少年の意外な一面とは!?

   ワシントン州 トーマスの部屋 二〇一二年五月二六日 午後一時〇〇分

 ハリソン夫妻にトーマスの部屋を教えてもらった香澄とマーガレットは、ランチを終えた後、早速彼の部屋へ向かう。香澄がドアを“コンコン”とノックすると、

「……はい?」

中から少年の声が聞こえてくる。“香澄だけど、ちょっといい?”とドア越しに伝えると、

「……どうぞ」

トーマスは自分の部屋へ香澄たちを招き入れる。“入るわよ”と一言断ったうえで、二人は彼の部屋に入る。


 どうやら読書をしていたようで、彼はベッドに腰を下ろしながら何かの書物を読んでいる模様。さりげなくタイトルを確認する香澄だったが、トーマスはパタンと読みかけの本にしおりをはさみ、本棚にしまう。

「……僕に何か用ですか?」

「えぇ、これからしばらく同じ家で暮らすのだから、その挨拶をしようと思ったのよ」


 香澄の言葉をそのまま受け流すトーマスに対し、彼女自身“少し話の角度を変えた方が良いわね”と、思い始める。そこで彼女は彼の部屋に目を通し、“何か話の突破口に出来そうな話題はないの?”と考えている。

 すると机の上に置いてある一枚のCDが目に留まり、トーマスに質問してみる。

「トーマス……いえ、“トム”って呼んでもいい? 机の上に置いてあるCDを見せて欲しいんだけど、いいかしら?」

 白い歯を見せながら笑みを浮かべる香澄に対し、トーマスはどこか警戒しながらも、CDを彼女へ渡す。“ありがとう、トム”とお礼を言ってからCDを見てみると、そこにはアメリカでも有名な女性歌手のジャケットが映っている。


 収録されている曲目を調べてみると、流行りの曲やアニメソングではなく、クラシックが多い。一応香澄は他にも目を通してみるが、やはり彼の部屋にはクラシック、もしくはそれに近いジャンルのCDが多い。

『この年代の子供にしては、随分おしゃれな曲を好むのね……』

そんなことを思いつつも、香澄は借りていたCDをトーマスに返す。

「ありがとう。もしかしてトムは、クラシック音楽が好きなの? アニメソングや今流行りの曲は、あまり好きじゃないの?」


 音楽の話題になると、これまでうつむき加減だったトーマスの顔も、少しだけ明るくなる。

「う、うん。僕はクラシックが好きかな。えぇと確か、香澄……だよね? 香澄はどんな音楽が好き?」

「そうね、言われてみると私もクラシックが多いわね。でも偶然ね。こんなにも音楽の趣味が合うなんて、私たちもうお友達よね!?」

マーガレットのように冗談まじりを踏まえながらトーマスの顔を見ると、

「な、何を言っているの!? そんなわけないよ!」

 恥ずかしさのあまりか、トーマスはベッドに置いてあった枕を胸に抱き顔を隠してしまう。この時ばかりは九歳の少年らしく、非常に素直で子供らしい反応を見せる。これまでやや固く緊張していた香澄とマーガレットの表情にも、次第に笑顔が見え始める。


 リビングで出会った時は素っ気ない態度だったが、今目の前にいるのは少し恥ずかしがり屋の内気な男の子。意外な一面を見た二人は、以外にも早くトーマスと仲良くなるための方法を知る。

「……それからトム。私のことはマーガレットじゃなくて、“メグ”って呼んでくれると嬉しいかな」

とさりげなくお願いする。最初はどこか納得しない顔をしていたが、最終的に“わかった、メグ”としぶしぶ納得したようだ。


 だが今一つ緊張が抜けないトーマスを見かねたマーガレットは、“何かこの子と仲良くなる方法はないかしら?”と、頭の中で考えを巡らせている。

「そうだ、トム。“これからも仲良くしましょう”というあかしに、これをあげるね」

と言いながら自分が普段使うスマホの携帯ストラップを一つ外し、机の上に置いてあるトーマスの携帯に着けてあげた。

「これって……だよね? どう見ても女の子向けのストラップだから、別にいらないよ」

「まぁまぁ、いいから。子どもは何も難しいこと考えずに、黙って受け取ればいいの!」

「……まぁ、いいけど」

そこには頭を抱えながら首を横に振る、一人の少年の姿があった……


 夕食まで楽しく話をしようと思っていたが、マーガレットはこの後ベナロヤホールでアルバイトがある。そのことを一言伝えると、トーマスは少し残念そうに彼女を見送った。だがそのちょっとした仕草に、香澄とマーガレットが気付くことはなかった。

 一方で香澄はトーマスの話し相手になり、彼の性格や趣味などについて詳しく知ることが出来た。スタートは少し出遅れてしまったが、“これなら何とか頑張れそうだわ”と香澄たちは、心のどこかで自信が生まれる。

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