残された命と未来

      オレゴン州トーマスの部屋 二〇一四年六月四日 午前三時一五分

 短すぎる生涯に、自ら未来を絶ってしまった小さな命。無情とも呼べる事実と真実を目の当たりにし、お互いに抱き合いながら泣き崩れるハリソン夫妻。顔全体を両手で覆いながら、瞳から流れる涙が頬を濡らし続けるジェニファー。

 そして少年の命を救うことが出来なかった自分の無力さのあまり、部屋の壁を何度も叩き続けるマーガレット。

「す、数年間も一緒にいたのに……何でこんなことになるの? ……わ、私がもっと気をかけていれば……と、トムはきっと……」

 

 ひっそりと亡骸なきがらを抱きかかえている香澄は、ただひたすらトーマスに“こんな終わり方しかなかったの?”と問いかけるばかり……

「本当にあなたは……こ、こんな結末を望んでいたの? こ、これからあなたには……たくさんの楽しいことが待っていたはずなのに……」

 同時に自分の最期に心の内の告白をされたことに、強い憤りを感じてしまう香澄。

「……そ、それに卑怯よ。こ、こんな形で自分の気持ちを伝えて……私たちの返事を聞かないまま……一人先に逝ってしまうなんて。……と、トムの馬鹿! 卑怯者!!」

 強い哀しみと怒りを抑えきれない香澄は、心の叫びをただ発することしか出来なかった……

「あの時二人で約束したこと……あなたは忘れてしまったの!? “自分の気持ちに嘘はつかずに、私たちに何でも相談して”ということを? ……そ、そんなに私たちのことが嫌いだったの!? 憎かったの!?」


 泣き崩れながらもトーマスの亡骸を抱きかかえたまま、香澄は少年をベッドに寝かせた。そしてトーマスが好きだった両親の写真・猫のぬいぐるみを少年の枕元に並べる。

 さらに香澄は昨日レイクビュー墓地で見つけた、トーマスの大好きだったを、少年の小さな手の平に包み込むように入れる。こうすればいつかトーマスが自分たちに声をかけてくれる――香澄はそんな気がしたのかもしれない。

 

 悲しみに浸る中で、トーマスが死の間際に託した一枚の手紙を手にする香澄たち。そこにはトーマスの心の内を告白した内容が、より細かく書き記されていた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る