マーガレットの晴れ舞台

                 九章


  ワシントン州 ベナロヤホール 二〇一二年一二月二五日 午後六時〇〇分

 二〇一二年一二月二五日……ワシントン州をはじめ、シアトルやアメリカ全土ではクリスマスを祝うムードで、街全体が幸せを演出していた。街中にはカップルや夫婦や家族などの姿が多く、それぞれがクリスマスという特別な時を過ごす。

 そんな中で、ワシントン大学の演劇サークルに所属するマーガレット・ローズが出演する予定お芝居が、もうすぐ始まろうとしている。演目は『オペラ座の怪人』で、彼女はヒロインのクリスティーヌ・ダーエを演じる。


 元々はサークルメンバーのみで構成されたお芝居であるが、ベナロヤホールの支配人のアレクサンダー・バーナードがこの日のために、舞台を特別に用意してくれた。彼自身もまたハリソン夫妻と交流があり、“メグが主役を演じる”と聞いて特別にベナロヤホールを貸してくれた。

『……支配人が舞台を用意してくれたのだから、絶対に失敗出来ないわね。……ファイト、メグ。あなたならきっと出来るわ!』

 一種の自己暗示をかけながらも、マーガレットは今日の意気込みと気合を入れる。普段は陽気で明るいという印象強いが、この時ばかりは一人の主演女優の顔に変わる。


 ワシントン大学での講義終了後、マーガレットはアレクサンダーが支配人を務めるベナロヤホールでアルバイトしている。チケットの販売員や受付として勤務したことはあるが、舞台女優として勤務するのはこれが始めて。

 同時にこれが一般公演の舞台、しかもクリスマスということもあり学校外の人もお芝居を鑑賞する。何度も練習していたとはいえ、初めての大舞台になるマーガレットの武者震いは当分止まりそうもない。

 

 マーガレットからお芝居の話を聞いていた香澄たちは、彼女が事前に用意してくれたクリスマスチケットを使用して、ベナロヤホールへと入る。本来なら一般購入する予定だったチケットだが、マーガレットがバーナード支配人へお願いして、特別に五枚分のチケットを用意してくれた。

 またチケットにはVIPルームと記載されており、彼女たちは一般客とは別の部屋へ通された。そこは一般席よりも見晴らしが良く、自分たちの周辺には観客はいなかった。ゆっくりとお芝居を見ることが出来る特別席で、香澄たちはチケットを用意してくれたマーガレット、およびバーナード支配人へ感謝の気持ちでいっぱいになる。

 

 その時“コンコン”とドアをノックする音が聞こえてきたので、“どうぞ”とフローラは声をかける。マーガレットの上司でベナロヤホールの支配人、アレクサンダーが静かに入室する。

「ようこそ、ベナロヤホールへ! 私がこのホールの責任者で支配人のアレクサンダー・バーナードです。君たちがメグのお友達の香澄とジェニファー、そしてトーマスだね?」

 自己紹介をしたアレクサンダーに対し、香澄とジェニファーも同じように返す。そしてトーマスも同じように返すと、今度はハリソン夫妻へ同じように挨拶を交わす。


 その後アレクサンダーは香澄たちへ、今回マーガレットが主演する舞台のパンフレットを、各自一冊づつ手渡す。本来なら売店で購入するパンフレットだが、今回特別にバーナード支配人が用意してくれたのだ。感謝とお礼の気持ちを伝えるため、五人を代表して香澄が彼へ挨拶する。

「この度はチケットとパンフレットを用意してくださり、本当にありがとうございます。そしてメグ……いえ、マーガレットがいつもお世話になっています」

「どういたしまして。……なるほど、メグが言っていた通りの子だね」

バーナード支配人の発言に疑問を持った香澄だが、すぐさま“悪気はない”と言う。

「……あぁ、ごめんね。メグは休憩中に、いつも君のことを話しているんだよ。ってね!」


 皆の前で真面目でしっかり者と言われたことが恥ずかしいのか、少し頬を赤く染める香澄。そしてアレクサンダーは“まだ業務の途中なので失礼します”と言って、一人そっと部屋を出る。


