小さな命と心の重さ

      オレゴン州トーマスの部屋 二〇一四年六月四日 午前二時五〇分

 自分でも恐ろしい答えが脳裏をかけめぐった瞬間、香澄はじっと動かないトーマスの肩にそっと触れる。だが嫌な予感は現実のものとなり、まるで壊れてしまった人形のように血塗られたベッドに倒れこむトーマス。

「トム、しっかりして! 目を開けて!!」

 次々とトーマスの元へ駆け寄るマーガレットとジェニファー、そしてハリソン夫妻が続く。とっさに香澄は持っていたハンカチをトーマスの腹部に強く当てるものの、出血が多すぎるためか応急処置にすらならなかった。

 最初は“トムが一向に説得を止めない香澄を撃つため、その引き金を引いた”と誰もが思っていた。だが真相は異なり、トーマスが引き金を引く瞬間とっさに銃口を自分のお腹に向け、その状態で数発の銃弾を撃ち込んだ。

 つまりトーマスは自分の意志で自分の体を傷つけ、自分の意志で自らの命の幕を下ろすつもりだったのかもしれない。そのことからトーマスは最初から香澄たちを傷つけるつもりなどなく、最初から自ら命を絶つために銃を用意したのだ……


 すぐにトーマスを抱きかかえる香澄だが、目の前の小さな命は今にも消えようとしている。そんなことは分かっていても、何とか必死に呼びかける香澄たち。すると香澄たちの呼びかけに答えるかのように、うっすらと瞳を開けるトーマス。

「……か、香澄……」

「トム、しっかりして! ど、どうしてこんな馬鹿なことを!?」

 必死に香澄の問いかけに答えようとするが、徐々に顔色が青ざめていくトーマスにはそれは難しい。後ろでトーマスの様子を見ていたマーガレットたちも、小さな命が消えようとしている現実を知り涙が頬を伝っている……

「ふ、フローラ! は、早く救急車を呼ぶんだ! さ、さもないと……」

「……あぁ……ど、どうしてこんな……」

 しかしケビンの必死な呼びかけに対し、フローラにはその声が届いていないようだ。息子同然に可愛がっていたトーマスが自ら命を絶とうとしている残酷な真実を目の当たりにし、完全に頭が混乱している。そんな心境にあると分かっていたためか、やむを得ず自分で救急車の手配をするケビン。

 

 だがどんなに早く救急車が到着しても、最低でも数十分から一時間はかかると思われる。そして腹部に数発の銃弾を撃ち込んだためか、トーマスの命はあと一〇分から一五分ともたないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る