締切間近に作品完成!

                五章


   ワシントン州 一階リビング 二〇一二年六月二〇日 午前一〇時〇〇分

 香澄たちへ相談をした後、作品のテーマやジャンルが決まったトーマス。だが締め切りが近いことから、作品が完成するまでの間は、なるべく早く帰宅するように心掛けている。

 辞書などを使い調べ物をしたこともあり、締め切り前に一つの作品を仕上げた。だが完成したのは六月一九日 土曜日の夜ということもあり、“みんながちょうど家にいる日曜日に見せよう”と思った。

 そこで作品が完成したことを朝食時に皆へ伝えて、“今日何とか時間を作って欲しい”とお願いする。香澄たちもちょうど午前中は特に用事がなかったので、午前一〇時〇〇分ごろにリビングへ集まることを約束する。 


 同時にジェニファーの引越しもちょうど昨日終了したばかりで、ハリソン夫妻、および香澄たちと一緒に暮らすことが正式に決まった。トーマスも彼女の同居を歓迎しており、彼女たちは明るい未来に向けて一歩ずつ前進していく。そして約束の時間より少し早いが、午前九時五〇分ごろに香澄たちは、トーマスが完成したと言っていた作品をチェックするためリビングへ集まっている。

「あの子はまだ来ていないですね。どんな作品に仕上がっていると思います? 香澄、マギー」

「……私はやっぱり、『オペラ座の怪人』に関係した作品がいいわね」

「メグ、あなたまだそんなことを言っているのね。トムも“初めて作る”と言っていたから、そんなに複雑な内容じゃないと思うわ」


“どんな作風かしら?”とワクワクしながら待っていると、トーマスより先にハリソン夫妻がやって来て、リビングに用意されている席に座る。二人も早く来たつもりだが、自分たちより先に香澄たちが待っていたことに、少し驚いていた。

「……おや? 僕たちの方が早いと思っていたけど、君たちの方が早かったみたいだね」

「残念でした。私たちの方が少し早かったよ、ケビン、フローラ」

マーガレットはいつもの明るさを見せながら、“私たちも少し前に集まったばかりだよ”と話す。


 フローラが“トムが来るまで少し時間がかかりそうだから、その間に飲み物を取ってくるわね”と言いながら席を立つと、ケビンは新しく引越しをしたばかりのジェニファーへ、“昨日はお疲れ様”とねぎらいの言葉をかける。


 香澄以上に律儀な性格のジェニファーは“大丈夫です”と伝えた後、“今回二人に負担してもらった引越し代金を少しずつ返済します”と伝える。だが彼は、“その必要はないよ”と言う。

「……カスミにも言ったんだけど、引越し代金や費用については気にしなくていいよ。ただ今回のことを内密にしてくれれば……ね」

「わかりました。ふつつかものではありますが、しばらくの間お世話になります。どうぞよろしくお願い致します」

あくまでも丁寧に“これからお世話になります”と言うが、“そんなに緊張しないで”と、ジェニファーをリラックスさせるハリソン夫妻だった。


 だがトーマスが来るまで時間があったので、ケビンは持っていたバッグから一枚の封筒を取り出す。

「あぁ、そうだ。カスミ、少し遅くなったけどこれを渡しておくね」

ケビンから封筒を手渡されたが、香澄は“何かしら?”と思い中身を尋ねる。

「……僕が最初に約束したこと、もう忘れてしまったかな!? カスミには、“毎月謝礼を渡す”って言っただろ? 一応表向きは、依頼料として受け取って欲しいけどね」


 ケビンから“謝礼だよ”と言われた香澄は、そのような内容が書かれていたことをとっさに思い出す。だが最初冗談だと思っていたので、本当にケビンが謝礼を用意してくれたことに対し、少しばかり戸惑ってしまう香澄。

「あの内容って本当だったんですね――せっかくですけど、これはいただけません。ただで住ませてもらっている上に、謝礼まで受け取るなんて」

一度は受け取りを拒否し、ケビンの申し出を辞退する香澄。

「君はそんなこと気にしなくていいよ、カスミ。……君は年頃の女の子だから、色々と出費もかかるだろう? もし使い道がなかったら、将来のために貯金すればいいよ」

「……分かりました。ケビン、本当にありがとうございます」


 そう言って、封筒をそっと受け取り、サブリナパンツの内ポケットに入れる。それを見たマーガレットは、“使う予定がないのだったら、そのお金で美味しいものを食べに行きましょう”と言う。だが彼女は断固否定し、“今のところ使い道がないので、貯金する予定よ”と話す。

 

 そんな話をしていると、飲み物と人数分のコップを用意したフローラが戻ってきた。六人分のコップをテーブルの座席に置くと、トクトクと用意していたオレンジジュースを一つずつ注ぐ。

 そしてすべてのコップに注ぎ終わると同時に、午前一〇時〇〇分きっかりにトーマスがリビングのドアを開ける。彼の手には昨晩完成したばかりの作品があり、その表情はどこか緊張した様子。


 そんな彼を一同は優しく出迎えると、フローラはトーマスに“まずは座ってジュースでも飲みなさい”と勧める。彼女の言われたとおりジュースを一口飲んだ後に、彼は緊張しつつも、作品が出来たことを皆へ再度報告する。

「……え、えぇと。イベントに投稿する予定の作品が出来たので、“今回投函する前に、みんなに見て欲しい”と思って、集まってもらいました」

香澄たちはトーマスのスピーチを黙って聞いている。そしてトーマスは恥ずかしながらも、完成したばかりの作品を誰に見せようか考えていた。

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