 アレクサンダー人が静かに部屋を出た後、香澄たちはパンフレットに目を通している。すると出演者リストの中に、顔写真付きで、クリスティーヌ・ダーエ役にマーガレットの写真が掲載されている。いつものような明るい雰囲気とは別に、この時の彼女は舞台女優らしく、真面目な顔つきをしている。なおパンフレットには、劇の上演予定時間は午後七時〇〇分と書かれている。

「……本当にマギーが写っている。これを機に、彼女が目指す夢へ向かって大きく前進するといいなぁ」

「そうだね。……思えば、メグは昔からお芝居や演劇が好きだったな。子供の時に“いつか大舞台でお芝居をしたい”って言っていたから、夢が叶ったと僕は思うよ」

「ええ、そうね。……そうだわ、あなた! 年内もしくは年明けに、メグの主演祝いをかねたパーティー開くのはどう?」

「いいと思うよ、フローラ。カスミたちもそれで……大丈夫かな?」


 だが香澄たちも異を唱えるつもりはなく、マーガレットを祝福したいという気持ちは二人とて同じ。

「もちろんです。その時はお料理とか準備とか、色々とお手伝いしますよ!」

「ありがとう、香澄、ジェニー。……フフフ、今から楽しみだわ」

後日マーガレットのためにパーティーやお祝いをしようと、早くも浮かれてしまう。


 舞台が開演するまでまだ時間があったので、香澄たちはそれまでバーナード支配人から受け取った、パンフレットを読んでいた。彼女からも事前に話を聞いていたが、今回の舞台では話やストーリーを大きく変更する予定はない。通常の舞台や演劇などでは、一部ストーリーを変えて演じることがある。だが今回は原作に沿った形で演じることになったので、大まかな流れは原作通り。

 しかしまったく同じというわけでもなく、ストーリーの流れを変えないことを前提に、一部シナリオを加えている。その場面について尋ねるが、“それは当日のお楽しみよ”とけむに巻かれてしまう。読書家でもある五人は、いずれも原作である『オペラ座の怪人』の内容を知っており、大体の流れは頭の中に入っている。


 だが開演まで三〇分ほど時間が余っており、今のうちにトイレに行きたいとハリソン夫妻へお願いするトーマス。

「それはいいけど、一人で大丈夫? ベナロヤホールは広いから、迷子にならないか心配だわ」

「大丈夫だよ、フローラ。パンフレットに道順が書いてあるから!」

“僕一人でも大丈夫だよ”と言うトーマスだが、不安になった香澄たちが同伴することになった。

「頼むよ、二人とも。……あっ、カスミにジェニー。遅くなっても、開演時間の五分前には戻ってくるんだよ」

開演予定時間が午後七時〇〇分を予定しており、今の時刻は午後六時二五分。開園まで、約三〇分ほど残っている。

「分かりました、五分前までに戻ります。それでは行ってきます」

そう伝え終えた香澄とジェニファーは、トーマスと一緒にトイレへ向かう。

 

 香澄とジェニファーが一緒だったので、トーマスは迷うことなくトイレへ行くことが出来た。彼女たちは事前に済ませていたため、トイレへ行くことなくトーマスが戻ってくるのを待っていた。

 しばらくすると彼が戻ってきたので、“さぁ、戻りましょう”とトーマスの手を香澄は握る。

「香澄、ジェニー。開演までまだ時間あるから、戻る前にどこか行きたいなぁ。ねぇ、いいでしょ!?」


 最初はマーガレットを激励する予定だったが、開演まで時間がないということで、今回は待合室ではなく売店へ行くことに決めた。

「そうね……今からメグの所へ行っても、かえって緊張させてしまうかもしれないから、売店へ行きましょう」

「うん、わかった。売店までの道順だったら、僕覚えているよ。それじゃ先行くね」

“売店へ行きましょう”と聞くと同時に、トーマスは一足先に目的地へと走っていく。そんな様子を見て、二人は思わず笑みを浮かべる。そしてトーマスを追いかけるように、香澄とジェニファーはゆっくりと歩きながら売店へと向かう。

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