見え隠れする陰
ワシントン州 ベナロヤホール 売店 二〇一二年一二月二五日 午後六時三〇分
一足先にトーマスが売店へと向かい、彼を追うかのように香澄とジェニファーも歩く。今日はクリスマスの特別講演ということもあり、売店には多くの商品が販売されていた。
だが今回出演するマーガレットたちはプロの女優ではなく、あくまでもワシントン大学の演劇サークルに所属するただの学生。通常なら出演者のプロマイドも販売されることが多い。だがマーガレットたちはプロの舞台男優・女優ではないので、プロマイドは販売されていない。
そのため販売されている商品として、パンフレットをはじめ『オペラ座の怪人』をモチーフにしたグッズが多数並んでいる。だが好奇心旺盛なトーマスは、販売されている商品に目をキラキラ輝かせる。
「トム。あまり時間がないから、少し見たら行くわよ!」
「うん、分かった!」
と返事をするものの、トーマスの心は売店の商品へと釘付け。“仕方ないわね……”と思いつつも、二人は売店で販売されている商品を見る。
『どんなものが売っているのかしら? パンフレット以外だと……オルゴールやマグカップなどがあるわね』
香澄とジェニファーは一通り商品を見ている一方で、トーマスは売店を離れないようにしつつ商品を見ていた。だが自分は商品の代金を持っていなかったので、購入は諦めようと思う。そんなことを思いつつ、彼はふと目線を前へと向ける。
すると目の前に一組の幸せそうな夫婦、二人の子供を連れた親子連れの姿が、彼の目に映る。服装や身なりから、かつての自分と同じように、比較的裕福な家庭という感じだ。二人の子供は両親へプレゼントのおねだりをして、夫婦はそれに答えるようにパンフレットやオルゴールなどを購入する。
『とても幸せそうだな、あの親子と子供たち。……パパとママと一緒にいた時、僕もあんな顔をしていたのかな?』
ふとしたことから、亡くなった両親へのことを思い出が蘇ってしまい、快晴のような晴れていた心に、一点の曇りが
ハリソン夫妻はとても面倒を見てくれているが、それでもトーマスは自分の両親へ会いたいという気持ちを捨てることが出来ず、一人唇をかみしめている……
『パパ……ママ……』
生真面目な性格であるが
一度は失いかけた生きる意欲を取り戻し、その後充実した日々を過ごすトーマス。それでもやはり、トーマスの心には亡き両親の面影が強く残っていた……
そのことに葛藤しつつも寂しいという気持ちや感情を押し殺し、トーマスは香澄たちの元へ向かう。
「香澄、ジェニー。そろそろ時間だよ。開演まで一五分しかないから、そろそろ叔父さんたちの元へ戻ろう」
だが“時間を知らせるのは自分たちの役目”と思っていたためか、トーマスからその言葉を聞いた香澄たちは内心驚いていた。
「もういいの、トム? あと五分くらいなら大丈夫よ」
「ありがとう、ジェニー。でも“あんまり遅くならないように”って、ケビンたちに言われているでしょ?」
「……分かったわ。それじゃ行きましょう」
トーマスに誘われるままに、香澄とジェニファーは二人が待つVIPルームへと戻り始める。
VIPルームへ戻る途中、これまで元気があったトーマスの顔がどことなく暗い。そんなトーマスの様子を不安に思った香澄とジェニファーは、歩きながら彼に声をかける。
「トム、大丈夫? 何だか元気ないように見えるけど……」
「……もしかしてお腹が空いたんですか? でもごめんね。もうすぐ開演だから、今日は我慢してね」
“お腹が空いたのかしら?”と思いつつ、“悪いけど、今日は我慢してね”と優しく伝える香澄とジェニファー。その一方で本当のことが言えなかったので、
「う、うん……分かった。ちょっとお腹空いたけど、我慢するね」
と彼女たちの言葉を逆に利用して、その場をしのいだ。
また小さな嘘をついてしまったことに、トーマスは以前と同じように、罪の意識に
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