トーマス・サンフィールドとの出会い

  ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年五月二六日 午後〇時一五分

 ランチタイムになったことを確認した二人がリビングへと向かうと、そこにはフローラが作ったランチがすでに用意されていた。事前に手も洗っていたので、香澄とマーガレットは席に座り昼食を取ろうとした。

 だがちょうどその時、玄関扉が開く音がしたので、香澄とマーガレットは”何かしら?”と思いつつも玄関へ向かう。するとそこには、帽子をかぶった一人の少年が立っていた。香澄とマーガレットはこの少年こそ、今回自分たちが心のケアを行う、トーマス・サンフィールドだと確信する。

 さりげなくトーマスの外見を確認するが、一見見た感じではハリソン夫妻が言うような陰は見られない。一方のトーマス自身も、ハリソン夫妻からある程度香澄たちのことは聞いていた様子。“今日から新しい同居人が二人来る”と聞いており、彼も香澄とマーガレットを見ているが、その目はどこかよそよそしい。


 とりあえず“自己紹介をしないと”と思った香澄は子ども目線になり、優しく微笑みながらトーマスへ話しかける。

「おかえりなさい。えぇと……あなたがトーマス・サンフィールド?」

香澄からの問いかけに対し、少年はただ無言で頷くだけ。……若干表情がこわばっていることから、どこかしら警戒していることが感じ取れる。

「そう。もしかしてすでに聞いているかもしれないけど、自己紹介するわね。……はじめまして、トーマス。今日からハリソン夫妻の家に入居することになった、ワシントン大学在学の高村 香澄です。“香澄”って呼んでね」

笑みを浮かべながら挨拶を交わす。続いて横にいたマーガレットも同じように自己紹介をすると、少し戸惑いながらも彼も自己紹介をする。

「……こ、こんにちは、トーマス・サンフィールドです。よろしくお願いします」

 

 だがその表情に違いがあり、一応挨拶を交わしたトーマスの顔は無表情。そして何事もなかったかのように洗面所へ向かい、手洗いとうがい済ませ席に戻る。一瞬ムッとしてしまうマーガレットと香澄だが、そんな二人の様子を見たケビンは、彼女たちをフォローする。

「二人ともごめんね。あの子はから、少し素っ気ないところがあるんだよ」

「いえ、大丈夫です。最初からある程度、予想はしていたので……」

 洗面所から出てきたトーマスは、続けてケビンに挨拶する。だがその表情はどこか明るく、”私たちに彼らと同じように出来るのかしら?”と不安に思う。


 食卓にはフローラが作ったと思われる、美味しそうな料理が並べられている。だがお昼時ということもあり、サンドウィッチやクロワッサンのように、一口サイズのものが中心。

「……美味しい。これって本当にハムサンドですか?」

香澄がふと口にしたハムサンドは、フローラの得意料理。パンの間にハムと数種類の野菜をトッピングしただけのものだが、味のアクセントとして特性のドレッシングが入っている。

「美味しいでしょう!? 今度二人にも作り方教えてあげるわね」


 一方のトーマスは四人のように食卓で会話を楽しむことはなく、ただ黙々とハムサンドを口にする。そして一足先に食べ終えると、自分の食器を台所へ持っていき、お皿を洗い始めた。お皿を洗い終えると、そそくさと自分の部屋に戻ってしまう。まるでその姿は、“楽しい団欒だんらんの間に、邪魔者はいない方が良い”と、彼なりに意思表示をするかのようだ……

 無言で最初からいないかのように振舞うトーマスの姿を見て、初めてその様子を見たマーガレットは、愚痴をこぼしてしまう。

「……何よ、あの子は。いくらなんでも、ちょっと感じ悪いんじゃない!?」

「よしなさい、メグ。……すみません、メグは思ったことをそのまま口にしてしまうから」


 だがハリソン夫妻はこういった反応も予測通りという顔をしており、マーガレットの言動を聞いてもあまり驚いてはいないよう。

「ごめんなさいね、二人とも。トムは初対面の人には、いつもああなのよ。……でも本当はとても純粋で優しい男の子なのよ」

フローラになだめらたこともあり、二人は彼女の顔をたてることにした。


 一方で香澄は“話の突破口が必要ね”と思い、二人にトーマスの好きなものや趣味などについて質問する。

「ケビン、フローラ。一つ聞いてもいいですか? トムのって、例えばどんなものがありますか?」

「トムの好きなものや趣味? う~ん、そうだな……」

ハリソン夫妻は何だろう? と思い少し考え込むと、フローラがこんなことを思い出した。

「そうね……もしかしたら、香澄あの子の悩みも解決出来るかもしれないわ」

「私なら? フローラ、それはどういう意味でしょうか?」

彼女の言っていることが理解出来ない香澄と、それを弁解するかのようにフローラは口を開く。

「あぁ、ごめんなさい。主語が抜けていたわね。トムは今、にとても興味を持っているみたいなの。だから日本人のあなたなら、あの子とも比較的早く打ち解けられるんじゃないかしら?」

「……ちなみにトムは、日本文化の何に興味を持っているんですか? 小学生くらいの男の子が興味を持つ内容といえば、アニメや漫画ですか? それともゲーム?」


 フローラから“力になって欲しい”と改めて言われる香澄だが、彼女は日本人でありながら、あまり日本文化には詳しくない。中学生になると同時にアメリカへ留学しており、最近の日本の流行りの物についてはさっぱりだ。そのことを伝えると、“香澄とメグなりの方法で良いから、トムと仲良くしてね”とフローラは優しく微笑んでくれた。

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