誰が少年を説得する!?


        ワシントン州 某所 二〇一二年八月一二日 午後二時三〇分

 ふとしたことでトーマスがいなくなってしまい、思わぬ形で外出する機会を失ってしまう香澄たち。その場の重い空気を和ませようと、“私たちだけで……お散歩に行く?”とマーガレットが声をかける。だがそんなジェニファーの気持ちを知ることなく、ジェニファーは“どこへお散歩に行きましょうか?”と問いかける。すると香澄が少し驚いた様子を見せ、

「あなたたち、それ本気で言っているの? まったく……」

マーガレットの真っすぐな性格・ジェニファーのと気持ちを知りつつ、どこか呆れていていた。そんなことを思いつつも、香澄は午後の予定についてマーガレットとジェニファーへ伝える。

「とりあえずトムの行きそうな場所を探しましょう――と言っても、大体は見当はついているけどね」

「えっ、それ本当なの?」

“口で説明するよりも、実際に連れて行った方が早いわ”と判断した香澄は、マーガレットとジェニファーに“一緒に来て”とお願いする。彼女たちも特に予定はなかったので、黙って香澄の後を歩くのだった。


 一番日差しが強くなる時間帯の午後二時〇〇分、マーガレットとジェニファーは香澄の言われるまま、ある場所へと向かっていた。彼女の話では、“そこにおそらくトムがいるはずよ”とのことだ。“はたして本当かしら?”という疑問を感じている。

「着いたわよ、二人とも。レストランから徒歩だと……大体三〇分前後ってところかしら?」

マーガレットとジェニファーに到着したことを告げる。


 するとそこは数時間前に自分たちが来たばかりのレイクビュー墓地であり、二人は“ここにトムはいないと思うわ”と香澄に反論する。

「香澄、ここはさっきも来たじゃない!? トムも来ていないと思うけど……」

とジェニファーは少し遠慮がちに伝えるが、“今のトム君がここ以外に行く場所がある?”と香澄に逆質問されてしまう。

「そうだったね、香澄。そうだ、お花はどうする? 一応買う?」

「多分大丈夫だと思うわ。数時間前にみんなでお花をお供えしたし、トムは私たちをと思っているかもしれないから、必要以上にあの子を刺激するのは良くないわ」

 部外者と思われて、少し悲しい気持ちになったマーガレットとジェニファー。“さぁ、行きましょう”と香澄が告げると同時に、三人は再度足並みをそろえる。


 香澄たちが午前中に訪れた時よりも人が多く、レイクビュー墓地の中は多くのお花が添えられていた。近くに偉人が眠るお墓もあったが、さすがに今回は遠慮しようとそのままサンフィールド家のお墓へ向かう。

 すると香澄の予想通り、サンフィールド家のお墓の前にはトーマスの姿があった。だが普段香澄たちたちが知っているトーマスとは様子が異なり、とても穏やかな顔をしながら両親が眠るお墓の前に寄り添っていた。目をつぶって寄り添っていたためか、トーマスの表情は今までに香澄たちが見たことがないほど穏やかで、柔らかい天使のような顔をしていた。


 家族だけが共有出来るような独特の空気が漂っており、香澄たちは一瞬トーマスへ声をかけることをためらってしまうほど。しかしここで諦めるわけにもいかず、香澄たちはあえてサンフィールド家の聖域に足を踏み入れる。


 実は彼女たちは事前に話し合いをしており、もしサンフィールド家のお墓の前でトーマスを見つけた時の、対処法を話しあっていた。

「一応相談しておきたいのだけど、もし本当にレイクビュー墓地にトムがいたら――その時はどうする?」

「そうですね、その時は一体何を話せば良いのでしょうか? 香澄、あなたから何か提案ある?」

 思わず事態に、少し困惑気味のマーガレットとジェニファー。そんな気持ちを察した香澄は、“自分たちの気持ちをそのまま伝えれば良いのよ”と二人を説得する。

「あれから大分時間も経ったから、多分トムの気持ちも少しは落ち着いていると思うわ。それに明日からメグは合宿でしばらくいないのだから、この機を逃すのは得策ではないわ」


 相変わらず固い表現で説明する香澄。だが彼女の真剣な気持ちは、二人が誰よりも理解していた。そこでジェニファーは、“最初のきっかけを作ることが大切なのでは?”と意見を述べる。

「おそらく最初のきっかけがつかめれば、その後は上手く流れに乗ることが出来ると思います。舵取りを行う先導役がしっかりしていれば、船も沈むことはないでしょう?」

文学少女らしい表現をしたジェニファーに続いて、スタートが重要だとマーガレットも断言する。

「私もジェンの言う通りだと思う。問題はその大役を誰が担当するってことだけど……」

「そのことなんだけど……私は香澄が一番適任だと思います」

「……実は私もそう思っていたんだ。三人の中で一番しっかりしていて、頭がいいのもあなただし。それに三人の中で、一番トムと話をしているのも香澄よね?」


 意外なことに、マーガレットとジェニファーの両名は“今回の大役の適任者は香澄”だと意見が一致する。

「メグ、ジェニー……でもこれは私だけの問題ではなく、なのよ。その気持ちは嬉しいけど、少し話し合いましょう」

 しかし“みんなで解決することが大切”と思っている香澄は、“もう少しじっくりと考えましょう”とマーガレットとジェニファーへ告げる。

「……そうだったわね、あなただけの問題じゃないものね。ごめんなさい、無理を言って」

「気にしないで、メグ。それよりも、誰が大役を務めるか決めましょう!」

 彼女たちは自分が思っている色んな意見を次々と述べていき、話し合いはレイクビュー墓地の正門に到着するまで続く。それでも結論が出なかったため、三人のリーダー的存在でもある香澄が決めることになった。


 だが話の内容は一向にまとまりを見せる気配がない。なので当初の予定通り、最初にトーマスを説得するのは香澄に決定となる。

『大丈夫よ、香澄。今まで通り普通にトムへ接していけば、きっと上手くいくわ!』

と心の中で自分自身に一種の暗示をかけ、出来るだけ前向きに考えようとする。

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