心の声と命の告白

     オレゴン州トーマスの部屋 二〇一四年六月四日 午前三時〇〇分

 一秒ずつ死に近づいていること感じ取ったトーマスは、自分の手を握る香澄の手を必死に握り返す……だが自分の死期が近いことを感じ取ったのか、トーマスは人形に隠し持っていた一通の手紙を香澄へ託す。

「か、香澄……み、みんなに向けた僕の感謝の気持ちを記した……受け取って……くれる? ぼ、僕の最後のお願い……聞いてくれるよね?」

「こ、こんなもの……受け取れるわけないじゃない!? ……いい、トム。今ここで勝手に眠ったりしたら……私、絶対にあなたのことわよ!?」

トーマスの手紙の受け取りを、かたくなに拒み続ける香澄。同時に生きる意欲を取り戻すように、なお説得を続けている。

「……お、怒った香澄の顔……怖いよ。ぼ、僕のママよりも……怖い……」


 その後も必死に呼びかけ続けるが、香澄たちに出来ることはもう残されていない。非常に残酷だが、トーマスの最期をただ看取ることしか出来ないという真実が襲いかかる。

「み、みんな。……い、今まで本当に……ありがとう。僕……とても……だったよ」

「トム、しっかりして!? 目を閉じては駄目!」

だが香澄たちの言葉を返すことなく、一人心の内を必死に伝えようとするトーマス。

「み、みんな……す、……だよ……」

少しずつ心臓の鼓動音が早くなり、今にも胸が張り裂けそうな想いを必死に抑えようとする香澄たち。そして香澄が着るカジュアルジャケットの袖口を、残り少ないい力で必死につかむトーマスの指先。


 だがその鼓動音をしずめるすべはなく、香澄たちは数分後、限りなく残酷な真実を目の当たりにする。

「トム!? お、お願い、目を閉じないで!」

「……ぱ、パパ……ママ……も、もうすぐ会いに……行く……からね。……そ、そしてみんなで……い、一緒に……遊ぼう……ね……」

 すべての心の内を伝えきったトーマスは、香澄の胸に抱かれたままその短い生涯に自ら幕を下ろしてしまう。だがその表情は苦痛に満ちたものではなく、天使のように安らかな表情をしていた。


 トーマスが最期に言い残した言葉を聞き届けながらも、何度も彼へ呼び続ける香澄たち。だがトーマスが再び、その問いかけに言葉を返すことはない。もう……二度と……

「と、トム……トム。……う、嘘よね? じ、冗談でしょう!? こ、これ以上悪ふざけをすると、ほ……本気で怒るわよ!?」

何度も必死に体を揺さぶる香澄たちだが、トーマスが再び目を覚ますことも声をかけることはない。永遠に……


 誰もが泣き叫び悲しみを共有する中、涙を流しながら一人ただずんでいるフローラ。やり場のない怒りと悲しみの矛先ほこさきを、トーマスを罰した神様へと向けられる。

「……神様。これがあなたのおっしゃるトムへの試練……ですか? 幼くして愛する両親を亡くしたばかりのトムへのではなく、のですか? 一体どんな理由があって、あの子をここまで苦しめたのですか?」

 口調こそ穏やかであるものの、その表情や視線からは神様に対する憎悪や怒りの念がこめられている。

「天使のように純粋で可愛かったトムを苦しめ続け……いじめ続け……一体何が楽しいのですか? トムが一体、あなたに何をしたと言うのですか!? トムに一体、どんな罪があるというのですか!? む、むしろ一番救われなければならないのはトムなのに。そ、それをあなたは……!」


 トーマス・サンフィールド 二〇一四年六月四日 午前三時〇〇分 わずか一一歳という短い命のドラマに、自ら幕を下ろす……

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