親の愛情に包まれながら成長する子どもたち

ワシントン州 ハリソン夫妻の自宅 二〇一二年一二月三〇日 午後一時〇〇分

 マーガレットの祝福パーティーが終了した翌日、一同は散らかっているリビングや台所などを片付けはじめる。一人で掃除すれば大変な作業でも全員で協力しながら行ったので、ほんの一時間ほどで終了した。

 その後一同は自宅でランチを終え、各自家でのんびりと過ごしていた。トーマスは出かける用事があるということで、家には香澄たちとハリソン夫妻たちだけになった。

 ちょっとした幸運が重なったのはこれだけではなく、なんと今日はマーガレットとジェニファーたちもアルバイトやサークルもお休み。三人とも珍しく家におり、体の疲労を取りつつも日々の幸せを堪能していた。


 ふとした偶然が重なったことをうけ、ハリソン夫妻は“ここでもう一度、彼女たちと話をしておこう”と思う。彼らはさっそくマーガレットとジェニファーをリビングへ呼びに向かった。なおこの時香澄はフローラと一緒に、食後のティータイムを満喫していた。


 それから数分後、マーガレットとジェニファーを連れてケビンがリビングへと戻ってきた。その後各自席に着くと同時に、ゆっくりと口を開くケビン。

「せっかくの休日なのに、すまないね。メグにジェニー。少し長くなりそうだけど、大丈夫かい?」

二人は“今日は出かける予定はないので、大丈夫です”と伝えると、ハリソン夫妻は笑みを浮かべる。

「それを聞いて安心したわ。ここであなたたちと一度、きっちりとお話をしようと思っていたのよ」

「お話ですか? だったらトムが夕方くらいに戻ってくるから、その時の方が良いと思いますが……」

“話を聞くならトーマスも一緒の方が良い”と思う香澄だが、ハリソン夫妻の顔はどこか重く、憂鬱ゆううつぎみだ……

「いえ……お昼過ぎに偶然トムが出かけてくれて、かえって好都合なのよ。今回の件は……」

フローラの口からそう聞かされると同時に、“自分たちのカウンセリングに関する内容ね”と三人は直感した。


 いつものように紅茶をカップに順番に注ぐケビンと、それを受け取り一口飲む香澄たち。そんな彼女たちの様子を見ていたフローラは、ゆっくりと語りかける。

「あなたたちの思っていることを、正直に教えてちょうだい。……半年近くあの子と接してくれたけど、何かつらいことはない? あなたたちを怒らせるようなことは、何も言っていない?」

 どうやらハリソン夫妻は、いきなりトーマスの心のケアを依頼したことにより、香澄たちへ大きな負担がかかっていると思っているようだ。彼らなりにトーマスを気遣うと同時に、香澄たちのことも常に気にかけている。まさに誰もが理想とする、両親の姿そのもの。


 だが香澄たちは、“最初は少し戸惑いましたが、今はもう大丈夫です”と、今の気持ちをありのまま伝える。少し間を置きつつも、二人は香澄たちの目をじっと見つめている。その目は真っすぐ彼らを見つめており、視線が泳いでいるといったことはまったくなかった。


 そのことからお世辞やその場限りの嘘ではなく、本当にそう思っていると彼らは初めて納得した。

「そうか……いや、ならいいんだよ。仮にトムが、“カスミたちが自分の心のケアをしている・もしくはカウンセリングを受けている”なんて知ったら、ひどくショックを受けると思ってね。だから近いうちに、一度こうして話す機会を作ろうと思っていたんだよ。何はともあれ、君たちがトムの心のケアをしているという事実だけは絶対に知られないようにね」


 あくまでも、ということに、強いこだわりを見せるハリソン夫妻。これも人生経験による差が大きく関係しているが、それに加えフローラは現職の臨床心理士。人一倍責任感が強く、“何としてもトムに元気になってもらいたい”と心から願っている。


 その気持ちが香澄たちも同じだが、彼女たちはハリソン夫妻とは考え方の方向性が少し異なる。ケビンのように人生経験が豊富でもなければ、フローラのように心理学の専門家でもない。知識や経験ではハリソン夫妻に勝つことは出来ない。

