、プレゼントだもん!」


 自分の正直な気持ちをありのままに伝えて、香澄にお礼を言う。本当にいいのと再確認するが、トーマスは天秤を手にしてジェニファーに見せた時と同じように笑みで返す。それを見た香澄にも笑みがこぼれ、

「……ありがとう、トム。あなたは本当に優しい子ね」

緊張感漂う空気を穏やかな流れに変えた。一方で自分だけ反応が今一つだったことに、マーガレットは眉間にしわを寄せつつ、どこか不機嫌な顔をしていた……


 香澄たちからプレゼントを受け取ったトーマスは、“せっかくもらったプレゼントだから、無くさないようにしないと”と自分の部屋に持っていき、押入れの中にプレゼントを収納する。

 その後“パタパタ”とトーマスが駆け足でリビングへと戻ると、何かを思い出したかのように香澄が今晩作る予定だったゼリーの材料を買い忘れていたことに気付く。“そんなの明日でもいいじゃない?”と言いだすマーガレットだが、“今日作る予定だったので、それでは駄目なのよ”と香澄は反論する。


 だがピザが到着するまで一時間ほどあったので、

「ごめんなさい。私ちょっとスーパーまで行って、材料を買ってくるわ。……帰ってくる間にピザが届いたら、先に食べていていいからね」

と言いながら席を立つ香澄。だが“香澄が出かけるなら、私も行きます”とジェニファーも言い出した。そして彼女は、“ケビンおすすめの紅茶の茶葉を購入したいから”と付け加える。


 結局香澄とジェニファーの二人で、最寄りのスーパーまで行くことになった。そして家にはマーガレットとトーマスの二人だけが残り、ピザの到着時間まで暇を持て余していた。

「二人とも行っちゃったね。それにしてもメグ、ピザが届くまで何かお話でもしようよ」

「そうね。それまで二人でお話でも……」

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