【トーマス編】
霧雨のような不透明な世界
一三章
【トーマス編】
ワシントン州 某所 二〇一一年一二月三〇日 午後一一時〇〇分
あの時僕は夢を見ていた――だがその内容が思い出せない。それは何故だろう? 無意識の中に眠る自分という存在が、僕へ警告しているのだろうか? それとも平行線のように、寄り添う駆け引きを楽しむ僕の心があるのか?
夢の世界には甘い誘惑も
しかし少し見方を変えると、その裏には何かしらの闇がうごめいている――光と闇は常に表裏一体で、コインのような関係を維持している。夢の世界は川の流れにどこか似ており、一粒の滴が
トーマスがふと眼を覚ますと、そこには真っ白な光が一面を覆っていた。光なのにどこか冷たい風が吹き寄せてくるが、彼は特に気にせず目の前の扉を開ける。すると目の前には、トーマスの自宅ではなく何かの公共施設を思われる廊下が並ぶ。
不思議に思ったトーマスは、さらに周囲を注意深く観察してみる。すると周辺には子供から老人までおり、白い服をきた若い男女に連れられて何やら話をしている。また老人の頭には包帯が巻かれており、よく見ると白い服を着ている女性の胸元にはプラスチックのネームプレートがある。
『ここはもしかして……病院かな? でも何で僕が病院にいるのかな?』
疑問に思い自分の左腕を見てみると、そこには何故か包帯が巻かれている。さらに赤く
『痛! ……どうして僕の体から、痛みを感じるんだろう?」
今一つ状況がつかめないままその場で考え込んでいると、
「……あっ、だめですよ。勝手に病室を出てはいけませんよ」
トーマスの後ろから若い女性の声が聞こえてくる。だが自分が呼ばれているとは思っていないため、“病院らしき場所を探索してみよう”と一人思う。
「そうだ、パパとママはどこにいるのかな? きっと二人とも僕のことを探しているはずだし……」
両親のリースとソフィーを探しに行こうと思い、トーマスは一目散に廊下を歩き始めた。すると突然、
「こら! 人が何度も呼んでいるんだから、返事くらいしなさい!!」
誰かの怒鳴りつける声が聞こえてきた。案の定自分のことだとは思っていないトーマスは、そのまま廊下を歩き回っている。
すると突然後ろから、自分の手を優しく握ってくる人がいた。その優しく柔らかい感触から“女の人かな?”と不思議に思いつつも、とっさに振り替えるトーマス。案の定自分の手を女性が握っており、トーマスが最初にいた部屋へと半ば強引に戻されてしまう。
そしてベッドに戻るとすぐに、
「簡単な検査をするので、じっとしていてください。……はい、お口をアーンしてね」
「……? う、うん」
白衣を着ている女性に“口を開けてね”と言われる。
不思議に思いつつもアーンと口を小さく開けると、目の前にいるナースはトーマスの口へ何かを入れた。その何かとは体温計のようで、トーマスの体温を調べるためにカルテのようなものを右手に持っている。そして体温計がピピッと鳴ると、トーマスの口からそっと体温計を取り表示されている数値を記録する。
その後血圧や心拍数なども調べて行き、ナースはカルテに数値をスラスラと記入していく。診察をうけている間、トーマスが彼女の胸元のネームプレートに目を向ける――そこにはキャサリン・パープルという名前が記されていた。
ワシントン州 病室 二〇一一年一二月三〇日 午後一一時一〇分
一通りの検査が終了した後、キャサリンは事前に用意していた救急箱から手慣れた様子で、包帯とハサミを取り出す。医療用の救急箱を初めて見たトーマスは不思議そうな顔をしており、彼女に質問を投げかける。
「……あぁ、これ? 医療用の救急箱よ。結構本格的でしょう? 坊やのお家にある救急箱よりも、たくさんのお薬や医療道具が入っているのよ。フフ」
時折子供目線になりつつ説明するキャサリン。その手際の良さは、まさに理想的なナースそのもの。
そして手慣れた感じでテキパキとトーマスの古い包帯を外し、新しい包帯を左腕にクルクルと優しく巻いていく。その後も外傷がないか体を触りながら、確認している。
「どこか痛いところや苦しいところは……ありませんか?」
とテキパキと業務をこなしながらも、優しく問いかける。
「さっきお姉さんが巻いてくれた部分がちょっと痛いけど、後は大丈夫かな。それよりも……一体ここはどこ? ねぇ、僕のパパとママはどこにいるの?」
腕に軽い鈍痛を感じることに加えて、“僕のパパとママは一体どこにいるの?”と何度も尋ねる。それを聞いたキャサリンの顔には暗い陰が見えはじめ、
「……
と独り言をつぶやく。だがその言葉の真意を、この時のトーマスが知ることはなかった。
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