【香澄・マーガレット・ジェニファー編】
香澄たちが知る、意外な真相とは!?
一二章
【香澄・マーガレット・ジェニファー編】
ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一四年六月一日 午後一一時〇〇分
バスタブで体と心の汚れを綺麗にした香澄は、私服からパジャマに着替えた後、洗面所に設置されているドライヤーのコンセントをプラグに差し込む。ほんの数年前までは、女性の入居者はフローラ一人だけだった。
ところが香澄たちが新たに入居するようになってから、ドライヤーは使用する人が個別に管理することになった。そのため香澄も、部屋から自分専用のドライヤーを持参している。
「ルルルル~~」
いつになく上機嫌になった香澄は洗面所に設置されている鏡を見ながら髪を乾かしつつ、ハミングを奏でている。
女性特有の習慣として入浴後の肌のお手入れなどがあり、香澄の場合にはそれに加えて長い髪の手入れもある。特にロングヘアの彼女にとって、入浴後の髪を
一方でマーガレットはショートヘアだが、彼女は自分専用の化粧品を使用しており、髪の手入れについても、香澄たちとは若干手順が異なっている。そして男性のケビンが使う道具として、寝癖を直すためのヘアブラシや髭剃りが常備されている。
髪を梳かし終えて上機嫌の香澄は、リビングで軽くお水を飲んでから自分の部屋へ戻ろうとした。だがリビングにはマーガレットやジェニファーをはじめ、ハリソン夫妻もテーブル席に座っている。いつになく真剣な表情をしていたので、香澄は不思議に思いつつ声をかける。
「あの、みんなで真剣な顔をして何かあったんですか? ……もしかして、メグ。あなたまた何か問題でも起こしたの!?」
だがマーガレットは顔色や表情を変えることなく、無言で首を横にふる。それを見たケビンは
「カスミ、ちょうど良かった。君たち三人に聞いて欲しい話があってね。フローラ、みんなに何か飲み物を」
話があると言って、香澄たちをリビングのテーブル席へと座らせる。フローラは無言で頷くと同時に、テーブルの上に置いてあるミネラルウォーターを、香澄たちの目の前に置いてあるコップへ注ぐ。
コップを順番に手渡すと自分とケビンの分も注ぎ、各自テーブル席に座る。だが話があるなら全員の方が良いと判断したジェニファーは、“トムも呼びますか?”と問いかける。
「トムは呼ばなくていいのよ、ジェニー。いえ、今回はむしろ……」
いつもニコニコと穏やかな表情を見せるフローラでさえも、この時ばかりは彼女からも笑顔が消えていた。事情や先行きが見えずどこか納得しないジェニファーも、“分かりました”と呟きながらも、そっと席に着く。
席に着いても一向にハリソン夫妻は口元を開こうとはせず、ただ貝殻のように黙っているだけ。中々話を進めてくれない二人を見て、
「もしかして……私と香澄のどちらかの件についてですか? 直前になって“卒論に不備があるから書き直して”なんて言われても無理ですよ」
「……すみません。これからお二人に頼まれていたレポートの続きを作成しないといけないので、お話は後日でもいいですか? まだ作業の途中なので……」
香澄は自分の部屋に戻り、“レポート作成の続きがしたいです”と提案する。
彼女の一言に触発されたのか、マーガレットとジェニファーも疲れているので、“出来れば、お話は後日にしてください”と二人の顔色を
そんな香澄たちの事情を知りながらも、ハリソン夫妻はトーマスの過去についてこれ以上黙っているのは良くないと判断する。そして自分たちでは対処できないということも実感し、香澄たちへトーマスの暗い真実を語り始める。
「本当はカスミたちには、知らせるつもりはなかったんだけど。実はね……」
ハリソン夫妻の口から香澄たちへ、トーマスの過去について語るべきではない真実が語られていく。当初自分たちの進路や成績、もしくは卒業式を終えた後の旅行についての話だと香澄たちは思っていた。だが彼女たちの思惑とはまったくの間逆で、ハリソン夫妻の口からは残酷な真実が語られる。
「…………」
予想外につらい話の内容であったため、ジェニファーは目に涙を浮かべながら両手で自分の口元を塞ぐ。香澄とマーガレットは目をつぶりながら顔を俯くだけであったが、そこには落胆の表情がうかがえると同時に顔色は真っ青。
ハリソン夫妻も彼女たちの反応についてある程度予測はしていたようで、暗い表情のままでトーマスの今の状態を語る。
「……というわけなんだよ。僕らもまさかこんな結果になるなんて」
一人の父親として意見を述べるケビンは、何とか力を振り絞ってトーマスの今後の流れについて説明していく。
「それで今後についてなんだけど……さっき僕らは病院の先生へ連絡が取れてね。そうしたら先生は、“数日後から一週間以内なら、少しは時間がとれる”って言ってくれたよ。……いずれにしても僕とフローラは、近いうちにトムを病院へ連れていくつもりだけどね」
「香澄、メグ、ジェニー……突然のことであなたたちにはつらすぎる話と思うわ。だけどあなたたちには出来るだけ負担をかけたくないから、後は私たちに任せて……」
“後は自分たちで何とかする”と断言したものの、彼らの声には意志が感じられない。
「……いえ、私も二人と一緒に病院へ行きます。でもメグ、ジェニー。あなたたちは舞台の練習やお仕事があって忙しいと思うから、二人はいつも通りに……」
ハリソン夫妻は“トムのことは僕らに任せてくれ”とだけ伝え、香澄たちにはそのまま練習や仕事を続けて欲しいと言った。そして“メグとジェニーは、いつも通りの日々を過ごして欲しい”と香澄は伝える。
「何を言っているんですか、香澄!? トムが危険な状態なのに、一人だけ
「忘れたの、香澄!? 私たちはみんなで困難を乗り越えようって言ったことを? 私たちだって、トムのことを『家族』のように大切に思っているのよ!」
“今回ばかりは、香澄の言うことは聞けないわ”と強く反論する。冷静に返す香澄であったが、彼女も精神や心も少しばかり錯乱しているようだ。二人の反論に何も言い返せなくなる。
香澄たちの意志が決定したことを確認したハリソン夫妻は、“このことは絶対にトムの耳には入れないで欲しい……”と改めて口止めをする。
「ほんの少し前にトムが私たちの部屋へ来たの。……その時はとっさにその場をごまかしてやり過ごしたけど、近いうちにすべてのことを思い出す可能性が高いわ」
「……わかりました」
心のよりどころを失っている現段階で、“万が一このことを知ったら、心だけでなく人格も壊れてしまうかもしれない”とハリソン夫妻はさらに念を押す。香澄たちも彼らが言いたいことを実感し、トーマスには真相を知らせないことを心に誓う。
その後マーガレットとジェニファーは明朝後輩および職場へ連絡して、“今週は用事が出来たので、休ませてほしい
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