亡き両親への想い
ワシントン州 トーマスの部屋 二〇一二年六月一二日 午後九時三〇分
数週間後のイベントに向けて、テーマが無事決まったトーマス。方向性が見えたことで大きく前進したので、“今日はこれで寝よう”と、ベッドに入る準備を整える。
『パジャマに着替えたし、歯磨きもした。ケビンや香澄たちにも“お休み”って言ったし……後は大丈夫だよね』
自問自答するかのように、彼は寝るための準備がすべて終わったことを再確認する。部屋の電気を消そうとした矢先、
「あっ、そうだ!?」
何かを思い出したかのように勉強机へと向かう。
トーマスは勉強机に置いてある、一台の写真立てを手に取る。そこには自分の両親、リース・サンフィールド・ソフィー・サンフィールドと自分、計三名が写っている。彼の両親が亡くなる少し前に撮られた写真で、トーマスにとって世界で一番大切なもの。それはお金で買うことが出来ない、世界に一つだけの宝物。
「ねぇ、パパ、ママ。さっき“香澄たちの話を一緒に聞いていた”から知っていると思うけど、やっと作品のテーマが決まったよ! でも後数週間しかないから、僕ちょっと不安だよ。……それに僕なんかに詩を作れるのかな?」
ハリソン夫妻たちと一緒に暮らしていた時には、勉強机に置いてある写真立てはそのままの状態。だが香澄たちが新たに同居人としてやってきたことにより、“両親の写真立てを見られたくない”と思い、机の引き出しに入れてしまう。
トーマスが幼くして両親を亡くしたことや事情を、香澄たちはむろん知っている。だが今でも両親の面影を追っていることを話すことが、今のトーマスには少し気恥ずかしいようだ。
『こうして僕は今ケビンたちのお家でお世話になっているだから、これ以上負担はかけさせたくないんだ――だから僕がもっとしっかりしないとね』
続いて彼は、幼いころから一緒にいるクマのぬいぐるみに話しかける。その内容は先ほどと同じで、自分の近況報告が中心。
「……さぁ、僕はもう寝るよ。おやすみ、パパ、ママ!」
と言って、彼は写真立てに写る両親にそっとキスする。その後ぬいぐるみにも同じようにキスした後で、トーマスはベッドに入り静かに目を閉じる。
トーマスの身や心を案じ、“トムに元気になってもらおう”と接する香澄たち。しかしだからといってトーマスを特別扱いすることはなく、あくまもで普通の子供として接することが特徴。また常に誰かが一緒にいることで、少なからずトーマスの不安や寂しさを抑える目的もある。
何よりフローラという現役の臨床心理士もおり、心のケアに抜かりはない。また彼女ほどの知識や力はないものの、ケビンや香澄・マーガレット・ジェニファーたちも、自分たちなりに努力し、トーマスの手助けをしている。
一方でトーマスについては、“フローラたちにはこれ以上負担をかけたくない”と、自分の正直な気持ちを伝えることに抵抗がある様子。表向きは普通の少年として接しているが、その心の奥には両親への面影や人の愛情に飢えているという、ごく当たり前の感情が芽生えている。
だが突然両親を失ったショックが大きすぎること・彼自身の生真面目な性格が関係し、そんな自分の複雑な気持ちを上手く伝えることが出来ないのかもしれない。
彼らが出会った当初に比べれば、お互いの距離が縮んだのは確かだろう。そのことを香澄たちは実感しているのだが、トーマスとの交流はまだ始まったばかり。本当の意味でトーマスを救うためには香澄たちが彼の心の声に耳を傾け、その心の声に寄り添う必要があるのだ。
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