懺悔と贖罪

      オレゴン州 トーマスの部屋 二〇一四年六月四日 午前二時五五分

 誰もがトーマスの悲劇に気が動転している中、“このまま時間が止まればいいのに”と誰もが思っている。そして小さな命が一つ、香澄の胸の中で静かにきようとしている。誰もが涙を浮かべている中で、トーマスは最後の力を振り絞り自分が心の内に秘めていた思いのすべてを香澄たちに伝える。

「ぼ、僕ね……今までずっと……か、香澄たちへ嘘をついていたんだ。み、みんなは僕にとっても優しく……してくれたよね。パパとママがいなくなった僕にとっても優しく、そして心配して……くれた。そ、それなのに僕は“大丈夫だよ”って…………」

 自分の亡き両親への想いが強すぎることが原因で、香澄・マーガレット・ジェニファー・ハリソン夫妻らの愛情を正面から受け入れることが出来なかった。そんな自分の心の狭さや弱さが、長い間トーマスを苦しめてしまう。

「な、何を言っているの!? そんなこと誰も気にしていないのに……」

涙ながらに言葉を返す香澄は、今にも意識が絶えようとしているトーマスの心に響くのだろうか?


 香澄の胸に抱きかかえられているトーマスに、励ましの言葉を必死に投げるマーガレットたち。

「トム! も、もうすぐあなたが楽しみにしている、私の卒業公演があるのよ? それを観ないであなたは先に逝くつもりなの?」

「そ、そうだよね? 僕、まだメグのお芝居、観ていないよね?」

「えぇ、そうよ。トムが驚くような演出も、たくさん用意しているのよ。だから……だから!」

彼女に続いて、トーマスに呼び掛けるジェニファーとハリソン夫妻。

「わ、私だってまだたくさん……トムとお話ししたいことが……色んな面白い本を紹介……したいのに……」

「じ……ジェニーが勧めてくれたたくさんの本、……と、とても面白かったよ」

「あ、あんなのまだ序の口よ! やっと私たち……お友達や家族になれたと思ったのに」

「と、トム……お願いだから……僕らにこれ以上……つ、つらい想いをさせないでくれ。お、お願いだよ……」

「……も、もしここでトムまでいなくなったら……私たちはソフィーとリースに何て言って謝ればいいの!? こ、この先ような、をさせるつもりなの!?」


 自分の最期を迎える直前に、香澄・マーガレット・ジェニファー・ハリソン教授・フローラの深い愛情と優しさを知るトーマス。“もう少し早く……みんなの本当の気持ちを知りたかったな”と後悔ばかりが残る。そして満面の笑みを浮かべながらも、その瞳から大粒の涙が流れ落ちる……

「ケビン……フローラ……香澄……メグ……ジェニー。……ほ、本当にごめんなさい……ぼ、僕……僕……」


 少し前にトーマスが神様に懺悔ざんげした罪とは、あざむによる罪悪感からくるもの。両親を亡くした残酷な事実に耐えきれなくなり、香澄たちを責め続けることでトーマスは心の中で一時の安らぎを得ていた。

 だがそれはことでもあり、トーマスと香澄たちとの距離は逆に遠くなってしまった。トーマスの繊細すぎる心――人を大切に思う気持ちが強すぎたため心の中に強い孤独を――そして深く暗い闇を生んでしまったのかもしれない。

 まるで天使のように心穏やかで優しく――そして純粋な気持ちを持つ少年トーマス。だがその純粋さゆえに人一倍傷つきやすく、優しすぎるが故に人一倍臆病な性格を自ら作り上げてしまった。


 そしていつしかこれらの気持ちがトーマスの贖罪しょくざいとなり、悲しみに打ち浸れる小さな少年を動かす原動力となっていたのだろう。

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