ドキドキの瞬間

   ワシントン州 一階リビング 二〇一二年六月二〇日 午前一〇時三〇分

 緊張のためか体を震わせながら、トーマスは自分の右隣にいるある人物に作品を渡す。

「そ、それじゃ僕の書いた詩の感想を……聞かせてくれる?」

 そう言って、彼が自分の作品を見て欲しいと伝えた相手はだった。五人の中で一番香澄と仲が良いわけではないが、彼は自分の一番近くにいる彼女に見てもらうと思ったようだ。

 つい仕上がったばかりの作品を香澄に渡し、“読み終えたら、時計回りに回してね”とお願いする。軽く頷いた香澄は、早速トーマスが仕上げたばかりの作品に目を通す。


  ワシントン州 一階リビング 二〇一二年六月二〇日 午前一〇時三五分

 九歳の少年が作成した作品なので、“小学生らしい内容、子供っぽい作風になる”と予想していた。だが実際に彼が作った作品を見てみると、九歳の子供が作ったとは思えないほどの洗練された出来。最初は軽く目を通して、彼の機嫌を損ねないようにする予定だったが、香澄はトーマスが作った詩に夢中になり、一文一文丁寧に読んでいく。一方でいつになく真剣な顔をする香澄に対して、トーマスは“即席で作った詩なので、気に入らないのでは?”と不安に思う。


 そして一通り読み終えた香澄は、何も言わずに右隣のジェニファーへ、彼の作品を渡す。ジェニファーが目を通すと、香澄と同じように目を大きく見開かせる。その様子から、彼女もまた作品の完成度に驚いたようだ。

 次にジェニファーは横から顔をのぞかせるマーガレットへ、トーマスが作った詩を渡す。内容を確認すると、ポカンと開いた口がふさがらないマーガレット。

 それから数分が経ち、マーガレットの手からハリソン夫妻へトーマスの作品が手渡される。最後にハリソン夫妻が一緒にチェックをすると、二人はいつになく真剣な趣で詩に目を通す。その表情は大学構内で見せるような真剣な顔つきで、トーマスが作った作品を読む。


 そして二人が読み終えると、フローラは自分の隣にいたトーマスへ“ありがとう”と言って、作品を返す。

「ど、どうかな? 僕の書いた作品は……」

“どんな注意をされるのかな?”と不安と緊張を隠せないトーマス。そんな彼の様子を見て、一番先に作品を見せてもらった香澄が感想を述べる。

「トム、正直に言ってもいい? 初めて作ったとは思えないほど、だと思うわ」

「……えっ!? それ本当!?」

 香澄の口から“素晴らしい出来ね”と言われ、何より本人が一番驚いていた。信じられないという顔をしながら、彼は香澄の顔を見つめる。

「私が今までその場しのぎの嘘や冗談を言ったことが……ある?」

 そこで香澄は自分以外の意見を彼へ聞かせるために、隣にいるジェニファーに“どうだった?”と感想を求める。するとジェニファーもまた、

「私も香澄と同じ意見で、とても良く出来ていると思いますよ。トム」

「ジェニー、ありがとう。……メグはどう思う?」

と絶賛する。トーマスは続いてマーガレットに意見を求めた。

 だが彼女は“普通に評価するのでは面白くないわ”と思い、すこしユーモアをきかせた。

「……ねぇ、トム。今度私が出演する、お芝居の詩とか歌とか作ってみない? これだけの表現力があれば、きっといい作品になるよ。私が保証するわ」


 香澄たちから絶賛する声や支持を受けたトーマスは、嬉しさのあまり何も言えなくなってしまう。そして彼女たちに少し出遅れるという形で、ハリソン夫妻も順番に感想を述べる。

「正直私は、もっと子供っぽい内容になると思っていたわ。でも実際は違ったわ。素晴らしい出来よ、トム」

「フローラの言う通りだよ、トム。……君にこんな才能があったなんてね、まったく驚いたよ」

「ケビン、フローラ、ありがとう!」


 どうやら彼らが思っていた以上の作品であったため、その後も彼らは一斉に、率直に思ったっことをそのまま伝える。一方でトーマスもこんな気持ちになるとは夢にも思っておらず、彼はこれまでに感じたことがない、喜びや高揚感を覚える。

「……それじゃ僕が作ったこの作品、今回のイベントに応募しても大丈夫かな?」

彼の質問に対して、“問題ないよ!”と満場一致となる。

 

 リビングに集まった一同はトーマスが作った詩の出来に、いつになく興奮気味。全員が彼の才能を称える。そんな中で、マーガレットは右腕のひじで、香澄の腰を叩く。それはまるで、学校の授業に退屈した少女が、同級生に消しゴムの欠片をそっと投げるいたずらのような心境。“どうしたの?”といつものように答える香澄を見て、彼女はいつになくニヤニヤしている。

「何って決まっているじゃない!? ……どうなのよ、香澄? トムからをプレゼントされた感想は?」


 実際には香澄へのプレゼントという訳ではないが、トーマスが完成させた詩にはという文字がある。それを見たマーガレットは“香澄のことを指しているのではないかしら?”と、トーマスをからかっている。

「……変な誤解はしないで。わ、私は別に何も思っていないわよ」

だがいつになく動揺の色を隠せない香澄の姿は、まるで初心うぶな少女のよう。そんな意外な一面を知ったマーガレットの攻撃は、止まることはない。


 そして彼女の次の標的はトーマスに向けられ、香澄と同じようにからかいながら、質問攻めにする。

「ここはやっぱり、詩を作った本人に説明してもらいましょうか? トム、正直なところ……香澄のことどう思っているの?」

 だがトーマス自身もこんな結果になるとは思っておらず、香澄と同じように動揺を隠しきれない。

「え、えぇと。ぼ、僕は単純にイメージが浮かんだだけだよ……」

「本当に!? ……本当はいつも頭の中で、香澄のこと考えていたんじゃないの?」

「ち、違うよ。変な誤解しないで、メグ」

「もぅ、本当に素直じゃないんだから……!」


 だがこのままでは一向に終わる気配が見えないため、ハリソン夫妻は二人をからかうマーガレットをなだめる。すると彼女も納得したようで、笑顔で答える。そして最後に香澄の方を見て、

「良かったね、香澄。……まったく、こんな小さな男の子を惑わせるなんて、あなたも罪な女ね」

満足げに返す。言われ放題の香澄だったものの、この時ばかりはマーガレットへ何も言い返すことが出来なかった。

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