「確かに私たちが目指す最終的な目標は、トムの心の病気を治すことです。ですが私たちはトムに対して、“心のケアやカウンセリングをしている”と思いながら接しているわけではありません。私たちはあくまでも、トムのとして接しているだけです」


 難しく考えずに、自分たちなりの方法でトーマスと接している香澄たち。その瞳はいつになく真剣で、強い意志が感じられる。その言葉を聞かされたハリソン夫妻は、彼女たちの真っすぐな気持ちに心打たれてしまう。

「友達として、家族として……か。確かにそうかもしれないね。僕らもカスミたちのように、いつまでも純粋でいたいな……」

香澄たちの両親と同じくらいの年代のハリソン夫妻。人生経験が豊富な彼らでも、分からないことはあるようだ。


 その後もトーマスに対して、思っていることを話しあった香澄たち。夕方になるとトーマスが帰宅し、ハリソン夫妻は何事もなかったかのように少年と接している。同時に香澄たちも各自自分の部屋へ戻り、体を休めることにした。


ワシントン州 ハリソン夫妻の部屋 二〇一二年一二月三〇日 午後一一時三〇分

 時刻は夜となり、香澄たちは一足早く自室で眠っている。ハリソン夫妻も自分たちの寝室で寝支度を済ませており、これから寝るところ。ベッドに横になる夫を見つつ、フローラは今日一日の出来事を振り返る。

「……ねぇ、あなた。私、改めて思うんだけど……今回の一件、本当に香澄たちへ依頼して良かったわね。私たちの想像以上に、トムが元気になってくれたんですもの」

ハリソン教授もベッドに入りながら、優しくフローラの顔を見つめている。

「そうだね、フローラ。まだまだ子供だと思っていたんだけど、いつの間に彼女たちはどんどん成長して大きくなっていたんだね。もしかしたら、“僕らの助けなんかいらないんじゃないか?”って時々思うことがあるよ」


 そう語り合いながら、彼らは香澄たちのこれまでの行動や活躍などを思い出していた。最初に話題が出たのは、途中からメンバー入りしたジェニファーについて。

「僕が初めてジェニーを見た時、第一印象はトムに似て内気で大人しいというイメージだったな――でも実際に話をしてみると、意外にも子だよね」

「えぇ。そこがジェニーの魅力でもあるわね」


 次に彼らは自分たちが良く知るマーガレットについて、語り始める。

「メグはとうとう、夢を叶える大きな一歩を歩み始めたね。あの子は昔からお芝居や演劇が好きだったけど、まさかこんなに早く芽が開くなんてね……」

「今でも私、メグのお芝居する姿や歌声が頭の中から離れないわ。大学卒業後、になるのかしら?」


 そして最後に日本人留学生としてアメリカへ留学している、香澄の話題になる。

「昔からそうだけど、良い意味で香澄は何も変わっていないわね。私たちが良く知る、だわ。私ね……子供のころあまりお友達が多くなかったから、メグやジェニーという心から信頼出来る親友が二人もいる香澄がうらやましいわ」

「うん、僕もそう思うよ。そして香澄は少しずつ……両親に似てきたね。特に頭の回転力が早い所がね」


 二人の話す頭の良いとは、むろん学校の成績の善し悪しのことではない。確かに香澄は学校の成績もトップクラスだが、ハリソン夫妻が話しているのは頭の回転力の早さ。香澄はを持っており、トラブルが起きた時でも“名探偵のようにきっと解決してくれる”とハリソン夫妻は期待を膨らませている。


 その後もハリソン夫妻は香澄たちのことを、まるで自分の愛娘のように話を盛り上げていく。むしろ彼らには子供がいないため、香澄たちやトーマスを本当の娘や息子として愛情を注いでいる。


 香澄たちについて一通り話が終わったところで、ケビンはフローラの頬にお休みのキスをする。フローラも同じようにキスを返すと、二人は手を繋ぎながらゆっくりとまぶたを閉じる。


                              第一幕 完

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