新たな目標

                 三章


 ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年五月二六日 午前一一時〇〇分

 引っ越しは翌月に予定していたが、ケビンから香澄とマーガレットへ連絡が入る。“予定より少し早くなる”と連絡を受けた二人は手続きを済ませ、自分たちの入居先を彼の自宅へ移すことになった。


 一方で家にはハリソン夫妻が待っており、香澄とマーガレットを手厚く出迎える。

「我が家へようこそ、カスミ、メグ! これからしばらくの間、一緒に頑張っていこう」

「はい。……しばらくの間お世話になりますね、ケビン、フローラ」

マーガレットはケビンと挨拶をする一方で、香澄はフローラと挨拶を交わす。

「何だか少し複雑な気分です。と、とにかくよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね、香澄。……ふふ、これでまた我が家が賑やかになるわね!」

「それと大学一の臨床心理士が自宅にいるので、勉強はばっちりですね」

「あらあら、お上手ね。……でも香澄、勉強だけでなくあの子の面倒もちゃんとお願いね?」

“はい”と元気な笑顔を見せる香澄は、今回の患者で新しい同居人となるトーマスの姿を確認する。だが彼女たちの話では、“友達と出かけているから、お昼にならないと戻ってこないわ”と聞く。一度は肩をすくめるが、その一方で“友達がいるのなら、今回はトラブルを起こすことはないわね”と、香澄の心はどこか安堵していた。

「お昼ぐらいに帰ってくる予定だから、その時にでも紹介するよ」

“なら仕方ないわね”と思いつつ、彼女たちは二階にある自分たちの部屋へ案内された。香澄の部屋案内はフローラが行い、マーガレットの部屋案内はケビンが行う。

 二階の西側の一部屋を案内したフローラがドアを開けると、そこには勉強机やベッドなどが並んでいた。一方でケビンがマーガレットに案内した部屋も同様で、香澄の部屋と同じく、勉強机や洋服ダンスなどが備えられている。

「……どうかしら、香澄? 少し狭くないかしら?」

「とんでもない! 私が使っていたお部屋よりも、むしろ広いくらいです!」

それを聞いて安心したフローラは、“一息入れたら一階に来て”とだけ言い残し、部屋を後にする。


 軽い疲労感を覚えた香澄は、目の前に敷かれていたベッドに飛び込む。つい先ほどまで外で干していたのか、シーツからはお日様の優しく暖かい香りがした。

 そんな感傷に浸っていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。“どうぞ”と香澄が言うと、マーガレットが彼女の様子を見に来た様子。

「……どう、香澄? 新たな新居のご感想は!?」

「十分すぎる間取りね。……さっきフローラにも、同じ質問をされたばかりよ」

ため息をもらしながらつぶやく香澄の隣に座り、今後の流れについて再確認した。

「今後の流れだけど……あなたも含めて、私も特別なことはしなくていいんだよね? あくまでも普通の男の子として接すれば……いいのよね?」

「えぇ、フローラもそう言っていたわ。確か名前は……トーマス・サンフィールドよ。“少し浮き沈みがあるけど、基本的に大人しい子”って言っていたから、たぶん大丈夫よ」

などと二人は冗談まがいに話を進めていく。そして一段落ついたところで、部屋を出てハリソン夫妻が待つ一階のリビングへ向かう。


 するとお昼が近いということもあり、フローラは台所でランチの準備をしている。一方ケビンはソファーに座り、今話題のドラマを観ているようだ。

「……二人ともゆっくり出来た? 待ってね、もうすぐランチが出来るから」

「あっ、私たちも手伝いましょうか?」

「いえ、大丈夫よ。明日以降はお願いすることもあると思うけど……私が家にいる時は基本的に私が作るから、二人とも安心して」

“一応自炊は出来ますので……”と伝える香澄とマーガレットだが、“家にいる時にはのんびりして良いのよ”とフローラに言われてしまう。フローラの好意に甘えることにした二人は軽く挨拶を済ませた後、食事が出来るまで各自部屋で休憩していた。

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